合宿組・キャンプファイアー
最終日
合宿最終日は、普通の一日だった。
午前は通常のメニュー。昼はいつもの食堂。午後は荷物の整理と、施設の清掃。宿舎から海が見える廊下で、何人かが立ち止まって外を眺めていた。
「もう終わりだね」
「終わりだね」
「早かった」
「早かった」
最強メンタル計画ちゃんも、窓の外を見た。
海が光っていた。夏の終わりの光だった。砂浜に誰かが走っている足跡が残っている。波がそれを、ゆっくり消していく。
合宿が始まってからのことを、少しだけ思い出した。
初日のカレー。ウォータースライダー。後輩ちゃんとの電話。無人島演習。ふわふわ飛んで帰れなかった日。帰還塔。スタンプ帳。ハンバーグ。昨日の海の家。
全部、この夏だった。
同室の親友が、荷物を抱えながら隣に来た。
「終わりだね」
「ん」
「普通に楽しかった?」
「……ん」
少し間があった。
「普通に」
「うん」
「後輩ちゃんに言われた通り」
「言われた通り?」
「普通に楽しんできてください、って言ってた」
「言ってたね」
「普通に、楽しかった」
「……うん。楽しかったね」
同室の親友は、少し笑った。
後輩ちゃんは「普通に楽しんできてください」と言っていた。その言葉を、最強メンタル計画ちゃんはみんなを回復させれば普通に楽しめると読んでいた。そしてみんなを回復させた。そうしたら、普通に楽しかった。
どこかから始まって、どこかで合っていた。それでいい気がした。
夜の火
夜になった。
合宿最後の夜だった。
浜辺に、火が点いた。
ぱちぱちと音がした。橙色の光が広がって、集まっていたウマ娘たちの顔を照らした。海風が来るたびに、炎が少しだけ揺れる。火の粉が、夜空に向かって小さく舞い上がる。
串にマシュマロをつけて、火に近づけている子がいる。少し焦げた匂いがして、誰かが笑った。班の子たちが輪になって座っていた。
最強メンタル計画ちゃんは、赤ペン先生の隣に座っていた。
火を見ていた。
ぱちぱち。
ぱち。
火の音は、均等ではない。予測できない。でも、続いている。ぱちぱちぱち、と来て、少し静かになって、またぱちぱち。
班の子の一人が、ぽつりと言った。
「火の音って、なんか拍手みたいだね」
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこ、と動いた。
拍手。
ぱちぱち。
拍手。
みんなが頑張ってきた合宿が終わる。最後に、火が音を立てている。ぱちぱち。拍手みたいな音で。
手が、ノートの方へ伸びた。
鉛筆を持つ。
「はい」
同室の親友の声が来た。
手の中に、マシュマロがあった。串に刺さっていた。
最強メンタル計画ちゃんは、それを受け取った。
「……火に、当てていい?」
「当てて」
串を少し前に出した。火の端が、マシュマロの表面をゆっくりと炙る。少しずつ、茶色くなっていく。
「焦げ過ぎないように」
「焦げ過ぎないように」
ぱちぱち、と火が鳴る。
最強メンタル計画ちゃんは、火を見ながら、ゆっくりと串を回した。均等に炙る。
拍手みたいな音が、続いていた。
ノートのことは、頭の隅に残っていた。
でも、マシュマロが焦げる前に書く必要はなかった。
「できた?」
「もう少し」
「そう」
また少し、ぱちぱちと火が鳴った。
マシュマロが、ちょうどよく焦げた。
食べた。
甘くて、少し苦くて、中がとろっとしていた。
ぱちぱちという音が、まだ続いていた。
拍手みたいだった。
でも、今夜はそれだけでよかった。
普通に楽しかった
火が少しずつ小さくなっていく頃、班の子たちが話をしていた。
「海、入った回数、何回だった?」
「数えてない」
「私はたぶん十四回」
「多い」
「海好きなんだよ」
「無人島も海だったじゃん」
「無人島は違う」
「どう違うの」
「……なんか、全然違う」
みんなが笑った。
最強メンタル計画ちゃんも、少しだけ笑った。
無人島の海は、帰れなかった空がある海だった。帰還塔がある海だった。スタンプを押した海だった。ハンバーグの匂いが流れてきた海だった。
今夜の海は、合宿が終わる海だった。
同室の親友が、星を見上げながら言った。
「後輩ちゃんに、帰ったら連絡しようね」
「する」
「たくさん話すことあると思う」
「ある」
「向こうも、たくさんあると思う」
「……ありそう」
「ありそうだね」
二人は少し笑った。
後輩ちゃんは学園で頑張っていた。プチ学祭でお化け屋敷を作って、たづなさんに叱られて、V5をたづなさんに相談して、全部相談したのに違う種類の事故が起きた。全部、嘘じゃなかった。全部、前に進んでいた。
帰ったら、ちゃんと聞こうと思った。
「帰ったら」
「うん」
「後輩ちゃんに、今年の夏の話を聞く」
「ちゃんと聞いてあげてね」
「ちゃんと聞く」
火が、また小さく揺れた。ぱちぱち、と鳴った。
拍手みたいな音が、夜の浜辺に続いていた。
最強メンタル計画ちゃんは、ノートを膝の上に置いた。
今日は、開かなかった。
それだけで、十分だった。
おやすみ
火が消える少し前に、担当トレーナーが声をかけた。
「今日で合宿が終わります。お疲れ様でした。みんな、よく頑張りました」
拍手が起きた。
本物の拍手だった。ぱちぱち、ではなく、たくさんの手が鳴る音。
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこぴこと揺れた。
嬉しかった。拍手の音が、暖かかった。
「よく頑張りました」という言葉が、胸の奥に少し残った。
それはスピカさんの声ではなかった。担当トレーナーの、普通の声だった。
でも、十分に温かかった。
「ん」
声に出たかどうか、分からなかった。
同室の親友が、横で聞いていた。
「楽しかった?」
「……ん。楽しかった」
「うん。楽しかった」
火が消えた。
浜辺が少し暗くなって、代わりに星がはっきり見えた。
明日、合宿地を離れる。電車に乗って、トレセン学園に戻る。後輩ちゃんに会える。スマホを見れば、三週間分のメッセージが来ている。
今夜は、まだここにいる。
「おやすみ」
「おやすみ」
合宿は、普通に終わった。
トレセン学園スレ
【合宿】最終日、普通に終わった【CF】
レス 1〜50
合宿最終日。
CF、平和に終わった。
本当に?
本当に。
海の家から数日経ったけど、みんな元気?
元気。
回復効果、本物だったらしい。
よかった。
CF、何かあった?
火の音が「拍手みたいだね」って言ったら、例の子の耳がぴこってした。
あっ。
ノートが出かけた。
やめろ。
マシュマロが来た。
二勝目。
マシュマロ、今週二勝。
一勝目は海の家の収束後。
二勝目はCF。
マシュマロ、頑張ってる。
マシュマロを止める側に置いたの赤ペン先生だから、実質赤ペン先生が二勝。
道具が変わった。
赤ペン→マシュマロ。
おいしい道具に進化した。
進化の方向性が正しい。
例の子、結局何か書いた?
書かなかった。
えらい。
マシュマロ食べたら頭から抜けたらしい。
それが正解。
海の家で全部出した説、ある。
その説、ある。
今回の合宿で大きなことやったのは無人島だけじゃないもんね。
海の家の回復メニューも大きかった。
でもCFは普通に終わった。
それでいい。
去年の先輩たちのプチ学祭が普通に終わったことをすごいと言っていた後輩ちゃん、今年の合宿CFが普通に終わったことをすごいと言いそう。
言いそう。
感覚は壊れてるけど、その感覚は正しい。
普通に終わることの難しさ、知ってる子たちは知ってる。
例の子、楽しかった?
「普通に楽しかった」って言ったらしい。
後輩ちゃんに「普通に楽しんできてください」って言われてたもんね。
言われた通りになった。
ちゃんとなったのか、結果的になったのか、どっちかは分からないけど。
どっちでもよくない?
普通に楽しかったなら、それでいい。
合宿、ちゃんと終わったんだね。
ちゃんと終わった。
帰ったら後輩ちゃんに報告するんだろうな。
するでしょ。
後輩ちゃんの報告も来るでしょ。
来る。
二正面の報告会、始まる。
レス 51〜100
おかえり。
おかえり。
合宿、お疲れ様でした。