合宿組・終盤の疲労
一週間後
無人島から帰ってきて、一週間が経った。
この一週間は、島よりも、ある意味しんどかった。
島ではスタンプラリーという目標があった。ハンバーグという報酬があった。班でいっしょに、一つひとつクリアしていけばよかった。
合宿本隊に戻ってからは違う。通常のトレーニングメニューが再開して、合宿の残り期間に向けてペースが上がっていた。島の疲れがまだ体の奥に残っているまま、追加で積み上げられていく感じだった。
最強メンタル計画ちゃんは、朝のランニングを終えて、水筒の水を飲んだ。
足が重い。でも、走れた。
「今週、ぜんぜん止まれなかったねー」
隣で同室の親友が、タオルで首を拭いながら言った。
「止まれなかった」
「止まらなかった、の間違いじゃないの? 自分で走ったんだよ」
「止まれなかった気分」
「それはそうかも」
二人は、並んで海の家の方へ向かった。午後のトレーニングまで、少し時間がある。昼ご飯を食べて、少し休む。それだけのつもりだった。
死屍累々
海の家に入ると、状況が見えた。
床にいる。
ベンチにいる。
テーブルに突っ伏している。
全員、動かない。
怪我ではない。痛そうにしている子はいない。ただ、ウマ娘が、思い思いの場所で、音もなく横になっていた。表情は穏やかで、どこかぼんやりしていた。
「……うわあ」
同室の親友が、入口で少し立ち止まった。
「たしかに、これは」
「合宿、ラストスパート」
「うん」
「島の疲れも残ってる」
「残ってるね」
「限界の子、多い」
「多いねー……」
部屋の端では、元気そうな子が一人、倒れている子の横で静かにご飯を食べていた。声をかけないようにしているらしく、箸の音がやけに静かだった。
最強メンタル計画ちゃんは、その光景をしばらく見ていた。
助けたい。
その気持ちが、じわりと出てきた。
昨日ではない。今日、この瞬間に。でも、昨日の積み重ねから来ているのは分かった。毎日、誰かがぼろぼろになっていくのを見てきた。毎日、自分もぼろぼろになりながら、それでも次の日に走れていた。
助けたい。回復させたい。
「ノートを、開いていい?」
同室の親友が、先に言った。
「開いていい。でも見せてから」
「見せる前にやめる可能性もある」
「それはそれでいい。とにかく見せてから」
「ん」
最強メンタル計画ちゃんは、ノートを取り出した。
空白のページ。ペンを持つ。
書いたのは、一行だった。
回復。食べ物。ちゃんと組み立てれば。
同室の親友は、それを見た。
「……食べ物?」
「カレー。おいしかった。疲れも、あの時取れた気がした」
「気がしただけかもしれないよ」
「でも、みんなが喜んだ」
「喜んだのは本当。——ただし、あれはたまたまうまくいっただけでしょ」
「組み立てれば」
「組み立てる、の意味がまだわかんない」
「まだ分かんない」
「……正直に言った」
「まだ考えてる。あとで見せる」
「うん。あとで見せて」
同室の親友は、一度だけ深く息を吸った。
食べ物で回復。それ自体は普通のことだ。カレーも、普通においしかっただけだった。問題は「組み立てる」という言葉が何を呼び込むか、だった。
でも、今日はまだ一行だけ。一行だけなら、見ていられる。
「とりあえず、ご飯を食べよう」
「食べる」
「一緒に」
「一緒に」
二人は、まだ空いているテーブルを見つけて座った。
CF準備
食後、少し外を歩いた。
海の家の裏手に、スタッフが荷物を運び込んでいた。木の棒。金属の台座。大きな袋。
「あれ」
「キャンプファイアーの準備。合宿最終日のやつ」
同室の親友が、先に教えた。
「もうそんな時期?」
「もうそんな時期だよ。あと数日だから」
「早い」
「無人島で三週間いたからね。体感、あっという間だったでしょ」
「……うん」
最強メンタル計画ちゃんは、薪の束が積まれているのを見た。まだ火がついていない。ただの木だった。
でも、夜に火がついたら。
風が吹くたびに、火が揺れる。揺れて、散って、また戻る。音がする。ぱちぱち。ぱち。
拍手みたい。
「……ぁ」
「何?」
「拍手みたい、と思った」
「薪が?」
「火の音。拍手に、似てる」
同室の親友の目が、少し動いた。
「……うん。似てるね」
「みんなに聞かせたら」
「聞かせたら?」
「拍手。応援。みんなが頑張ってる。伝えられる——」
同室の親友の手が、ポケットに入った。
何かを取り出した。
「はい」
マシュマロだった。
白くて、丸くて、串に刺さっていた。
最強メンタル計画ちゃんは、それを受け取った。
「……食べていい?」
「食べて」
食べた。
やわらかくて、甘かった。
火の音と拍手の話は、口の中で静かに消えた。
「おいしい」
「よかった」
同室の親友は、薪の束から視線を外した。
ノートが出てくる前に、マシュマロが勝った。今日はそれでいい。
一文
夕方。宿泊施設に戻って、スマホを見た。
後輩ちゃんからメッセージが来ていた。
『先輩、合宿もあと少しですね! 普通に楽しんできてください!』
最強メンタル計画ちゃんは、それを読んだ。
普通に楽しんできてください。
普通に、楽しめるように。
みんなが疲れている。回復させられれば、残りも普通に楽しめる。それが、普通に楽しむということだ。
そう読んだ。
「何か来た?」
「後輩ちゃんから」
「なんて?」
「普通に楽しんできてって」
「そのまま読んでいいよ。普通に楽しんできて、って言ってるんだから」
「……うん」
「うん、で終わり?」
「うん。普通に楽しもうと思う」
「よかった」
同室の親友は、そこで話を終えた。
「普通に楽しむ」の解釈が、後輩ちゃんと同じかどうかは分からなかった。でも、今日のところは、それ以上は聞かなかった。
夜の風が、カーテンを揺らした。
最終日まで、あと少し。