7話・最強イルミネーション計画
終業式まで、あと二週間。
そのホームルームで、冬の催しが発表された。
「クラス対抗・冬のイルミネーション。各クラス一作品を作って、中庭に飾ります」
委員の子が、配られたプリントを読み上げた。
「点灯式は、終業式の前夜。投票で最優秀クラスを決めます。電飾は学園から各クラスに同じセットが貸し出されて、追加の装飾は自由。ただし安全基準は守ること」
教室が、ざわっと明るくなった。
冬の中庭は、暗い。日が落ちるのが早くて、練習帰りの道はいつも冷たくて暗い。そこが光で埋まるというだけで、いい話だった。
「うちのクラス、何作る?」
「ツリーは絶対どこかとかぶるよね」
「雪の結晶とか?」
「流れ星は?」
案が飛び交う中で、委員の子が言った。
「で、照明の配線とか点灯の仕組みって、誰か分かる子いる?」
教室が、一瞬だけ静かになった。
それから、視線が、ゆっくりと一つの席に集まった。
最強メンタル計画ちゃんの席だった。
「……私?」
「だって、ほら、いろいろ作ってきたし」
「機械っぽいの、得意でしょ」
「4DXとか作ってたし」
「あれは封印されたけど、技術はすごかったって企業の人が」
最強メンタル計画ちゃんは、少し考えた。
確かに、いろいろ作ってきた。照明も、配線も、点滅の仕組みも、過去の計画のどこかで全部触ったことがある。できるか、できないかで言えば——できる。
ただ、それは、最強メンタルのために作ってきた結果だった。普段の理科の成績は普通だし、家庭科も普通だし、技術の授業の作品は、先週ちょっと先生に首をかしげられたばかりだった。
なんでもできる子だと思われているのは、少し違う。
でも。
「クラスの照明係、お願いできない?」
委員の子が、まっすぐこちらを見て言った。
クラスのため。みんなで作る、冬の催し。今回は、自分の計画ですらない。困りごとでもない。ただの、楽しいこと。
楽しいことの係に、選ばれた。
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこ、と立った。
「……やる」
教室に、ぱちぱちと軽い拍手が起きた。
窓際の席で、赤ペン先生だけが、拍手をしながら、遠くを見る目をしていた。
その夜、寮の部屋で、作戦会議が開かれた。
「いい? 今回は、いつも以上に、ちゃんとやるからね」
赤ペン先生が、ノートを机の真ん中に置いて言った。
「ちゃんと、やる」
「クラスの催しだから。事故ったら、クラス全員に迷惑がかかるから」
「分かってる」
最強メンタル計画ちゃんは、こくりと頷いた。
その顔は、いつになく真剣だった。自分のための計画なら、失敗しても自分が封印されるだけ(物が、だが)で済む。でも今回は、クラスの作品だった。みんなが楽しみにしている点灯式だった。
「確認項目、先に全部決めよう。スピカ要素は」
「ゼロ。映像、なし。音声、なし。香り、なし。形、抽象。文字、なし」
「色は」
「白と、青」
赤ペン先生のペンが、止まった。
「青」
「冬の色。雪と、夜空の色」
「……その青、どこから来てるの」
いつもの確認だった。水色ドリンクの時も、スライムの時も、した確認だった。
最強メンタル計画ちゃんは、少し考えてから答えた。
「空の色。冬の、晴れた日の。あと、雪の影の色。夕方、雪の影は青くなる」
赤ペン先生は、その目をじっと見た。
嘘ではなかった。雪の影は、確かに青い。冬の空も青い。白と青は、冬のイルミネーションとして、世界中で使われる普通の配色だった。
ここで青を禁止するのは、さすがに、世界に対して過剰防衛だった。
「……分かった。白と青。ただし、点灯式の前に、私とたづなさんで最終確認するからね」
「ん」
「全部見せること。配線も、プログラムも、点滅も、全部」
「全部、見せる」
製作は、順調だった。
順調すぎるくらいだった。
クラスの作品テーマは「冬の星空」に決まった。中庭の割り当て区画に、支柱で星空のアーチを作り、白と青の電飾を星のように散らす。デザイン班が形を決め、工作班がアーチを組み、最強メンタル計画ちゃんが配線と点灯の仕組みを担当した。
配線は、美しかった。
工作班の子が、配線の束を見て「売り物みたい」と言った。電源は学園の規格品。電球も規格品。延長コードの取り回しも、防水処理も、固定も、教科書のお手本のようだった。第11部の頃から、配線だけは妙に上達していた。
「明るさは、これくらい」
試験点灯の白い光は、まぶしすぎず、暗すぎず、雪の上にやわらかく散った。
「きれい!」
「星っぽい!」
クラスメイトたちの評判も、よかった。
ここまで、本当に順調だった。
最後に残ったのが、点滅のプログラムだった。
ただ点きっぱなしでは、星空っぽくない。星は、またたく。だから、点滅のリズムを組む。それが照明係の、最後の仕事だった。
夜、寮の部屋で、最強メンタル計画ちゃんは小さな試験用の電飾を前に、リズムを組んでいた。
点く。消える。点く。
機械的な等間隔は、星っぽくなかった。安っぽい看板みたいになった。
ゆっくりにすると、眠かった。
ランダムにすると、落ち着かなかった。
最強メンタル計画ちゃんは、何十通りも試した。
そして、ある組み合わせで、手が止まった。
ふっ、と一拍、全体が暗くなる。
その「ため」のあとに、光が、ぱっ、と跳ねるように戻ってくる。
また、ゆっくり沈む。沈みきる前に、別の一角が、ぱぱっ、と二回またたく。
全体が、呼吸しているみたいだった。
「……きれい」
声が出た。
これだ、と思った。星空が生きてるみたいに見える。沈む「ため」があるから、跳ねる光が嬉しい。これがいちばん、きれい。
最強メンタル計画ちゃんは、そのリズムを保存した。
自分の中の「いちばんきれい」を、そのまま形にした。
それが何のリズムなのか——本人は、最後まで気づかなかった。
この二年間、この子の「きれい」の物差しは、たった一つの体験で、ずっと校正され続けてきた。暗転の「ため」。登場の「跳ね」。沈んで、跳ねて、呼吸する光。
本人の中に蓄積された「きれい」の基準は、もう、それしかなかったのだった。
最終確認は、点灯式の三日前に行われた。
管理室に、設計図と配線図とプログラムの一覧が並んだ。たづなさんと赤ペン先生が、二人がかりで確認した。
「電源、規格内。配線、問題なし。固定方法、問題なし」
「映像要素、なし。音声、なし。香り、なし。文字、なし。形は星とアーチ。問題なし」
「色、白と青。一般的な冬の配色。問題なし」
「点滅プログラムは」
「これ」
試験用の電飾で、点滅が再生された。
ふっ、と沈む。ぱっ、と跳ねる。ゆっくり呼吸する光。
管理室で、三人がそれを見た。
「……きれいですね」
たづなさんが言った。
「きれいだね」
赤ペン先生も言った。
二人とも、それ以上、何も感じなかった。
無理もなかった。試験用の電飾は、手のひらサイズの豆電球が八個。光量は小さく、範囲は机の上だけ。部屋は明るく、二人は立ったまま、書類確認の目で見ていた。
それは、昼の屋内で、八個の豆電球が呼吸しているだけの光景だった。
会場の規模で、夜の中庭で、数百の光が一斉に呼吸したとき、何が起きるか——それを机の上から想像できた者は、いなかった。
単体テストは、全項目、合格だった。
「承認します」
たづなさんは、台帳に「クラス対抗イルミネーション・三組作品:確認済み。問題なし」と書いた。
書いてから、別のページを開いた。
点灯式の、警備計画のページだった。
鍋の一件以来、たづなさんは行事のたびに、これを作るようになっていた。
点灯式・特別警戒計画
一、既知の危険物の隔離確認
・保温封印スライム:冷蔵保管庫、当日は施錠。
・ぽかぽかクリーム:封印済み。中廊下の手すりは清掃済み……ただし中庭へ移設したベンチ・手すり類は、移設前の設置場所を要確認。
・特定管理植物区画:遮光カバー、当日も夜間モードを維持。
・雪像:完全融解済み。終了。
二、複合連想の警戒
・湯気の出る屋台は、点灯エリアから距離を取る。
・音楽の使用は、各クラス申請制。リズムのある音響と照明の同時使用は避ける。
三、当職の配置
・複合発生の可能性があるため、当職は屋内からモニターで監督する。現場指揮は職員二名(交代制・直視時間の管理)。
我ながら、厳重だった。
物は、全部押さえた。湯気も、音も、距離を取った。自分の耐性も、過信しないことにした。
たづなさんは、警備計画を閉じた。
押さえ漏れがあるとすれば、それは「物」ではない何かだった。でも、物ではない何かを台帳に書く方法を、たづなさんはまだ持っていなかった。
点灯式の夜が、来た。
よく晴れて、よく冷えた夜だった。昼間の雪が踏み固められて、中庭は白い床になっていた。
中庭には、各クラスの作品が並んでいた。電飾のツリー。光るトンネル。雪の結晶のオブジェ。流れ星の壁。そして、三組の「冬の星空」のアーチ。
観客は、全校から集まった。練習終わりの子も、寮から出てきた子も、マフラーと手袋で着ぶくれて、白い息を弾ませていた。点灯前の中庭は、まだ暗く、人いきれと期待で、ほんのりあたたかかった。
移設されたベンチと手すりが、観客エリアの縁に並んでいた。古い備品で、もとは校舎の中廊下にあったものだった。
後輩ちゃんは、最前列にいた。三組の区画の、いちばん見える場所。
赤ペン先生は、その横にいた。
フル装備だった。
手袋(クリームの教訓)。耳当て(音の防御)。マフラーを鼻まで(香りの防御)。そして、目深にかぶったニット帽のつばで、視界の上半分を制限していた(視線管理)。今冬の全教訓が、一人の防寒具に集約されていた。
「赤ペン先生、すごい防備ですね」
「今日は何かある気がするの」
「確認、全部通ったんですよね?」
「通った。全部通った。だから余計に、何かある気がするの」
二年間の経験則だった。
屋内の管理室では、たづなさんがモニターの前に座っていた。中庭の各所に置かれたカメラの映像が、画面に並んでいる。音声は切ってあった。映像も、いざとなれば一秒で消せるよう、手元にスイッチを置いていた。万全だった。
放送が、流れた。
「お待たせしました。冬のイルミネーション、点灯式を始めます」
中庭の照明が、落ちた。
一瞬の、完全な暗闇。観客のざわめきが、すっと期待の沈黙に変わった。
「カウントダウン!」
全員の声が揃った。
「五! 四! 三! 二! 一——」
点灯。
中庭が、光った。
ツリーが光り、トンネルが光り、雪の結晶が光り、流れ星が流れた。歓声が上がった。白い息が、いっせいに光の中へ立ちのぼった。
そして、三組の「冬の星空」が、呼吸を始めた。
ふっ、と沈む。
ぱっ、と跳ねる。
数百の白と青の光が、夜の中庭で、生き物のように、またたいた。
歓声が、三組のアーチの前で、ひときわ大きくなった。
「すご……!」
「星が生きてるみたい!」
「きれい——」
最初の三十秒は、ただ、きれいだった。
異変は、光の「ため」が、三度目に来たときだった。
ふっ、と、アーチ全体が沈む。
暗くなった一拍に、観客の歓声も、つられて、すっと静かになった。
静寂。期待。白い息。
そして、ぱっ、と光が跳ねた。
その瞬間、観客の中の誰かの頭の中で、何かが、かちりと噛み合った。
暗転。ため。静寂。そして、跳ねる光——
それは、見たことのある呼吸だった。何百回も、画面越しに見た呼吸だった。暗転で息を呑んで、光が戻る瞬間に、あの人が現れる——
「……あ」
誰かが、小さく言った。
「これ……この間……」
「ため、が……」
「来る……」
光は、何も知らずに、呼吸を続けた。
ふっ、と沈む。観客の息が止まる。ぱっ、と跳ねる。誰もいないアーチの下に、全員の頭の中で、同時に、同じ人が登場する。
沈む。止まる。跳ねる。登場する。
呼吸のたびに、登場し続ける。
最前列から、観客が、ゆっくりと雪の上に座り込み始めた。
ある子は、手すりに掴まって耐えようとした。その手すりは、中廊下から移設された、あの手すりだった。清掃はされていた。されていたが、ほんのわずかに、奥のほうに、余韻が残っていた。手のひらに、ふわりとあたたかい何かが届いた。
「手が……あったか……だめ……」
追い打ちだった。その子は、手すりを握ったまま、きれいに沈んだ。
そして——中庭の隅、特定管理植物区画で。
遮光カバーは、夜間モードで閉じていた。光は、ほとんど入らないはずだった。
でも、数百の電飾の光は、雪に反射して、地面を伝って、カバーの布の織り目から、ほんのかすかに、中へ届いた。
かすかな光が、呼吸していた。
ふっ。ぱっ。ふっ。ぱっ。
カバーの中で、三輪の花が、その呼吸を聴いた。
最初は、小さく。
葉が、揺れた。
茎が、リズムを取った。
そして、三輪が、いっせいに、踊り始めた。
光の「ため」で沈み、「跳ね」で回る。完璧に、同期していた。誰も教えていないのに。カバーの中の閉じた世界で、花たちは、人生(花生)最高のステージを始めていた。
その振動は、土に伝わった。
土の中で、七つの芽が——初めて、揺れた。
小さく、小さく、先端だけ。雪像の溶け水を吸って育った七つの緑が、生まれて初めて、リズムというものに触れた。
カバーの外からは、何も見えなかった。
ただ、カバーの布が、内側から、とくとくと、小さく脈打っているだけだった。
その様子を映すカメラの映像を、屋内のたづなさんは見ていた。
モニター越し。音声なし。光量も色も、画面の中の小さな情報に圧縮されている。安全だった。距離と画面が、たづなさんを守った。
たづなさんは、モニターの中で次々に座り込んでいく観客と、脈打つカバーを見て、手元のマイクを取った。
「現場指揮へ。三組区画の電源を切ってください。繰り返します、三組区画の電源を」
現場では、赤ペン先生が、すでに動いていた。
最初の一人が座り込んだ瞬間に、原因を理解していた。
点滅だ。あの点滅、あの「ため」と「跳ね」——確認の時、手のひらの上では、ただの豆電球だったあれが、夜の中庭で数百になると、こうなるのか。
「電源!」
赤ペン先生は、人混みを縫って走った。ニット帽のつばで光の全景を遮り、足元と配線だけを見て走った。フル装備が、完璧に機能していた。
配線は、美しかった。
美しく整理された配線は、緊急時に、どこを切ればいいか一目で分かった。電源ボックスの位置も、スイッチの形も、申請書の図面どおりだった。
赤ペン先生は、スイッチに手をかけた。
一瞬だけ、振り返った。
光の呼吸の中で、観客たちが、幸せそうに雪に沈んでいた。誰も苦しんでいなかった。みんな、いい顔だった。隣では後輩ちゃんが、両手で目を覆い、指の隙間から見ようとして、「見ちゃだめ、でも、きれい……」とぐらぐらしていた。
きれいなのは、本当だった。
それが、いちばんの問題だった。
「ごめんね」
誰にともなく言って、赤ペン先生は、スイッチを切った。
三組の星空が、消えた。
呼吸が、止まった。
中庭には、他のクラスの、普通に点きっぱなしの光だけが残った。ツリーと、トンネルと、雪の結晶と、流れ星。どれも、きれいで、安全で、何も呼吸していなかった。
座り込んだ観客たちは、ゆっくりと、現実に戻ってきた。
誰かが、最後に、小さく言った。
「……ぺんらいと……」
持っていないのに。
被害の集計は、その夜のうちに終わった。
座り込み、四十二名。手すり経由の複合被弾、一名。怪我、ゼロ。全員、三十分以内に自力で回復。
史上最多の被弾者数と、史上最速の鎮圧だった。電気は、スイッチ一つで切れた。今冬の事故の中で、いちばん止めやすかった。クリームは拭いて回り、スライムは冷やして回り、雪像は十日待った。それに比べて、電気は一瞬だった。
「皮肉なんだけどね」
片付けの中庭で、赤ペン先生が言った。
「いちばん大規模で、いちばん止めやすいって」
最強メンタル計画ちゃんは、消えたアーチの下で、配線を確認していた。事故の後も、配線は美しいままだった。
「……クラスのみんなに、迷惑かけた」
「それなんだけど」
赤ペン先生は、少し向こうを指さした。
三組のクラスメイトたちが、集まって、こっちを見ていた。
怒っている顔では、なかった。
「ねえ! 照明係!」
委員の子が、駆け寄ってきた。
「ごめん——」
「すごかったね!!」
最強メンタル計画ちゃんの謝罪は、最初の二文字で上書きされた。
「四十二人だって! 四十二人沈めたんだよ、うちのクラスの作品!」
「歴代の催しで最多らしいよ!」
「他のクラスの子が『ずるい』って言ってた! ずるいって!」
「投票、どうなるんだろうね。沈んだ子はあれ、投票どっちに入るの?」
わいわいと、クラスメイトたちは盛り上がっていた。誰一人、責めていなかった。それどころか、半分くらいは誇らしげだった。
最強メンタル計画ちゃんは、その輪の中で、少しの間、立ち尽くしていた。
それから、小さく聞いた。
「……クラスの、役に立った?」
赤ペン先生は、少し迷った。
迷ってから、答えた。
「立ったよ。立ちすぎた」
処理は、翌日に行われた。
管理室で、たづなさんが、点滅プログラムの記録媒体を受け取った。
「点滅パターンは、台帳預かりとします」
「はい」
「電飾本体と配線は、問題ありません。点滅をやめて、常時点灯に改修すれば、展示の継続を認めます」
「……続けて、いいんですか」
赤ペン先生が、少し驚いて聞いた。
「電飾は規格品で、形は星で、色は白と青です。点滅さえしなければ、どこにも問題はありません。それに」
たづなさんは、窓の外を見た。
「点灯式そのものは、好評でした。怪我人もいません。作品を撤去する理由が、ありません」
三組の星空は、その日の夕方から、常時点灯で復活した。
呼吸しない星空は、普通に、きれいだった。沈む「ため」も、跳ねる「跳ね」もなく、ただ白と青の光が、冬の中庭に静かに散っていた。
練習帰りのウマ娘たちが、その下を通って、寮に帰った。暗かった冬の中庭は、終業式まで、ずっと明るかった。
「……普通に、きれい」
ある夜、最強メンタル計画ちゃんは、アーチの下で立ち止まって、それを見上げた。
隣に、赤ペン先生がいた。マフラーは一人一本、正しく巻かれていた。
「普通にきれいだね」
「点滅してた方が、きれいだった」
「きれいだったね。きれいすぎたんだよ」
「きれいすぎると、だめ」
「この学園ではね」
最強メンタル計画ちゃんは、もう少しだけ、光を見上げていた。
白い息が、光の中を、ゆっくりのぼっていった。
「……来年は」
「来年は?」
「きれいと、きれいすぎるの、間をねらう」
赤ペン先生は、隣で、小さく笑った。
「その調整、世界でいちばん難しいと思うよ」
「練習する」
「何の練習なの、それ」
「最強メンタルの」
どこがどう繋がっているのかは、分からなかった。
でも、本人の中では、ちゃんと繋がっているらしかった。それは、二年間ずっとそうだった。
二人は、星空のアーチをくぐって、寮へ帰った。
中庭の隅では、遮光カバーが、もう脈打っていなかった。
カバーの中で、花たちは、静かに眠っていた。
土の中では、七つの芽が、今日覚えたばかりのリズムを、ゆっくり、ゆっくり、反芻していた。
ふっ。ぱっ。
ふっ。ぱっ。
春は、まだ先だった。
トレセン学園スレ
【伝説】点灯式、中庭が会場になった夜【全員善意】
レス 1〜50
点灯式行った子、無事?
無事。沈んだけど無事
沈んだんかい
四十二人沈んだ。私はその一人
体験者として何があったか教えて
三組の星空イルミの点滅がね、呼吸してたの
呼吸
ふっ……て沈んで、ぱっ……て跳ねるの。そのたびに、誰もいないアーチの下に、来るの
来るな
来るんだよ。暗転からの登場を、一晩中、無限に繰り返してるんだよあの点滅
しかも今回、本人素材完全にゼロなんでしょ?
ゼロ。電球と配線だけ。映像なし、音なし、香りなし、色は白と青
何もないのに全員が同じものを見た
点滅のリズムだけで、四十二人が同時に同じ人を観た
もう材料すらいらなくなったんだよ。リズムだけでいいんだよ
概念のスリム化が進んでる
進むな
手すりに掴まって耐えようとした子が、手すりから追い打ち食らったらしいんだけど
あの手すり、中廊下から移設したやつだったんだよ……クリームの……
十二月の全部が点灯式に集まってきてるじゃん
そうなんだよ。今冬の全部があの夜の中庭にいた
ちなみに花壇のカバーが内側から脈打ってたって情報があるんだけど
それ私も見た。とくとくしてた
中で何してたの
考えるな
考えたら負け
で、誰が止めたの
赤ペン先生。フル装備で人混みを突破して、電源を一発で切った
フル装備って
手袋、耳当て、鼻までマフラー、目深ニット帽。今冬の全教訓を着てた
歩く再発防止策
赤ペン先生だけが点灯式で何も観てないの、逆にすごい
配線が綺麗すぎて、切る場所が一目で分かったらしい
本人の几帳面さが本人の事故を最速で止めた
自己完結型危機管理
たづなさんは?
屋内からモニター監督。画面越しだから無事だった
鍋の教訓が活きてる
全員がちゃんと学習した上で、それでも四十二人沈んだという事実
学習が追いつかない速度で新しい抜け道が来る
ちなみに作品自体は常時点灯に改修されて続行中。今も中庭で光ってる
見てきた。普通にきれいだった
呼吸しない星空、安心して見られる
最後に誰かが「ぺんらいと……」って言って沈んだらしいんだけど
私だが?
本人いた
持ってないのになんで言ったの
手が、勝手に、振りたくなったんだよ……光が呼吸してたから……
分かるからやめろ
三組、投票どうなったの
レス 51〜100
二位だった
一位じゃないんだ
「沈んでて投票できなかった」って子が四十二人いたから
得票を自分で沈めた作品
伝説だよもう
怪我人ゼロで、全員いい顔で、作品は今もきれいで、でも台帳には載った
いつもの締めだ
これで今年の冬の計画、七つ目?
クリーム、マフラー、スライム、お花セット、鍋、雪像、イルミで七つ
七不思議ならぬ七計画
来年もあるんだろうな
あるよ。冬は毎年来るから
そして私たちは毎年見てる
見てる
統合板
【中間総括】ここまでの冬の制作物七件——単体はすべて安全だった【全員善意】
レス 1〜50
終業式も終わったので、ここまでの冬のトレセン関連事案を一旦整理する
①ぽかぽかクリーム(触媒型・封印) ②ふわさらマフラー(条件付き運用中) ③あったかスライム(保温封印・冷蔵) ④お花お世話セット(運用中・無事故) ⑤回復鍋(提供方式変更で運用中) ⑥雪像(自然発生型・融解済み) ⑦イルミネーション(常時点灯に改修・展示中)
こうして並べると、封印されたの二件だけなんだな
企業側から補足すると、七件すべて、単体・成分・規格の検査では完全に安全。事故はすべて「申請項目の外」で発生している。余韻、複合、対流、点滅リズム、自然融解。どれも事前の検査項目に存在しない
研究側から補足すると、今冬の事例で確定した知見は三つ。(一)連想は物品を媒介して伝播する。(二)複合提示は単体耐性を無効化する。(三)概念は人為なしで自然発生しうる
三つ目が今でも信じられない
雪像の件は観測データが一切ない(直視できた者がいない)ため、論文化は不可能と判断した
法務から一言:年明けの商品企画会議に「トレセン事例の応用」を持ち込まないように。今年三回止めた。来年は止めない(訴訟になる前に企画ごと潰す)
法務が一番疲れてる
品質保証も疲れてる。「単体安全の合算は安全ではない」が社内標語になった
最後に。学園の管理担当の方が今冬書いた新分類は四つ(触媒型、保温封印、自然発生型、複合警戒)。台帳が進化し続けている
台帳だけが世界の最先端を走ってる
あの台帳、いつか学会で発表してほしい
発表したら聴衆が沈む
それもそうか。では一旦ここまで。ただ、冬はまだ折り返しだという事実だけ共有しておく
クリスマスと年末年始が残ってるんだよな……
イベントの密度が高い季節が、これから来る。各自、体調と心の管理を
続報があったらまたここで。寝ろ
寝る