無人島・完走と帰還

あと少し

無人島演習、後半。

標は解体した。地図は紙に残っている。スタンプ帳は、あと少し。

「あと少し」がはっきり見えてきてから、班のテンションが変わった。朝の走り出しが速い。合流点での迷いが減った。疲れているのに、なぜか足が前に出る。

「ハンバーグ、見えてきたねー」

同室の親友が、水筒を揺らしながら言った。

「見えてきた」

「まだ先だけど」

「見えてきた」

「……まあ、見えてきたね」

スタンプ帳の残りのマスを数えた。スピード、スタミナ、根性、賢さ。全部で、もう少し。もう少しで、全部になる。

全部になれば、ハンバーグになる。

帰れる。

中間評価

演習後半の朝。班ごとの中間評価が行われた。

ホワイトボードの前。担当トレーナーが、一人ずつ指名する。今日うまくいったこと、困ったこと、次に気をつけること。一つでいい。

班長は、紙地図が助かったと言った。

次の子は、GPS携帯を本当の意味で使えたのが良かったと言った。その言い方が少し面白かったので、班の子が一人笑った。

最強メンタル計画ちゃんの番になった。

「……ん」

少し間を置いてから、言った。

「怖くなかった。帰れなかった」

担当トレーナーが、メモを取る手を止めた。

「塔は、作ってない」

「……続けてください」

「標は、帰れた」

それだけだった。

担当トレーナーが、ゆっくりと書いた。

班代表:標の用途と事故要因を区別して発言。帰路確認には有効。夕方の見え方については要経過観察。

同室の親友は、横で静かに聞いていた。

横のノートに、小さく丸がついた。赤ではなかった。ぎりぎり赤ではなかった。

島トレ券

中間評価の後、班に小さな券が配られた。

島トレ券 1枚 ——施設追加セットと引き換え可

最強メンタル計画ちゃんは、両手でそれを受け取った。

「……」

折り目をつけないように持った。

「使うよ」

同室の親友が言った。

「でも」

「券は、使うためにあるから」

「でも」

「使うほうが、えらい」

「えらい、じゃなくて正しい、でしょ」

「そう。使う方が正しい。今日、根性施設の追加セット、やっていい。使って」

最強メンタル計画ちゃんは、券を見た。もう一度、見た。

「……使う」

「うん」

「渡す」

「うん」

手を離した時、少しだけ悔しそうな顔をした。

同室の親友は、それを見て少し笑った。

追加セット。普通にきつかった。普通に、良かった。

賢さ施設

最終日の前日。賢さ施設は林の中にあった。

看板に、こう書いてあった。

食用・非食用 識別クイズ

「この山菜、食べられますか?」

トレーナーが葉を見せる。班の子たちが首をかしげた。

「……食べられる」

最強メンタル計画ちゃんが言った。

「正解。ではこちらのキノコは?」

「毒」

「正解。この浜辺の草は?」

「食べられる。塩を吹くと、なおいい」

トレーナーが、目を丸くした。班の子も、同室の親友も、同じ顔をした。

「……なんで知ってるの」

「覚えた」

「いつ?」

「観察してた時に」

「そういえばずっと何かを見てたね」

「見てた」

最強メンタル計画ちゃんは、さらっと言った。見ていたものは、わりと覚えている方だった。特に、気になったものは。

ノートを開きかけた。

同室の親友の視線を感じた。

閉じた。

「今日は書かなくていい。頭の中にある」

「そうだね」

「使う日が来るかどうかは、わからないけど」

「……来るかも」

「来てほしくはない状況で来るやつだから」

スタンプが押された。

賢さ・食用識別 達成

ハンバーグ

最終スタンプを押した時、班から歓声が上がった。

「全部!!」

「ハンバーグ!!」

「引換券!!」

「行こう!!」

浜辺の待機所の方へ、全員で走った。

匂いが来た。肉の匂い。ニンジンの甘い匂い。焼けた香ばしさ。浜辺の塩風を越えて、しっかり来た。

「強い」

最強メンタル計画ちゃんが、思わず言った。

「強いねー」

引換券を渡すと、紙皿にのったハンバーグが来た。スペシャルニンジンハンバーグ。三週間、ずっと目指していたもの。

同室の親友は、隣に座ってから、さりげなく見た。

最強メンタル計画ちゃんの手元を。ポケットを。班のみんなが誰かに何かを渡していないか。

「……見てる?」

「見てない」

「ちょっと見てたでしょ」

「隠し味とか足さないか、ちょっとだけ確認してた」

「足さない」

「本当に?」

「今日は、そのまま、強い」

「……そう」

「足す必要、ない」

「じゃあ、食べよう」

食べた。

一口目で、班の子が「おいし——!」と声を上げた。二口目で、誰かが「これ、めちゃくちゃうまいね」と言った。

すやぁ、にはならなかった。

普通に、おいしかった。おいしくて、元気が出た。頑張って良かったという気持ちが、胃の方から上がってきた。

最強メンタル計画ちゃんも、普通に食べた。普通に、全部食べた。何も足さなかった。足す必要がなかった。

今日のこれは、完璧に公式のものだった。それで十分だった。

帰還

演習最終日の朝。

テントを畳む。スタンプ帳を提出する。非常用GPS携帯を返す。

担当トレーナーが受け取りながら言った。

「GPS、一回だけしっかり使えましたね」

「帰還塔の時に」

「あの時、一人で発信してくれた。助かりました」

同室の親友は、少しだけ目を伏せた。

「……あれは、それしかなかったので」

「それでも、ちゃんと動いたのがえらかった」

「えらい、じゃなくて正しかっただけです」

最強メンタル計画ちゃんが、隣で頷いた。

「正しかった」

「……うん」

小型船が来た。浜辺に乗り付けて、班ごとに乗り込んでいく。荷物を積む。最後に、紙地図を折りたたんでポケットにしまった。合流標のメモ。×印。帰還標、と書きかけたページ。島トレ券の半券。ハンバーグの引換印。

全部、持って帰る。

船が、島を離れた。

最強メンタル計画ちゃんは、船の縁に手を置いて、島が小さくなっていくのを見た。

「……帰ったら」

「うん」

「後輩ちゃんに、報告する」

「するね」

「たくさん」

「たくさんしよう」

島が、水平線の向こうに小さくなっていく。

合宿は、まだ続く。でも、今日だけは、ハンバーグの味がまだ残っていた。