2話・2日目、水色ドリンク事故
朝・仕込み
学園祭、二日目の朝だった。
最強メンタル計画ちゃんは、いつもより一時間早く目が覚めた。
カーテンのすき間から光が入っていた。まだ薄暗かった。天井を見て、三秒ほどしてから起き上がった。
隣のベッドでは赤ペン先生が寝ていた。
着替えて、ノートを持って、調理室へ向かった。
材料は昨日のうちに揃えてあった。
牛乳。バタフライピーのエキス(冷凍保存)。レモン果汁。砂糖。氷。
手順はノートに書いてあった。牛乳を冷やしておく。バタフライピーエキスを薄く溶かして水色を出す。砂糖を溶かして甘さを調整する。最後にレモン果汁を少量、層を壊さないようにゆっくり注ぐ。
グラデーションになるはずだった。上が青、下が白。レモンの酸が当たった部分だけ、青から紫に変わる。
実際にやってみると、ちゃんとなった。
グラスの中で、水色と白がゆっくり混ざりながら、端の方だけ少し紫がかっていた。
「……きれい」
口からこぼれた。思っていたよりずっときれいだった。
赤ペン先生が来たのは、それから十五分後だった。
調理室の入口で最強メンタル計画ちゃんを見つけると、少しだけ目を細めた。
「一人でやってた」
「来てくれると思ってなかった」
「見せてね最初に、って言ったでしょ」
最強メンタル計画ちゃんがグラスを差し出した。
水色のグラデーションを、赤ペン先生がしばらく見た。
「……きれいね」
「きれい」
「飲んでいい?」
「確認して」
赤ペン先生が一口飲んだ。
しばらく、黙っていた。
「……美味しい。まろやかで、最後に少し爽やかになる」
「レモン」
「うん。で、なんか」
少し間があった。
「……なんか?」
「なんか、背すじが伸びる感じがする」
「……牛乳だから」
「牛乳で背すじが伸びるの?」
「気持ちが伸びる。成長できる気がする。飲んだ瞬間」
赤ペン先生がもう一度グラスを見た。
グラスの中で、青がゆっくり揺れていた。きれいだった。きれいなだけのはずだった。背すじのあたりに残っている何かは、たぶん気のせいだった。気のせいだと思うことにした。目の前に、作った本人がいた。だから、耐えられた。
「……飲んでいいと思う。配ってみよう」
最強メンタル計画ちゃんが「うん」と言った。
開店・最初のお客さん
メイド喫茶の開店と同時に、水色ドリンクが登場した。
ボードに手書きで「本日限定・水色グラデーションドリンク」と書いた。
最初のお客さんが「これください」と言った。同学年らしかった。
最強メンタル計画ちゃんが丁寧に注いで、持っていった。
「わあ、きれい!」
「ありがとうございます」
「なんで水色なの?」
「バタフライピーっていうお花のエキスで。牛乳ベースです」
「へえ!」
お客さんが一口飲んだ。
「……なんか、背が伸びた気がする」
「伸びてません」
「まだ測ってないじゃん」
「見た感じは伸びてません」
「でも、伸びた気持ちはある」
「……気持ちは否定しません」
「じゃあいいや! 美味しい!」
お客さんが満足そうに飲み続けた。最強メンタル計画ちゃんは次の注文を取りに向かった。
二番目のお客さんが「なんか明日も頑張れそう」と言いながら飲んでいた。
三番目のお客さんが「背すじが……伸びる……」と言ったあと、静かに机に突っ伏した。笑顔だった。
四番目のお客さんが来て「どうしてこの子ら倒れてるんですか? じゃあ私も飲んでみます」と言って、飲んで、倒れた。
「……」
最強メンタル計画ちゃんが、空になったグラスと倒れているお客さんを交互に見た。
「なんで身長ドリンクで倒れてるの」
赤ペン先生が小さい声で言った。
「身長は関係ない。成長感が出た」
「成長感!?」
「背すじが伸びる。明日ちょっと伸びそうな気がする。小さいとか大きいとか、どうでもよくなる」
「……それ、どうでもよくなる方向に倒れてるの?」
「……たぶん」
「なんで水色のドリンクを飲んだら成長感が出て倒れるの」
「……水色だから」
「それが原因!?」
「あと、やわらかい」
「やわらかい」
「……似た、と思う」
「何に」
「……わからない」
赤ペン先生がため息をついた。
クラスメイトが「どうしよう」と言った。別のクラスメイトが「笑顔だから大丈夫だよ、たぶん」と言った。
テーブルにもたれかかりながら幸せそうな顔をしているお客さんを、みんなで見た。
連鎖
ここからが、学園祭だった。
五番目のお客さんは、倒れている四人を見てから入ってきた。
「……あの、この席の人たち」
「お休み中です」とクラスメイトが言った。間違ってはいなかった。
「笑顔ですけど」
「笑顔でお休み中です」
「……それ、例のドリンクですか」
「本日限定の水色グラデーションドリンクです」
「一つください」
「えっ、飲むんですか?!」
「だって、みんなすごく幸せそうなので」
飲んだ。「わ、きれい」「美味しい」「……あ、これ、背すじが」。倒れた。笑顔だった。
六番目と七番目は、二人組だった。「せーので飲もう」「せーの」。二人同時に倒れた。机を挟んで、向かい合って、同じ角度で突っ伏した。仲が良かった。
八番目は、最初から覚悟を決めて来た。「倒れてもいいように、荷物は友達に預けてきました」。準備のいい客だった。準備どおりになった。
その頃には、廊下に噂が回っていた。
学園祭の噂は速い。普段の三倍は速い。みんな廊下にいて、みんな何か面白いことを探しているからだった。
「メイド喫茶に、飲むと幸せになって倒れるドリンクがあるらしい」
「何それ」
「飲んだ子がみんな笑顔で寝てるって」
「こわ」
「でも美味しいって」
「行ってみる?」
「行ってみよう。せっかくだから」
せっかくだから、が今日も仕事をした。
教室の前に、列ができ始めた。
列の先頭の子が言った。「あの、水色のドリンクください」
二番目の子が言った。「私もです」
三番目の子が言った。「倒れるって聞いたんですけど、本当ですか」
「……本当です」とクラスメイトが正直に答えた。
「やった。並びます」
「やった??」
「気絶したいんです。幸せに」
「気絶したい???」
「だって今日、学園祭ですよ。幸せに気絶できる日なんて、ほかにないじゃないですか」
列の後ろから「それはそう」「一理ある」「一理あっていいんだ?」という声がした。
クラスメイトの一人が、勢いで整理券を作り始めた。委員の子が「待って待って待って」と止めた。
「整理券はだめだよ」
「でも並んでるし」
「並んでるのが既におかしいの。倒れるドリンクだよ?」
「でもみんな幸せそうだし」
「幸せそうなのが一番おかしいの!」
教室の中では、席が埋まりつつあった。座って飲んで倒れる。倒れた人の隣の席に、次の人が座る。回転率という言葉の意味が、根本から壊れていた。
赤ペン先生が、提供中止を宣言しようと息を吸った。
そのとき、入口に、たづなさんが立っていた。
たづなさん
たづなさんは、一時間も経たないうちに来た。
いつも通りの足取りで、いつも通りの表情で、入口から教室を見回した。
テーブルに五人、床に一人、椅子に三人、向かい合わせに二人。全員、幸せそうな顔でいた。満席だった。物理的な意味で。
「……」
たづなさんが腰に下げた台帳を取り出した。ページをめくった。新しいページを開いた。
それから、まず廊下に出た。列に向かって、柔らかく、はっきり言った。
「みなさん、こちらのドリンクは本日の提供を終了しました」
「ええーー!!」
「終了しました」
「明日は出ますか?」
「出ません」
「明後日は」
「出ません」
「いつか」
「台帳に記録されます」
「台帳行きだ……」と列のどこかが言った。「台帳行きかあ……」と別のどこかが言った。残念がり方が、慣れていた。列は、ぱらぱらと、しかし素直に解散した。最後の一人が「飲めた人、いいなあ」と言って帰った。
たづなさんが教室に戻ってきた。
「こちらのドリンク、今日から提供禁止にします」
「はい」
「残っている分はお預かりします」
「はい」
「レシピも教えてください。記録します」
「はい」
最強メンタル計画ちゃんが一つ一つ答えた。赤ペン先生がドリンクの入ったピッチャーを持ってきた。
たづなさんが台帳にペンを走らせた。
「動機は?」
「身長が伸びた気がするドリンクを作ろうと思っていました」
「……身長」
「牛乳は身長に良い。水色は見た目がきれい。きれいなものを飲むと気分が上がって、気分が上がると成長に良い気がした」
たづなさんが少し書き止まった。
「身長変化は確認されていますか」
「……していません」
「そうですね」
台帳にまた書き足した。
「……見せてもらえますか」と赤ペン先生が横から聞いた。
たづなさんがページをそのまま向けた。
赤ペン先生が読んだ。少し、目を細めた。
「……身長変化なし、って書かれた」
「……伸びなかった」
「そこじゃない」
たづなさんが帰り際に入口のところで立ち止まった。
通路の向こうから、こちらへ向かってくる人影があった。
「ッ! これがあの水色ドリンクかッ! 学園祭の出し物を業務上の確認として一杯だけッ——」
「理事長」
「……たづな」
「こちら、本日から提供禁止です」
「しかしッ、確認は」
「必要ありません」
「だがッ、一口だけなら」
「必要ありません」
理事長がピッチャーを持ったたづなさんを見た。たづなさんが動かなかった。
「……たづなぁ……」
「反省文、三本目についての相談も必要でしたらいつでも」
「……参考程度に、色だけ見ても」
「理事長」
「……はい」
理事長が踵を返した。背中が少し残念そうだった。
たづなさんがそれを見送ってから、ピッチャーを持ち直した。
「……お預かりします」
最強メンタル計画ちゃんが「はい」と言った。
午後
ドリンクがなくなっても、メイド喫茶はつづいた。
倒れていたお客さんたちは、昼過ぎまでに順番に起きた。起きた子から順に、なぜか全員、満足そうにワッフルを注文して帰った。「目が覚めたら甘いものが食べたくなって」と言っていた。よく分からない需要が生まれていた。
ワッフルと紅茶を運んだ。マフィンを補充した。「かわいい」と言われて「えへへ……」が出た。「小さくてかわいい」と言われて止まった。
午後になって、別のクラスの子が廊下を通りながら声をかけてきた。
「ねえ、今日のドリンク、もう終わったって本当?」
「はい。本日分は終了しました」
「残念! 飲んだ子から聞いて来たんだけど……なんかすごくきれいで、美味しくて、背すじが伸びて幸せな気持ちになるって」
「……そう、みたいです」
「身長も伸びる?」
「伸びません」
「でも背すじは?」
「……気持ちは伸びます」
「それでいい! また出る?」
「……未定です」
「楽しみにしてる!」
声が明るかった。去っていった。
似たような子が、そのあと四人来た。四人とも「飲んだ子から聞いた」と言った。飲んだ子たちは「美味しくて幸せな気持ちになった」と言いふらしているらしかった。倒れた話は、なぜか省かれて伝わっていた。
最強メンタル計画ちゃんが赤ペン先生の方を見た。
「人気が出た」
「……没収されてるけどね」
「でも人気が出た」
「……でも、没収されてるよ」
「牛乳は身長に良かったと思う」
「身長は伸びてないよ」
「……でも気持ちは伸びた人がいる」
「……それは否定できない」
赤ペン先生がため息をついた。穏やかなため息だった。
夜
片付けが終わって、部屋に戻った。
赤ペン先生がベッドに腰掛けながら「明日はどのクラスを回る?」と聞いた。
「スライムブースを見たい」
「スライム?」
「企業が出してるらしい。市販のキットを使ったやつだけど、面白そう」
「協賛ブースか」
「うん。あと、歴史展示をやってるクラスがあるって」
「歴史展示?」
「学園祭の出し物の記録とか、昔の写真とか」
「ふーん」
少しの間があった。
「……封印物の展示もある、って聞いた」
赤ペン先生がゆっくり顔を上げた。
「封印物の」
「……らしい」
「誰から聞いたの」
「昼休みにクラスメイトが言ってた」
「それ、明日の今頃どうなるか分かる?」
「……分かる」
「分かってても行くの」
「……見たい」
赤ペン先生がもう一度ため息をついた。今日何回目か分からないため息だった。
「一緒に行くよ」
「うん」
窓の外では、学園祭の灯りがまだついていた。
トレセン学園スレ
【学園祭2日目】水色ドリンクで満席(物理)になった件【気絶したいって並ぶな】
レス 1〜50
メイド喫茶の水色ドリンクで何人か倒れた
倒れたの?
倒れた
でも全員笑顔
笑顔で倒れたの?
幸せそうな顔で机に突っ伏してた
何があった
水色のグラデーションドリンクがあって
牛乳ベースで、バタフライピーっていうお花のエキスで色を出してて、レモンが少し入ってて
見た目がきれいで、飲んでみたらすごく美味しかったんだけど
それで?
飲んだら背すじが伸びる感じがして
背すじ?
なんか、明日ちょっと成長できそうな気がして
小さいとか大きいとか、どうでもよくなる感じで
それで倒れたの?
そのまま幸せになって倒れた
倒れるまでいくの
ここからが本番なんだけど
まだあるの
倒れてる人を見たお客さんが「みんな幸せそうなので」って注文し始めた
なんで!!
二人組が「せーの」で同時に倒れたらしい
息ぴったりか
荷物を友達に預けて倒れる準備をしてから来た子もいた
計画的気絶
で、廊下に列ができた
並んだの!?倒れるドリンクに!?
「気絶したいんです。幸せに」って言った子がいるらしい
やめろ
「学園祭ですよ。幸せに気絶できる日なんてほかにない」
一理あるのが一番だめ
整理券を作りかけた子がいて委員に止められたらしい
運営が有能な方向に間違えるな
最終的に満席になった。物理で
物理満席
回転率の概念が死んだ
起きた子が全員ワッフル頼んで帰ったのも追記しておく
目覚めの甘味
新しい需要を作るな
最強メンタルちゃんは何を思ってそのドリンクを作ったの
「身長が伸びた気がするドリンクを作ろうと思っていました」
身長!!
昨日「小さくてかわいい」ってお客さんに言われたから、牛乳ベースで作ったらしい
昨日の伏線回収するな
牛乳は身長に良い。水色はきれい。きれいなものを飲むと気分が上がって、成長に良い気がした、って
論理は……そういうこともある気がしてくる
身長は伸びなかった
たづなさんの台帳に「身長変化なし」って記録されてた
台帳に書かれた!!
ちなみに「何に似たのか」は本人にも分からないらしい
分からないの?
「……水色だから」「あと、やわらかい」「似たと思う」「何に」「わからない」
本人に分からないなら誰にも防げないじゃん
レス 51〜100
そこを考察するのやめろ
たづなさんは列も解散させてた
「いつか飲めますか」「台帳に記録されます」
返事が完璧
理事長は?
「業務上の確認として一杯だけ」って来てピッチャーごとブロックされた
また業務上の確認
「参考程度に色だけ見ても」って粘ったらしい
色だけwwww
反省文三本目の相談を予約された
三本目の予約
でもそのドリンク、「飲みたかった」って声がめちゃくちゃ広まってる
没収されてから人気が出るの?
飲んだ子が「美味しくて幸せな気持ちになった」って言いふらしてるから
倒れた情報は抜いて伝えてる
抜いてるのか!!
「美味しくて幸せな気持ちになった」は本当のことではある
そうではあるけど
最強メンタルちゃんは「人気が出た」って思ってるらしい
没収されてるのに
没収されてからの方が人気が出てるから、ある意味間違ってない
赤ペン先生は?
朝、確認で最初に一口飲んでる
飲んで大丈夫だったの?
「だいぶ耐えた」って言ってたって
耐えたんかい
「目の前にいたから耐えた」って
友情で耐えた
そういう話ではないと思うけど
明日は封印物の歴史展示があるらしい
歴史展示!?
最強メンタルちゃんが「見たい」って言ってたって
本人が見に行くの!?
赤ペン先生が一緒に行くって言ってたから大丈夫だと思う
大丈夫と言い切れないのが最強メンタル計画シリーズ
まあ明日を待とう
今日も楽しかった。主に列が
列を楽しむな
企業板
【速報】学園祭限定メニューが概念ドリンク化してる件【ミルクベース・水色・スピカ特効】
レス 1〜50
速報
なに
トレセン学園の学園祭メイド喫茶で、スピカ特効ドリンクが出た
は?
ミルクベース。バタフライピーで水色を出してる。レモンでグラデーション
材料は普通
普通
でも飲んだ人がスピカ概念を発生させて意識を手放した
それ事故じゃないか
みんな笑顔だったらしい
笑顔の事故
しかも行列ができたらしい
事故に行列?
「幸せに気絶したい」という需要が顕在化した
需要として書くな
顕在化したものは仕方ない
マーケの人間が目を輝かせるからやめろ
作った子は誰
……最強メンタル計画ちゃんだよ
やっぱりそうか
動機は「身長が伸びた気がするドリンクを作りたかった」
身長
牛乳は身長に良い。水色はきれい。爽やかで見た目も良い
本人の中ではそれだけ
スピカのイメージカラーとの一致は?
本人は「色が似てるだけ」って認識だったらしい
スピカ概念は入れてないって
それで実際の効果は
背すじが伸びる感じ
明日ちょっと成長できそうな気がする
小さいとか大きいとかどうでもよくなる
そのまま幸せに意識を手放す
……それ
うん
「身長が伸びた気がするドリンク」のつもりが、成長応援型スピカ概念飲料になってた
本人は身長のことしか考えてない
それが怖い
たづなさんが回収したらしい。封印台帳に記録
レシピは記録されてる?
たづなさんが記録した
再現性の研究ができる可能性がある
するなよ
分かってる。するなよ
でも記録があるって事実が
するなよ
……しない
明日も学園祭続くよ
うちの協賛ブース、明日もあるんだが
スライム体験の担当か。がんばれ
何も起きないことを祈る
フラグを立てるな
待つ