無人島・合流標

三日目の午前

無人島演習、三日目。

今日の最大の問題が、朝のうちに判明した。

「……どっち?」

林と浜辺の合流点に立って、班長が地図を裏返したり表に戻したりしている。

「こっちが北?」

「北、あっち」

「じゃあここは」

「ここはたぶん……」

「"たぶん"を禁止したのは私だったっけ」

同室の親友が、静かに言った。

「違います」

「私が言ってるんじゃなくて」

「あっ、私が言ってました」

班長が地図を下ろした。合流点が、似ている。林のコース出口と、浜辺のコース合流地点が、実際に歩くと見分けがつかない。コースの色テープも、日差しでいくつか色が薄くなっていた。

「昨日も、ここで一回ロスしたよね」

「してない、と思いたい」

「してたよ」

「……してた」

最強メンタル計画ちゃんは、地図を受け取って、しばらく見ていた。

平面的だ。実際の地形と、地図の線が、頭の中でうまく重ならない。

「……描ける」

「え?」

「地図。砂浜に」

同室の親友の目が、少し動いた。砂浜に地図。大きな図。体で見る地図。それは……危険物か?

最強メンタル計画ちゃんは、棒を一本拾って、浜辺の砂の上にしゃがんだ。

「見てて」


砂浜の地図

潮が引いた後の砂は、水分をほどよく含んで、線を引くのにちょうど良かった。

覚えているところから描いた。浜辺の輪郭。林の入り口。昨日走った坂道。スタンプ台のだいたいの位置。小さな×印。

「×、多い」

「多い方が、わかりやすい」

「たしかに」

班の子たちが後ろから覗き込む。

「わかりやすい!」

「昨日迷ったとこ、ここだったんだ」

「これ、消えちゃう?」

「消える前に写す」

最強メンタル計画ちゃんは、ノートから紙を一枚取り出した。鉛筆を使って、慎重に書き写す。矢印。合流点。距離の目安。

同室の親友は、その横でどちらとも言えない顔をしていた。

砂に地図を描くのは……普通だ。それを紙に写すのも……普通だ。危険物を作っているというより、ただ真面目に道を確認しているだけに見える。

何も悪くない。なんとなく落ち着かない。

「どした?」

班の子に聞かれて、同室の親友は首を横に振った。

「なんでもない。ちゃんと見ておこうと思って」

「今日は普通に役立ってるよ?」

「うん。そうなんだけど」

「なんで複雑な顔してるの」

「……なんでだろうね」


合流標

紙地図を手に、班は林と浜辺の合流地点へ向かった。実際に歩いてみると、やはり分かりにくかった。木の向きが似ている。足元の感触が似ている。コースの色テープが、あるべき場所にない。

十分後、班の子が一人、別の道に入ってしまった。

「あれ、ここ違う」

「違う。戻って」

「どっちが戻り?」

最強メンタル計画ちゃんは、周りを見回した。目印になるものが、ない。あるとしたら——倒れている流木が一本。低い。砂に半分埋まっている。でも、遠くから見えるくらいの高さはある。

「……標、つける」

「標?」

「合流点の目印。布で」

演習キットの余り布を出す。班色の、青。流木の先端に、結ぶ。

それだけだった。布を木に結んだだけ。それだけなのに、遠くにいた班の子が振り返って言った。

「あ、見えた! 青い布、見えた!」

「見える」

最強メンタル計画ちゃんは、ちょっとだけ胸を張った。見える。ちゃんと見える。迷子が減る。

「これ、いいじゃん」

「いいね。シンプルだし」

「旗みたいで分かりやすい」

同室の親友も、布と流木を見た。低い。短い。班色。目印として、完全に機能している。

「まあ、これは普通にいいと思う」

「ん」

「地図も合ってるし。——ただ、増やしすぎないでね」

「必要な場所だけ」

「うん。必要な場所だけ」

「ん」

最強メンタル計画ちゃんは、紙地図に小さく印をつけた。合流標1。位置。番号。

同室の親友は、一回だけ深く息を吸った。必要な場所だけ。この子が「必要」と判断した時に本当に必要な場所だけとは限らない、という経験則が背中をかすめた。

でも今は、一つだ。一つは、普通だ。


二つ目、三つ目

午後。班は地図どおりに施設を回り始めた。根性施設でスタンプを押して、賢さ施設へ向かう途中、また迷子が一人出た。

「ここ、地図のどこ?」

「……ここ」

「遠いね、標から」

「見えない」

最強メンタル計画ちゃんは、周囲を確認した。丘を下りたところ。浜辺に出る前の分岐。標の見えない場所。紙地図を広げて、印のない合流点を探す。

「……ここも、必要かも」

同室の親友は、棒で地面を一回叩いた。

「必要かどうか、私に聞いてから」

「聞いてる。今聞いてる」

「……いま聞いてるのはそういう意味じゃなくて」

「ここ、迷子になった。標があれば減る。必要」

同室の親友は、その反論の論理に何も言えなかった。

正しい。正しいのが、なんとも言えない。

「……一枚だけ。地図に先に書いて、それから」

「書いた」

もう書いてあった。

合流標 2

「……早い」

「迷子が、また出る前に」

「急がなくていいから」

「急いでない。迷子が出てる」

布を結んだ。二つ目。低い杭。遠くから見えるくらい。班の子が「あった!」と声を上げた。

その二時間後、もう一か所で迷子が出た。

合流標 3

「三つ目」

「……うん」

「班の子が迷わなくなってきた」

「……うん」

「よかった」

「……うん」

同室の親友の返事が、少しずつ短くなっていた。何か言おうとするたびに、正当な理由が目の前にある。布は一枚ずつ。低い位置。地図に先に書いている。迷子が実際に減っている。

何も悪くないことが、なんだかとても気になる。

貝殻

夕方が近づいてきた頃、班が最初の合流点へ戻ってきた。標は、ちゃんとそこにある。青い布が、夕方の風にゆれている。

「見える」

「見えるね」

「帰れる」

「帰れる、ね」

班の子が、足元で光るものを拾った。

「これ、置いとく?」

「何が?」

「貝殻。標の根元に置いたら、ちょっと光って見えやすいかも」

最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこ、と動いた。

「……ちょっとだけ」

同室の親友の目が、動いた。

「ちょっとだけ?」

「……貝殻を、ちょっとだけ」

「何個?」

「二つか、三つ」

「何のために?

「標が、もう少し、見やすくなる」

「それだけ?」

「それだけ」

同室の親友は、貝殻を見た。白い、小さい、ただの貝殻だった。光る。見えやすくなる。それだけ。

「……まあ、二つか三つなら」

「ん!」

貝殻が、標の根元に並んだ。二つ。三つ。夕日が当たると、少しだけ光を返す。

同室の親友は、腕を組んだ。

布、三枚。低い位置。貝殻、三つ。地図に全部記録してある。迷子は実際に減った。

全部、正しい。全部、普通。全部、役に立っている。

だのに、なぜかずっと、背中の辺りがそわそわしていた。

夕方の布

演習一日の終わり。班は浜辺の待機所方向へ歩き出した。

最強メンタル計画ちゃんは、振り返った。林の方角に、青い布が三枚。夕方の光の中で、のんびりと揺れている。

「きれい」

「……きれいだね」

「地図どおりに並んでる」

「……そうだね」

「迷子、今日は少なかった」

「……少なかったね」

同室の親友の相槌が、全部少し遅れていた。

「どうした?」

「なんでもない」

「……何か、おかしかった?」

「おかしくない。全部、正しかった。——全部、正しかったんだよ」

「よかった」

「……うん」

同室の親友は、もう一度だけ布の列を見た。

夕日が低くなる。影が長くなる。三枚の布が、風に揺れる。

遠くから見ると、標の列が、少しだけ背が高く見えた。

何でもない。標だ。布だ。明日も、ちゃんと低い流木にくくりつけてある標だ。

「明日も確認しようね」

「確認する」

「数は、今日のまま」

「今日のまま」

「増やす前に、絶対に声かけて」

「声かける」

「約束」

「約束」

砂浜を歩きながら、同室の親友は、どうしてこんなに念を押しているのか自分でもよく分からなかった。

全部、正しかったのに。

三日目の夜は、静かに来た。