学園側・全部持ってきた相談
あと一週間
プチ学祭が終わって、学園は少しだけ静かになった。
合宿開始から、二週間。先輩たちは、まだ無人島。連絡再開まで、あと一週間。
「あと一週間……」
私は、机の上のノートを見た。最強引き継ぎ計画。先輩からもらった、大切なノート。
お化け屋敷のあと、出口は出る場所だと学んだ。休む場所、じゃない。それを胸に、次のページへ進む。
「次は、V5ですよね」
ページをめくる。V4のページ。嗅覚。ポプリ。たづなさんの机が、思い出される。あのときは、相談の仕方が、まだ足りなかった。
V5のページ。新しい。
V5! 触覚編! 休む時間の整え方メモ!
目が、輝いた。
作る前に相談
太字。赤いマーカー。先輩の字。
「相談……!」
今度こそ、ちゃんと。作る前に相談すれば、安全だ。先輩が、そう書いてくれたはずだ。ノートに、そう書いてある。
V5のページ
触覚編。V4の嗅覚から離れる。非食・非香・非音声。
テーマ:トレーニング後、身体を整えて一息つく。
具体物(仮):整え布
食べない。嗅がない。聞かない。
「先輩、全部避けてる……!」
口から出た。V4の反省が、ちゃんと形になっている。私も、活かしたい。
「作る前に相談、ですよね。企画メモも、材料も、試作メモも、参考資料も、報告文も——全部、見せればいい」
全部。それが、完璧な相談だ。
私は、立ち上がった。段ボール箱。去年の文化祭の残り。ちょうどよかった。
準備
放課後。机が、今日の作業場になった。
企画メモ … 触覚編、整え布(仮)、非食・非香・非音声、作る前に相談
材料 … 端切れ布、タオル地サンプル、綿、糸、クリップ
試作メモ(未満) … 触り心地3パターン、尻尾に触れない前提、同時使用しない
参考資料 … V4ページのコピー、たづなさんへの質問リスト
報告文(下書き) … 先輩、V5の相談に行きます。触覚編です。整え布(仮)です。作る前に相談しました。
「……完璧です」
段ボールに、詰め込む。重い。重いけど、心は軽い。
「たづなさん、お疲れ様です! 相談に行ってきます!」
全部持ってきた
「たづなさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です。……荷物、多いですね」
「相談に来ました! 座る前に、全部見せます!」
段ボール。バッグ。クリアファイル。束。机の上。机の横。床。
「……」
たづなさんの目が、一瞬だけ止まった。笑顔のまま。
「全部、ですか」
「全部です! 先輩が、作る前に相談って書いてくれたので! 企画メモと材料と試作メモと参考資料と報告文、全部持ってきました! 相談、完璧にしました!」
「完璧、ですね」
たづなさんは、静かに息を吸った。
「持ってきてくれたのは、偉いです。相談しようとしたのは、偉いです」
「本当ですか! すごい……!」
「——配布は、まだです。試作は、一個まで、今日は見ます。それ以外は、段ボールから、順番に。机、埋まりましたので」
「埋まってしまいました……」
たづなさんの机。本当に。端切れ布が、報告文に触れている。V4のコピーが、綿の上にある。質問リストが、タオル地サンプルを押さえている。
「すみません、机を……」
「大丈夫です。……整理します」
「手伝います!」
「座ってください」
「はい!」
座った。相談、できた。完璧に、できた。
相談できた
一時間後。試作メモをたづなさんが一つだけ読み終えた。
「触り心地は悪くないですよ。仮の段階としては、よくできていると思います」
「本当ですか!」
「ただ、いくつかお伝えしたいことがあります」
たづなさんは、試作メモをそっと置いた。笑顔は変わらなかった。
「名前と用途は、もう少し後で決めましょう。今の段階で固定してしまうと、使い方が限られてしまうことがありますから」
「は、はい」
「尻尾専用品にするかどうかも、まだ決めないでくださいね。尻尾は感情が出やすいので、使い方によっては思わぬ反応が出ることがあるんです」
「……はい」
「同時使用やケア会も、今は控えましょう。まず一人で使って確認することが大切ですよ」
「はい!」
「——でも」
たづなさんが、少し声を和らげた。
「作る前に来てくれたのは、正しいです。前回より、確認の順番は良くなっています」
「……!」
「ただし、全部を一度に机へ出す必要はありません」
胸が、ぽかぽかした。相談できた。配布はまだ。でも、認めてもらえた。それだけで、前進だと思った。
「先輩が帰ってきたら、報告します!」
「V5、完成は?」
「完成はしていません! 相談だけしました!」
「それが正しい順番ですよ」
「正しい順番ですね……!」
段ボールは、半分まだ床にある。机は、埋まったまま。たづなさんは笑顔だった。目が、少しだけ疲れているようにも見えた。気のせいかもしれない。たぶん。
私は、ノートを抱きしめた。
作る前に相談
守った。
完成はしていない。
配布もしていない。
試作は、一個まで。
たづなさんの机の上には、まだ端切れ布と質問リストが残っていた。
段ボールの中身は、半分も減っていなかった。
相談は、できた。
机は、足りなかった。