小さいの一言
学園祭のあと
学園祭が終わって、三日が経った。
片づけも終わった。展示も撤収した。模擬店の机は元の教室に戻り、装飾に使った紙は資材室にまとめられた。廊下はいつもの廊下に戻り、校舎はいつもの校舎になった。
最強メンタル計画ちゃんは、寮の部屋の窓際に座って、ノートを開いていた。
ページには、学園祭の記録が書いてある。来場者数。メイド服の評判。販売数。気づいたこと。改善点。次への引き継ぎ事項。
ひととおり読んだ。
問題はなかった。むしろ良かった。来場者数は前回を上回った。メイド服の評判は上々だった。販売数も目標に届いた。後輩ちゃんのメモも丁寧だった。
ノートを閉じた。
窓の外を見る。空は青かった。
一言が、残っていた。
お客さんに言われた言葉だった。
悪意はなかった。むしろ好意だった。「小さくて可愛いですね」。そういう言葉だった。
可愛い、は分かった。ありがとうと思った。
でも、小さくて、が一緒についてきた。
その日は気にしなかった。翌日も、別に気にしなかった。三日経っても、なんとなく残っていた。
残っているのが、よくなかった。
最強メンタル計画としては、これが残るのはまずい。何を言われても受け入れられるメンタルを目指しているのに、一言が三日も残るのは、明らかに足りていない。
最強メンタル計画ちゃんは、ノートに書いた。
課題:小さいと言われたとき、引きずらない
ひとつ書いた。そのページを見た。
引きずらないためにはどうするか。
言われた言葉をそのまま受け入れられれば、引きずらない。受け入れるには、最強のメンタルが必要。最強のメンタルを作るのが最強メンタル計画。だから、作れる。
論理は合っていた。方法だけが、まだだった。
赤ペン先生、出かける
午後、赤ペン先生がトレーニングに出かけた。
「行ってくる」
「ん」
「夜には帰る」
「ん」
「何かあったら連絡して」
「ん」
扉が閉まった。部屋が静かになった。
最強メンタル計画ちゃんは、机の引き出しを開けた。
なんちゃって化学セットが入っていた。以前、身長促進ミルクを作ろうとして失敗したときのものだ。ビーカー、スポイト、小瓶、安全ゴーグル。全部まだある。
それから、ノートを開いた。過去のメモを確認する。背すじ応援ミルク。メンタル強化のための栄養メモ。飲んでよかったもの、よくなかったもの。いくつかの走り書き。
少し考えた。
それから、机に材料を並べた。
牛乳を持ってきた。はちみつも持ってきた。ノートの「メンタル強化メモ」のページを開いて、机の端に立てた。
材料は全部、飲んでいいものだ。食べていいものだ。変なものは一つも入れない。自分だけに使う。配布はしない。他の子には関係ない。だから大丈夫。
最強メンタル計画ちゃんは、ゆっくりと混ぜ始めた。
割合はノートのメモを参考にした。牛乳は多め。はちみつは少し。背すじ応援ミルクのメモにあった比率を参考に、メンタル強化メモの成分を少量加えた。少量、というのがどのくらいかは、少し、だった。
混ぜながら、ノートに書いた。
なんでも受け入れる薬
目的:小さいと言われても、大丈夫になる
何を言われても、受け入れる
配布なし。自分だけ。大丈夫。たぶん。
「たぶん」と書いて、少し止まった。
「たぶん」は弱い。でも消さなかった。正直に書いた方がいいと思った。
コップに、できたものを少しだけ注いだ。見た。牛乳色だった。はちみつの甘い匂いがした。
少し飲んだ。
甘かった。牛乳の味がした。はちみつの香りがした。
それだけだった、最初の数秒は。
それから、何かが、少し変わった気がした。
何が変わったのか、うまく言えなかった。重くなったわけではない。眠くなったわけでもない。ただ、さっきまで少し引っかかっていた何かが、するりと外れたような気がした。
小さい。
その言葉を、頭の中で繰り返してみた。
小さい。
……引っかからない。
もう一度。小さい。
引っかからなかった。受け入れられた。
最強メンタル計画ちゃんは、ノートに書いた。
完成
それから、コップに残りを注いで、全部飲んだ。
甘かった。
窓の外の空は、まだ青かった。赤ペン先生が帰ってくるまで、まだ時間がある。
最強メンタル計画ちゃんは、なんちゃって化学セットを少し端に寄せて、待つことにした。
今日はいい日だった。
たぶん。