合宿のしっぺ返しと、来る知らせ
数日後
筋肉痛が引いた。
正確には、だいたい引いた。完全ではない。でも、普通に歩けるくらいにはなった。
最強メンタル計画ちゃんは、朝のランニングを終えて、水筒の水を飲んだ。秋の風が少し涼しかった。合宿のあの暑さが、もうずいぶん遠い気がした。
「動けるようになったね」
赤ペン先生が隣に来た。
「動ける」
「ノートも書いてる?」
「書いてる」
「そう」
赤ペン先生が、少し笑った。呆れているような、でも安心しているような、その両方が混ざった笑い方だった。
夏の報告会
放課後、後輩ちゃんが部屋に来た。
「先輩、今日、報告会していいですか!」
「……いい」
最強メンタル計画ちゃんは机の椅子を後輩ちゃんの方に向けた。赤ペン先生が「私はここにいるね」と言いながら、ベッドの端に座った。
後輩ちゃんが深呼吸した。「では、報告します」
「……どうぞ」
「今年の夏、私がやったことを順番に話します。V5のこと、プチ学祭のこと、全部です」
「全部、聞く」
後輩ちゃんが話し始めた。
ふわさら尻尾ケアクロスを作ったこと。たづなさんに相談してから配布したこと。条件を全部守ったこと。一人目と二人目は大丈夫だったこと。三人目に頼まれてやってあげたら幸せそうに意識を手放したこと。「使うのは本人」という条件の意味を、そのとき初めてちゃんと理解したこと。
最強メンタル計画ちゃんは、静かに聞いていた。
「相談した」
「はい! ちゃんと相談しました!」
「えらい」
「ありがとうございます……!!」
「でも、違う種類の事故が起きた」
「はい。頼まれてやってあげたら、すやぁになりました」
「なるほど」
最強メンタル計画ちゃんは少し考えた。「……『使うのは本人』の意味を、その場で学んだ」
「はい! 尻尾は感情が出やすいって、たづなさんが教えてくれました」
「それは、知らなかった」
「私も、そのとき初めて分かりました」
最強メンタル計画ちゃんがノートを開いた。何かを書き始めた。
赤ペン先生が「そこはメモしていいけど、今後に使う発想には変換しないでね」と言った。
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
赤ペン先生の目が少し細くなった。「たぶん、は聞いてない」
「分かってる」
「よし」
後輩ちゃんが「先輩が学んでる……!」と言った。赤ペン先生が「人の失敗から学ぶのは良いことだよ。応用するのはまた別の話」と返した。
最強メンタル計画ちゃんは、ノートのページを見た。
後輩ちゃんが相談した。条件を守った。それでも事故が起きた。それで、条件の意味を理解した。
順番が、ちゃんとあった。
「……プチ学祭は?」
「はい! 続きを話します!」
後輩ちゃんが、お化け屋敷の話を始めた。クラスで企画したこと。アイデアを出したこと。たづなさんに呼ばれたこと。
「たづなさんに呼ばれたとき、最初は怒られると思いました」
「怒られなかった?」
「怒られませんでした! でも、確認がたくさんありました」
「どんな確認」
「お化け屋敷の演出に、先輩の過去の作品からヒントを得た部分があって、それがどこから来たものか確認されました」
赤ペン先生の手が止まった。「それは、どう答えたの?」
「正直に言いました! 掲示板で見た話からヒントを得たって」
「それで?」
「たづなさんが『内容を確認させてください』って言いました。確認してもらったら『この部分は問題ありません。ただし次回は事前に相談してください』って言われました」
「ちゃんと通った」
「はい! でも事前相談のルールができました」
最強メンタル計画ちゃんが「えらい」と言った。
「何がですか?」
「全部」
後輩ちゃんが少し照れた顔をした。「先輩にそう言ってもらえると、うれしいです」
朝礼
翌朝、全校朝礼があった。
体育館に全校生徒が集まった。秋らしい空気だった。窓から差し込む光が、夏より少しだけ斜めになっていた。
たづなさんがマイクの前に立った。
「今年の秋、地方トレセン学園との交流イベントを実施します」
静かだった。
「交換留学生として、地方の学生を一名、こちらで受け入れることになりました。期間は約三週間を予定しています」
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこ、と動いた。
地方。交流。来る。
「詳細は後日連絡します。受け入れにご協力をよろしくお願いします」
たづなさんが話し終えた。体育館がざわっとした。「地方ってどのへん?」「交流生、どんな子なんだろ」「うちの部屋に泊まることとかある?」
最強メンタル計画ちゃんは、前を向いたまま、少しだけ考えていた。
案内役
朝礼が終わって、外に出た。
後輩ちゃんが走ってきた。
「先輩! 聞きましたか!!」
「聞いた」
「地方から交流生が来るんですよ! すごくないですか!!」
「すごい」
「私、案内役やりたいです!」
最強メンタル計画ちゃんが後輩ちゃんを見た。後輩ちゃんが「だめですか?」と聞いた。
「だめじゃない」
「じゃあ、やります! 先輩のことも紹介できますし!」
赤ペン先生が手帳を取り出した。何かを書き始めた。
「何、書いてるの」と最強メンタル計画ちゃんが聞いた。
「メモ」
「何の」
「後輩ちゃんが案内役になったときにやることリスト」
「……準備が早い」
「後輩ちゃんが動き始めてから準備しても間に合わないから」
後輩ちゃんが「赤ペン先生、信頼されてない感じがします……!」と言った。赤ペン先生が「信頼してるから準備するんだよ」と返した。
三人が話していた、少し離れたところで、たづなさんが立っていた。
朝礼の資料を抱えて、どこかへ行こうとしていた。でも、後輩ちゃんの「案内役やりたいです」という声が聞こえたらしい。
たづなさんは一度足を止めた。
「……後輩ちゃんが、案内役、か」
小さく言った。誰にも聞こえないくらいの声だった。
それから、何かを確認するような顔をして、また歩き始めた。
トレセン学園スレ
【速報】地方から交流生が来るって【後輩ちゃんが即案内役立候補した】
[1]:名無しのウマ娘
今日の朝礼聞いた?
[2]:名無しのウマ娘
地方から交流生が来るやつ?
[3]:名無しのウマ娘
三週間
[4]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが朝礼終わってすぐ案内役立候補したって
[5]:名無しのウマ娘
早い!
[6]:名無しのウマ娘
朝礼終わって何秒後?
[7]:名無しのウマ娘
秒単位だったらしい
[8]:名無しのウマ娘
赤ペン先生がその場でメモ取り始めてたって
[9]:名無しのウマ娘
何のメモ?
[10]:名無しのウマ娘
「後輩ちゃんが案内役になったときにやることリスト」
[11]:名無しのウマ娘
リスト!?
[12]:名無しのウマ娘
「後輩ちゃんが動き始めてから準備しても間に合わない」って言ったらしい
[13]:名無しのウマ娘
夏を経て赤ペン先生の防衛意識が段違いになってる
[14]:名無しのウマ娘
成長の方向がそっちか
[15]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが案内役ということは先輩の活動を紹介する流れになるよな
[16]:名無しのウマ娘
「先輩のことも紹介できます!」って言ってたって
[17]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが選ぶとどうなる?
[18]:名無しのウマ娘
全部良いところになる
[19]:名無しのウマ娘
やめろ
[20]:名無しのウマ娘
良いところだけ書いた資料を赤ペン先生が削除して
それをたづなさんが確認して
それでも良いところが残ってる
[21]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんの選球眼が怖い
[22]:名無しのウマ娘
で、それを見た地方の子がどう反応するか
[23]:名無しのウマ娘
まあ普通に良い子が来るだけでしょ
[24]:名無しのウマ娘
良い子が来て最強メンタルちゃんの活動の良いところだけ見たら
[25]:名無しのウマ娘
やめろ
[26]:名無しのウマ娘
たづなさんが確認するような顔をしてたって
[27]:名無しのウマ娘
たづなさんはいつも気づいてる
[28]:名無しのウマ娘
気づいてるから対策を立てる
[29]:名無しのウマ娘
頼もしすぎる
[30]:名無しのウマ娘
三週間か
[31]:名無しのウマ娘
三週間あれば最強メンタルちゃんは
[32]:名無しのウマ娘
やめろ
[33]:名無しのウマ娘
でも三週間で終わるとも限らないし
[34]:名無しのウマ娘
本当にやめろ