封印物の台帳と、再評価騒動前夜
台帳
たづなさんが台帳を開いたのは、夜の執務室だった。
封印物の一覧。金庫の番号。封印日。封入物の性質。管理条件。
一行ずつ確認していく。
旧V1。旧V2。旧V3。旧V4。旧V5。旧V6。旧V7。真V1から真V8。フィジカルV1からV8。
全部、そこにある。変化なし。
ペンを置いた。
「……異常なし」
小さく言って、台帳を閉じた。
窓の外は暗かった。交流生が来てから、十日が経っていた。
たづなさんは少し考えた。
交流生の子は、良い子だった。おとなしくて、よく観察していて、悪意が一切ない。最強メンタル計画ちゃんの活動に、本物の関心を持っている。
それが、少し心配だった。
悪意がある相手は止めやすい。でも、善意だけを持った子が「良いところ」を見つけてしまうのは——止め方が難しい。
台帳をもう一度、棚に戻した。
とりあえず、今日は異常なし。
三正面
十一日目。
赤ペン先生は、今日も三方向を見ていた。
一方向目:最強メンタル計画ちゃん。
ここ数日、ノートを開く時間が少し増えていた。書いているのか、読んでいるのか、考えているのか——遠目には分からない。でも、何かが頭の中で動いている気配はある。
二方向目:後輩ちゃん。
交流生と一緒にいる時間が長くなっていた。二人で話しているのをよく見かける。後輩ちゃんが何かを説明して、交流生が静かに聞いて、また後輩ちゃんが何かを言う。内容は聞こえないが、後輩ちゃんの顔が楽しそうだった。楽しそうなのが、少し心配だった。
三方向目:交流生。
この子自身は何も悪いことをしていない。ただ、見たものの良いところを言葉にする。それだけだ。でも、その言葉が他の二人に届くと、何かが動き始める。
三方向を同時に見るのは、なかなか疲れた。
それでも、今日のところはまだ大丈夫だった。
夜
その夜、部屋に戻ると、最強メンタル計画ちゃんがノートを閉じるところだった。
赤ペン先生が「何か書いてた?」と聞いた。
「……メモ」
「どんな」
「……いろいろ」
いろいろ、は少し範囲が広い。でも今日はそこまで聞かないでおこうと思った。
着替えて、ベッドに座った。今日の三正面分の疲れを少し感じながら、本を開こうとした。
「……相談していい?」
最強メンタル計画ちゃんの声だった。
赤ペン先生が本を置いた。「どうしたの」
「……交流生の、言ってること」
「うん」
「……気になってる」
赤ペン先生は少し待った。
「気になってるって、作りたいの?」
「……作るじゃなくて」
最強メンタル計画ちゃんが、少し間を置いた。
「……もう少し、考えたいだけ」
赤ペン先生は、その一言を聞いた。
作りたい、ではなく、考えたい。違いは小さいようで、大きかった。作りたいなら止める。考えたいなら——一緒に考えることができる。
「……それ、先に言って」と赤ペン先生が言った。
「……先に?」
「考え始めたら、教えて。私も一緒に考えるから」
最強メンタル計画ちゃんが、少し驚いたような顔をした。止められると思っていたのかもしれない。
「……一緒に考えてくれるの」
「考えるだけなら、いくらでも」
少し間があった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
赤ペン先生は本を開き直した。最強メンタル計画ちゃんもノートを開いた。
二人とも、しばらく黙って、それぞれのものを見ていた。
部屋は静かだった。
トレセン学園スレ
【交流】赤ペン先生が三正面になってる件【最強メンタルちゃんが自分から相談してきた】
[1]:名無しのウマ娘
交流生が来てから赤ペン先生が三正面になってるって
[2]:名無しのウマ娘
三正面って
[3]:名無しのウマ娘
交流生が良いところを見つける→後輩ちゃんが全肯定する→最強メンタルちゃんが静かに聞いてる
この三方向を同時に見てる
[4]:名無しのウマ娘
それを毎日やってるの?
[5]:名無しのウマ娘
毎日
[6]:名無しのウマ娘
赤ペン先生がよく持ってる
[7]:名無しのウマ娘
レースで培った精神力がここで活きてる
[8]:名無しのウマ娘
納得の進路
[9]:名無しのウマ娘
最強メンタルちゃんのノート開く時間が増えてるらしい
[10]:名無しのウマ娘
何を書いてるんだろ
[11]:名無しのウマ娘
赤ペン先生が聞いたら「いろいろ」って
[12]:名無しのウマ娘
いろいろ……
[13]:名無しのウマ娘
怖い「いろいろ」か普通の「いろいろ」か
[14]:名無しのウマ娘
赤ペン先生もまだ分からないって
[15]:名無しのウマ娘
赤ペン先生が分からないやつが一番怖い
[16]:名無しのウマ娘
でも夜に最強メンタルちゃんが自分から「相談していい?」って言ってきたらしい
[17]:名無しのウマ娘
自分から!!!!
[18]:名無しのウマ娘
えらすぎる
[19]:名無しのウマ娘
何を相談したの
[20]:名無しのウマ娘
「交流生の言ってること気になってる。作りたいんじゃなくて、もう少し考えたいだけ」って
[21]:名無しのウマ娘
作りたいんじゃなくて考えたい
[22]:名無しのウマ娘
その区別ができてる!!
[23]:名無しのウマ娘
成長してる
[24]:名無しのウマ娘
赤ペン先生はなんて言ったの
[25]:名無しのウマ娘
「考え始めたら教えて、一緒に考えるから」
[26]:名無しのウマ娘
止めなかった
[27]:名無しのウマ娘
考えるだけなら一緒に考える
[28]:名無しのウマ娘
それが赤ペン先生
[29]:名無しのウマ娘
最強メンタルちゃんが「ありがとう」って言ったって
[30]:名無しのウマ娘
言えた!!
[31]:名無しのウマ娘
この二人の関係が好き
[32]:名無しのウマ娘
たづなさんが台帳確認してたって
[33]:名無しのウマ娘
「異常なし」だったって
[34]:名無しのウマ娘
今日は異常なし
[35]:名無しのウマ娘
「今日は」がついてる
[36]:名無しのウマ娘
ついてるね
[37]:名無しのウマ娘
三週間の半分過ぎたよ
[38]:名無しのウマ娘
後半がある
[39]:名無しのウマ娘
やめろ
[40]:名無しのウマ娘
でも今日は良い日だった
[41]:名無しのウマ娘
良い日だった