交流生、来る

到着

交流生が来た日は、晴れていた。

後輩ちゃんは朝から落ち着かなかった。朝食を食べながら「今日ですよ!」と言い、練習中も「今日ですよ!」と言い、練習が終わったら「もうすぐですよ!」と言った。

「分かってる」と赤ペン先生が言った。

「先輩、ちゃんと来れますよね?」

「来る」と最強メンタル計画ちゃんが言った。

玄関ホールで待った。たづなさんがすでに来ていた。正面の扉が開いたのは、約束の時間の少し後だった。

入ってきたのは、小柄な子だった。

荷物を抱えて、一度扉の前で立ち止まった。ホールを見回して、たづなさんを見つけて、少し会釈した。それから後輩ちゃんを見て、また会釈した。

「ようこそ。長い道のりでしたね、お疲れ様です」とたづなさんが言った。

「……ありがとうございます」と交流生が言った。

声は小さかった。でもちゃんと聞こえた。


案内

たづなさんから簡単な説明があって、後輩ちゃんに案内が引き継がれた。

「よろしくお願いします! 後輩ちゃんといいます。三週間、何でも聞いてください!」

「……よろしくお願いします」

「食堂はこっちです! トレーニング施設はこっちです! 寮はこっちです!」

後輩ちゃんが元気よく歩く。交流生がその半歩後ろを、静かについていく。

廊下を歩きながら、交流生はときどき立ち止まった。掲示板を見たり、窓の外のグラウンドを見たり。後輩ちゃんが「気になるところがありましたか?」と聞くと、「……いえ」と言って、また歩き始めた。

赤ペン先生が後輩ちゃんの隣に並んだ。「ゆっくりでいいよ」と小声で言った。後輩ちゃんが「あ、はい!」と言って、少しペースを落とした。

最強メンタル計画ちゃんは、少し後ろを歩いていた。

交流生が立ち止まった場所を、なんとなく見ていた。


資料

一通り案内が終わって、後輩ちゃんが「これを渡したいんですが」と言いながらクリアファイルを取り出した。

「先輩の活動紹介の資料です! この三週間、一緒にいる予定なので、先輩のことを知ってもらえたら嬉しくて」

交流生がクリアファイルを受け取った。表紙を見た。それからゆっくりページをめくり始めた。

後輩ちゃんが「いくつか説明しましょうか?」と言った。

「……少し、読ませてもらえますか」

「もちろんです!」

交流生がページをめくる。後輩ちゃんは隣で少しそわそわしながら見ている。赤ペン先生は少し離れたところに立って、交流生の表情を見ていた。

最強メンタル計画ちゃんも、見ていた。

どのページで、どんな顔をするか。

交流生がある一枚で手を止めた。

しばらく、そのページを見ていた。

「あの……」

「はい!」と後輩ちゃんがすぐ返した。

「ここ……」

交流生が、指でそっとページの一か所を示した。

VRライブのページだった。後輩ちゃんが書いた一文。「入学前の私が、このVRライブに救われました。前を向くきっかけになりました」。

「ここ、いいなって思って……」

後輩ちゃんが「そこ、先輩がV2を作ったときの話です! 実は私のことで、入学する前に先輩のVRライブに救われたんです!」と言った。

赤ペン先生が心の中で思った。*その話、内容的には一番ギリギリのやつなんだけど。でも良いところだけ見えてるのは……本当だ。*

交流生がもう一度、その一文を見た。

「……助かった人が、いるんですね」


初めての会話

後で、最強メンタル計画ちゃんが交流生に話しかけた。

廊下で、後輩ちゃんがたづなさんに呼ばれてその場を離れた隙だった。赤ペン先生は少し距離を置いて立っていた。

「……どのへんが、いいなって思ったんですか」

交流生が顔を上げた。少し驚いたような顔をした。それから、考えた。

「……助かった人の顔が、浮かんで」

最強メンタル計画ちゃんが、少し黙った。

「浮かんだ?」

「はい。その資料を読んでいたら、助かった人がどんな気持ちだったか、少し想像できた気がして……」

また少し間があった。

「……そういうふうに、読んでくれたんですね」

「……読んでいいんでしょうか」

「いい」と最強メンタル計画ちゃんが言った。「読んでほしくて、作ったから」

交流生が小さく「ありがとうございます」と言った。


知っていた

後輩ちゃんが戻ってきた。

「先輩のこと、来る前から知ってたんですか?」と聞いた。

交流生が少し考えた。

「……掲示板で。うちのトレセンでも、安全版を使ってたので」

「え、どれを?!」

「……VRのと、フィジカルのランニング支援の方を。先生が許可してくれて」

後輩ちゃんが「それ、先輩が作ったものが地方まで届いてるってことですよね!! すごいです!!」と言った。

赤ペン先生が*安全版が地方まで届いてる……それは良いことのはずなんだけど*と思った。思いながら、後輩ちゃんの方を見た。後輩ちゃんが全肯定で喜んでいる。最強メンタル計画ちゃんが静かに聞いている。交流生が資料を手に持ったまま立っている。

「……役に立ってたなら、よかった」と最強メンタル計画ちゃんが言った。

「役に立ちました」と交流生が言った。「ランニングが、少し楽しくなりました」

最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴこ、と動いた。

「楽しくなった?」

「……はい。走りながら景色が変わるのが、面白くて」

「……そう」

最強メンタル計画ちゃんが、少し考えるような顔をした。

赤ペン先生がその顔を見た。ペンは出さなかった。でも、頭の中で付箋を一枚貼った。


トレセン学園スレ

【交流】来た【地方トレセン・三週間】

[1]:名無しのウマ娘

交流生来た

[2]:名無しのウマ娘

どんな子だった

[3]:名無しのウマ娘

おとなしい子。静かによく見てた

[4]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんが案内役してたって

[5]:名無しのウマ娘

ペース落としながらちゃんとやってたって

[6]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんちゃんとペース合わせてたの?

[7]:名無しのウマ娘

赤ペン先生に言われてすぐ落としたって

[8]:名無しのウマ娘

成長してる

[9]:名無しのウマ娘

資料を渡したらV2のページで手が止まったらしい

[10]:名無しのウマ娘

V2。あれを見てどう反応したの

[11]:名無しのウマ娘

「助かった人が、いるんですね」って言ったって

[12]:名無しのウマ娘

その読み方

[13]:名無しのウマ娘

危険な部分じゃなくて助かった人の話をしてる

[14]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんが書いた文章をそう読んだのか

[15]:名無しのウマ娘

ちなみに来る前から掲示板で知ってたって話になったらしい

[16]:名無しのウマ娘

掲示板で知ってた!?

[17]:名無しのウマ娘

地方のトレセンで安全版を使ってたって。VRとランニング支援

[18]:名無しのウマ娘

安全版が地方まで届いてた

[19]:名無しのウマ娘

それを後輩ちゃんが「すごいです!!」って喜んで

赤ペン先生が「……それは良いことのはずなんだけど」って顔してたって

[20]:名無しのウマ娘

「はずなんだけど」がついてる

[21]:名無しのウマ娘

赤ペン先生の「はずなんだけど」は危険信号

[22]:名無しのウマ娘

安全版が届いてる→掲示板で他の活動も知ってる→来る前から関心がある

この子、来る前からかなり情報持ってるな

[23]:名無しのウマ娘

そういうことか

[24]:名無しのウマ娘

で、最強メンタルちゃんはどうだった

[25]:名無しのウマ娘

「ランニングが楽しくなりました」って言われて耳がぴこってしたって

[26]:名無しのウマ娘

嬉しかったんだろうな

[27]:名無しのウマ娘

「楽しくなった?」って珍しく聞き返したって

[28]:名無しのウマ娘

普段「ん」で終わるのに

[29]:名無しのウマ娘

純粋に嬉しかったんだよ

[30]:名無しのウマ娘

赤ペン先生がペンを出さずに頭の中で何かを記録したらしい

[31]:名無しのウマ娘

内部付箋

[32]:名無しのウマ娘

赤ペン先生の内部付箋は外れない

[33]:名無しのウマ娘

まだ初日だよ

[34]:名無しのウマ娘

まだ初日なのにこれだけ情報量がある

[35]:名無しのウマ娘

三週間あるな

[36]:名無しのウマ娘

ある