もったいない、気がします

数日が経つ

交流生が来て、四日が経った。

毎朝、後輩ちゃんが迎えに行く。一緒に食堂へ行き、一緒に練習する。午後はたづなさんの案内で授業に出たり、施設を見て回ったりした。

交流生はずっと静かだった。

でも、ゼロではなかった。

食堂で「これ、おいしいですね」とひとこと言った。グラウンドで「コースが広いですね」と言った。図書室で棚の前に立って、背表紙を一冊ずつ見ていた。後輩ちゃんが「何か探してますか?」と聞くと「……いえ、見てるだけです」と答えた。

後輩ちゃんは、交流生のペースに慣れてきていた。

聞けば答えてくれる。聞かなければ黙っている。黙っていても、見ている。それが、この子の普通なのだと分かってきた。


話が増える

五日目の夜、寮の談話室で四人になった。

後輩ちゃんが先輩の活動について話し始めた。資料に載っていない話——単純に「こういうことがありました」という話だった。

「先輩って、毎回誰かのために作るんです。自分のためじゃなくて」

「……そうなんですか」と交流生が言った。

「はい! 最初は、大好きなスピカさんに少しでも近づきたくて始まったらしいんですけど、いつの間にかいろんな人のために作るようになって」

赤ペン先生が「スピカさんの話はそこまで」と言った。

「なんでですか?」

「先輩の耳が反応するから」

後輩ちゃんが最強メンタル計画ちゃんを見た。最強メンタル計画ちゃんの耳が、少しぴんと立っていた。

「……あ」

「うん。そこまで」

「はい! 先輩が大好きな方です! それだけです!」

最強メンタル計画ちゃんの耳が、ゆっくりと戻った。

交流生が、その様子をじっと見ていた。それから小さく「……分かります」と言った。

「分かりますか」と後輩ちゃんが言った。

「……うちのトレセンでも、スピカさんの配信があった日は、翌日の練習がなんとなく変わります。みんな少し……どこかに行ってる顔をしてるので」

「それです!! まさにそれです!!」と後輩ちゃんが言った。

最強メンタル計画ちゃんが、その「行ってる顔」という言葉を静かに咀嚼しているようだった。


封印物の話

六日目。

後輩ちゃんが「封印されているものの話をしてもいいですか?」とたづなさんに聞いた。

「内容の詳細は話さないこと、再現につながる話はしないこと、その二つを守れるなら構いません」

「分かりました!」

夜、また四人が集まった。

後輩ちゃんが、封印されているものについて話し始めた。何が封印されているかではなく、どうして封印されたかの話だった。

「全部、善意なんです。誰かを元気にしたい、助けたい、喜ばせたいって思って作ったのに、予想外のところで事故になって、たづなさんに金庫に入れられる」

「……たづなさんに」

「はい。理事長室の金庫に、何個も入ってます」

「……そんなに」

「そんなに。でも全部、最初は誰かのためでした。それだけは、本当のことです」

交流生が、少し考えた顔をした。

「……全部だめ、なんでしょうか」

「え?」と後輩ちゃんが言った。

封印されたものは、全部だめなものなんでしょうか。それとも……」

交流生が言葉を止めた。また少し考えた。

「……だめな部分と、良い部分が、両方あるんでしょうか」

「両方あると思います!」と後輩ちゃんが言った。「だから私も、良いところだけ資料に入れました!」

「良いところはある」と赤ペン先生が言った。「だから危険なところだけを封印してる。全部を捨てたわけじゃないよ」

交流生がうなずいた。「……もったいない、気がします」

誰も、すぐには返事をしなかった。

最強メンタル計画ちゃんは、手の中のカップを見ていた。


旧V5の話

七日目の午後。

四人でいるときに、旧V5の話になった。

きっかけは交流生だった。「掲示板で、匂いを使ったものがあると読んだんですが」と言った。

「旧V5ですね!」と後輩ちゃんが言った。「私が来る前のやつです。詳しくは聞いてますけど」

「内容は話せないよ」と赤ペン先生が言った。「封印されてるから」

「概要だけなら」と後輩ちゃんが言った。「スピカさんの香りを再現しようとして、逃げ場がなくて、密閉封印になったやつです」

「それが概要」

「概要です!」

交流生が少し黙った。

スピカさんの香りを再現した。それがどういう意味か、ウマ娘なら分かる。

「……これ、機械がいらないんですよね」

「そうだね。逃げ場がないから封印なの。でも、そこに気がついたのは正しいよ」と赤ペン先生が言った。

「……でも、うちのトレセンみたいに設備が少なくても、できる。それって……」

交流生が続けた。「……あと、みんなに、同時に届く。一人ずつじゃなくて」

「そうだね」と赤ペン先生が言った。「その通り。面白い見方だと思う」

「でしょう!」と後輩ちゃんが言った。

「うん。だから封印も難しいんだよね。良いところを見てくれる人がいるから」

交流生が「……もったいない、ですね」と言った。

「もったいないね」と赤ペン先生が言った。「そこは正直に言うと、私もそう思う」

少し静かになった。

最強メンタル計画ちゃんが「……みんなに、同時に」と小さく言った。

聞いていた三人がそれぞれ、ちょっとだけ最強メンタル計画ちゃんの方を見た。

最強メンタル計画ちゃんは、手の中のカップを見ていた。

「……もったいない、か」

そう言って、一口飲んだ。

それだけだった。

後輩ちゃんが「先輩……!」と言いかけた。赤ペン先生が「後で話そ」と小声で言った。後輩ちゃんが「……はい」と言った。

談話室はその後もしばらく、たわいない話が続いた。


トレセン学園スレ

【交流】交流生が「もったいない気がします」って言った件【旧V5に目をつけた】

[1]:名無しのウマ娘

交流生が「封印されてるもの、全部だめなんですか?」って聞いたらしい

[2]:名無しのウマ娘

その質問ができる子か

[3]:名無しのウマ娘

「もったいない気がします」って言ったって

[4]:名無しのウマ娘

もったいない

[5]:名無しのウマ娘

赤ペン先生が「良いところはある。だから危険なところだけを封印してる。全部捨てたわけじゃない」って言ったって

[6]:名無しのウマ娘

全否定しないのが赤ペン先生

[7]:名無しのウマ娘

しかも「もったいないね、私もそう思う」って本音も言ったらしい

[8]:名無しのウマ娘

赤ペン先生が本音を!

[9]:名無しのウマ娘

そういうとこが赤ペン先生

[10]:名無しのウマ娘

旧V5の話になったらしいんだけど

[11]:名無しのウマ娘

旧V5!!

[12]:名無しのウマ娘

交流生が「機械がいらない」「みんなに同時に届く」って言ったって

[13]:名無しのウマ娘

正しいんだよな

[14]:名無しのウマ娘

良いところを見てる

[15]:名無しのウマ娘

でも「みんなに届く」「機械がいらない」って最強メンタルちゃんに聞こえる場所で言うのは

[16]:名無しのウマ娘

やめてくれ

[17]:名無しのウマ娘

最強メンタルちゃんは「……みんなに、同時に」って繰り返してたって

[18]:名無しのウマ娘

繰り返してた

[19]:名無しのウマ娘

その後「もったいない、か」って言ったらしい

[20]:名無しのウマ娘

交流生と同じ言葉

[21]:名無しのウマ娘

来た場所が違う「もったいない」

[22]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんは?

[23]:名無しのウマ娘

「届けやすいってことですよね!」って言いそうになったところを赤ペン先生に止められたって

[24]:名無しのウマ娘

後輩ちゃん……

[25]:名無しのウマ娘

一瞬でも止まれたのは成長

[26]:名無しのウマ娘

一瞬だけど

[27]:名無しのウマ娘

その後はたわいない話に戻って平和に終わったって

[28]:名無しのウマ娘

平和に終わった!

[29]:名無しのウマ娘

でも「みんなに、同時に」は最強メンタルちゃんの中に残ってる

[30]:名無しのウマ娘

残ってる

[31]:名無しのウマ娘

まだ一週間ちょっとしか経ってないのに

[32]:名無しのウマ娘

まだ二週間近く残ってる

[33]:名無しのウマ娘

やめろ

[34]:名無しのウマ娘

でも今日は平和だった

[35]:名無しのウマ娘

今日は平和だった