6話・地方式と、あの頃の良いところ
交流生が来て、十四日目だった。
午後の練習が早めに終わった日だった。後輩ちゃんはたづなさんに呼ばれて、赤ペン先生は図書室で調べ物があると言って出ていった。
最強メンタル計画ちゃんと交流生が、中庭のベンチに残った。
残った、というのが正しかった。どちらかが誘ったわけではない。みんなが順番にいなくなって、最後に二人と、ベンチが残った。
秋の午後の日差しが、少しだけあたたかかった。遠くでグラウンドを走っているウマ娘の声がした。風が、ゆっくり通りすぎた。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
気まずくはなかった。交流生は黙っているのが普通の子で、最強メンタル計画ちゃんも、黙っているのは平気な方だった。沈黙を埋めなければいけない、と思う人が、二人ともいなかった。
風がもう一度通って、中庭の木が少し鳴った。
交流生が先に話した。
「……先輩のところ、設備が多いですね」
「そう?」
「……うちのトレセンと比べると、全然違います。練習機材も、部屋も、食堂も」
「地方は、少ないの?」
「……少ないです。でも、みんな工夫してます」
最強メンタル計画ちゃんが少し考えた。「工夫、って」
「……ある材料で、できることを考える、という感じです。ないものをどうにかしようとするより、あるものを組み合わせて使う」
しばらく、また静かになった。
最強メンタル計画ちゃんは、その言葉を頭の中に置いて、ゆっくり眺めていた。あるもので、考える。それは、ノートに書くときの自分と、似ているような、似ていないような。
考えている間、交流生は急かさなかった。視線をベンチの前の地面に落として、待っていた。この子は、人が考えている時間を、邪魔しない子だった。
交流生が、地面を見たまま言った。
「……なんか、先輩と似てるかなって思って」
最強メンタル計画ちゃんが交流生を見た。
「どのへんが」
「……発想が、先にある感じ。手元のもので、なんとかしようとするところ」
最強メンタル計画ちゃんは少し考えた。
発想が先。手元のものでなんとかしようとする。
半分は、合っている気がした。もう半分が、違う気がした。違う方の半分を、言葉にするのに少しかかった。
「……少し、違うかも」
「え?」
「私は……あるものより先に、思いつく方が先かも」
交流生が顔を上げた。少し考えるような顔をした。
「……どういう意味ですか」
「手元にあるものを見てから発想するんじゃなくて……発想してから、手元のものを探す。あるもので考えるんじゃなくて、考えてからあるものを使う」
交流生がしばらく黙っていた。
黙っている時間が、さっきより長かった。言葉を選んでいるというより、聞いたことを、ちゃんと自分の中に置こうとしている沈黙だった。
「……そっちの方が、怖いですね」
「怖い?」
「……発想が先にあると、止まれないと思うので。私は手元のものがなくなったら止まれるので」
最強メンタル計画ちゃんが、その言葉を少しの間、考えた。
手元のものがなくなったら、止まれる。
自分は、どうだろう。手元になければ、探しに行く。なければ、作る。作れなければ——作れなかったことは、あまりなかった。
「止まれないこと、多いかも」
「……そうですか」
「うん。親友が止めてくれること、多い」
交流生が「……そうなんですか」と言った。
「うん。でも、止めてくれるから、続けられてる」
言ってから、少しの間があった。
自分で言った言葉なのに、初めて言葉にした気がした。止めてくれるから、続けられている。逆ではなかった。止められているから続けられないのではなくて、止めてくれる人がいるから、安心して考えられるのだった。
交流生が、また視線を地面に落とした。少し間があってから、小さく言った。
「……少し、羨ましいです」
「怖いって言ってたのに」
「怖いのと、羨ましいのは、両方あります。私は発想が先に来ることが、あまりないので。いつも手元から考えるので」
最強メンタル計画ちゃんは、少しの間黙っていた。
「羨ましいって言ってくれた人、あまりいなかった」
「……そうなんですか」
「うん。でも——」
少し間があった。
風が通って、二人の影が、ベンチの前で少し揺れた。
「……悪くない、かも」
交流生が、少し笑った。
「……怖いのは、止まれないという意味だけです。先輩自身が、怖いわけじゃないです」
最強メンタル計画ちゃんが交流生を見た。
その言い直しを、この子はわざわざしてくれた。言わなくても、たぶん伝わっていた。でも、言ってくれた。
「そう言ってくれて、ありがとう」
日差しがゆっくり動いて、ベンチの影が少し長くなった。
グラウンドの声が、遠くなったり近くなったりした。誰かが誰かを呼ぶ声。笛の音。また風。
どちらも、しばらく何も言わなかった。さっきと同じ沈黙だった。でも、さっきより少しだけ、近い場所にある沈黙だった。
「地方のトレセン、どんな感じ?」と最強メンタル計画ちゃんが聞いた。
自分から聞くのは、珍しかった。聞きたかったから、聞いた。
「こじんまりしてます。ここの半分くらいの規模で、走るコースも短い。でも」
「でも?」
「みんな、工夫するのが得意です。ないなら作る、というより、あるものを最大限に使う、という感じで」
気がつくと、交流生の言葉から、最初の間が減っていた。考えてから話すのは、同じだった。ただ、考える時間が、短くて済むようになっていた。
「それは、いい」
「先輩はそう思いますか?」
「うん。ないものを探すより、あるものを見る方が、たぶん早い」
交流生が「でも先輩は思いついてから探すんですよね」と言った。
「そう」
「順番が逆ですね」
「逆かも」
交流生が、少しの間、何かを考えていた。
「……でも、着いてる場所は同じかもしれない」
最強メンタル計画ちゃんが、その言葉を聞いた。
着いてる場所は、同じ。
順番が逆でも、同じ場所に着く。あるものから考えても、考えてからあるものを探しても、最後にできあがるのは——誰かのための、何か。
「そうかも」
短く答えた。答えながら、その言葉が、思ったより深くまで入ってくるのを感じていた。
少し間があった。
「うちのトレセンの子たちにも、先輩の作ったもの、見せたいなって思います」と交流生が言った。「安全なやつだけですけど」
「見せていい。役に立つなら」
「……ありがとうございます」
それからまたしばらく、二人とも何も言わなかった。
グラウンドの声が、風に乗ってまた聞こえた。
日差しが、ベンチの端から少しずつ降りていった。そろそろ、誰かが戻ってくる時間だった。それまでの残りの時間を、二人とも、黙って使った。
悪くない午後だった。
遠くの渡り廊下から、赤ペン先生がその二人を見ていた。
図書室の帰りだった。声は聞こえない。ただ、二人がベンチで、急がない速さで何かを話しているのが見えた。
いい光景だった。本当に、いい光景だった。
赤ペン先生は少しの間それを見て、それから、二人の邪魔をしない方の廊下を選んで歩いた。
歩きながら、思った。あの子が自分から人に質問するのは、珍しい。聞きたいことがある相手ができたのは、いいことだ。いいことなんだけど。
いいことの先を考えるのは、やめておいた。今日のところは。
トレセン学園スレ
【交流】最強メンタルちゃんと交流生が二人で話してた件【「うん」が多かった】
レス 1〜50
今日、最強メンタルちゃんと交流生が二人でベンチで話してたらしい
後輩ちゃんと赤ペン先生は?
たづなさんに呼ばれたのと図書室行ってたのとでたまたまいなかったって
二人きりか
長いこと座ってたのに、会話してる時間より黙ってる時間の方が長かったらしい
気まずかったのでは
それが全然気まずそうじゃなかったって
黙ってられる二人だ
相性がいいんだよ沈黙の
沈黙の相性って何
あるんだよそういうの
最強メンタルちゃんが「うん」って何回か言ってたって
「うん」?
普段「ん」なのに「うん」
「うん」と「ん」で違うの?
違う。「うん」は心が向いてるときに出る
観察眼が細かすぎる
でも間違ってないと思う
しかも自分から質問してたらしい
自分から!?
「地方のトレセン、どんな感じ?」って
あの子が人に質問するの、相当珍しい
興味を持ったんだな
後輩ちゃんとは違うアプローチで入れてるな交流生
後輩ちゃんは憧れと肯定から入る
交流生は「似てる」から入ってる
どっちも真っ直ぐなんだけど方向が違う
話し終わったあとに最強メンタルちゃんがいい顔してたって
いい顔
すっきりしたような顔らしい
「羨ましい」って言われることあんまりないだろうしな
良かった
赤ペン先生は遠くから見て、邪魔しない方の廊下を選んで帰ったって
赤ペン先生……
そういうところなんだよな
残り一週間か
一週間ある
「ある」の言い方が怖い
でも今日は本当に良い午後だった
良い午後だったね