1話・旧V2、ガチ恋距離
机の上に、VRゴーグルとヘッドホンが並んでいる。ノートも開いてある。ペンも用意してある。
準備は、整っている。
「……科学的に」
そう言った。
椅子に座った。ヘッドホンをつけた。ゴーグルを下ろした。
視界が開いた。
スタジアムの空気。広い空間。遠くに観客の声。
最強メンタル計画ちゃんは、少し背筋を伸ばした。
大丈夫。これは確認。科学的確認。冷静に観察する。ペンはある。ノートはある。
そこへ。
スピカさんが、映った。
遠くから歩いてくる。
ウォームアップ後の姿。自然な動き。ただ、そこにいる。
最強メンタル計画ちゃんは、見た。
見てしまった。
スピカさんが顔を上げた。
目が合った。
その瞬間、最強メンタル計画ちゃんは幸せそうな顔をして意識を手放した。
椅子の上で、ゆっくり傾いた。
ゴーグルは、つけたままだった。
部屋は静かだった。
机の上に、白いノートが開いている。一行も書かれていない。
ペンは、最強メンタル計画ちゃんの指のそばに転がっている。キャップはついている。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴーグルをつけたまま、穏やかな顔で静止していた。
しばらくして、目が開いた。ゴーグルの中だった。
スピカさんが、こちらを向いた。
「……え」
耳が、ぴんと立った。
「……えへ」
また、落ちた。
ノートは白いままだった。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴーグルをつけたまま、えへへ、という感じの顔で眠っていた。
また目が開いた。
スピカさんの声が聞こえた。囁くように。すぐ耳のそばから。
「……はい」
返事をしてしまった。誰も呼んでいないのに。
それだけで、落ちた。
ノートは白い。
ペンが、床に落ちた。
最強メンタル計画ちゃんは、机に向かって少し前のめりになっていた。ゴーグルは、やはりついている。
目が開く。スピカさんが笑っていた。こちらを向いて、笑っていた。
「……えへへ……」
一秒も保たなかった。
椅子が少し斜めになっていた。
ノートは白いまま。キャップが外れたペンが、床に転がっている。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴーグルをつけたままで、満ち足りた顔のまま椅子に沈んでいた。
目が開く。スピカさんがいた。また近くにいた。
「……あ」
それだけだった。
部屋は静かだった。
机の上に、白いノートが開いている。
何も書かれていない。
一行も。
「確認:」の「か」の字も書かれていない。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴーグルをつけたままで、椅子の上に穏やかに横たわっていた。
その顔は、とても幸せそうだった。
そこへ。
廊下の奥から、足音が聞こえてきた。
遠くから、近づいてくる。
部屋の前で、少し止まった。
鍵の音がした。
扉が、開いた。
赤ペン先生が、帰ってきた。
帰室
赤ペン先生が、扉を開けた瞬間、三秒止まった。
見渡した。
机の上のゴーグル——
ゴーグルは机の上になかった。
最強メンタル計画ちゃんの顔についていた。
椅子に横たわった最強メンタル計画ちゃんの顔に。
ゴーグルをつけたまま、幸せそうに眠っている。
「……ゴーグル」
小さく言った。
それから、ノートを見た。
白い。
真っ白だった。
「……何も書いてない」
赤ペン先生は、最強メンタル計画ちゃんに近づいた。ゴーグルを外そうとした。
その瞬間。
最強メンタル計画ちゃんの手が動いた。
眠ったまま、ゴーグルを押さえた。
しっかりと。確実に。無意識に。
「……」
赤ペン先生は、その手を見た。
眠っている。確かに眠っている。でも、手はゴーグルを離さない。
もう一度、外そうとした。
手が、また動いた。
今度は、両手で覆った。
「…………」
赤ペン先生は、少しだけ考えた。
それから言った。
「……起きて」
返事はなかった。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴーグルを両手で抱えたまま、幸せそうに眠っていた。
でも、ノートには何も書かれていなかった。
「確認:」の一字もない。
科学的確認は、一文字も残せなかった。
赤ペン先生は、大きく息を吸った。
「……また」
静かに、救出が始まった。