最強メンタル計画V3(静止画耐性訓練)


── ついに、見えた ──

「……ついに、見えた」

机の前で、一人のウマ娘が呟いた。

寮の自室。

放課後のざわめきは少し遠く、窓の外では夕方前の光がまだ柔らかく差し込んでいる。

机の上には、ノートが一冊。

表紙には、几帳面な文字でこう書かれていた。

最強メンタル計画V3

その文字の下には、さらに小さく副題が添えられている。

――静止画耐性訓練編――

彼女は深く息を吸った。

思えば、ここまで長い道のりだった。

V1。

切り抜き音声によるメンタル強化計画。

スピカさんの配信から抽出した励ましの言葉。

ウマ娘への敬意。

走る姿が好きだという真っ直ぐな声。

そして、何気ない「好きです」の一言。

それらを組み合わせ、囁くように配置し、精神を鍛えるための音声教材を作った。

理論上は完璧だった。

だが結果は、試聴開始から数分で気絶。

V1総括:音声刺激は強力すぎる。特に囁き配置と「好きです」の組み合わせは危険

次にV2。

VRライブによる視覚聴覚複合訓練。

段階設定は完璧だった。

ただし、LV2の最前列で投げキッスを食らった瞬間、意識が飛んだ。

V2総括:動きは強い。距離感も強い。ファンサは危険

そしてV3。

彼女はペンを持つ。

音をなくせばいい。

動きをなくせばいい。

距離の変化をなくせばいい。

ファンサをなくせばいい。

残るのは、ただの画像。

静止画。

動かない。

喋らない。

歌わない。

踊らない。

こちらへ近づいてこない。

投げキッスもしない。

「これだ」

彼女は目を見開いた。

「静止画なら、安全」


── 写真立て、スマホ、天井、枕 ──

彼女はノートを新しいページにめくり、大きく見出しを書いた。

V3:静止画耐性訓練

そして、段階設定を書く。

LV1:写真立て

机の上に小さな写真を置く。日常の視界の端に入る状態に慣れる。

負荷は低い。安全性は高い。

LV2:スマホ待ち受け

スマホを開くたびにスピカさんの画像を見る。反復訓練として効果的。

LV3:天井

ベッドから見上げるとスピカさんがいる。安心感と見つめ合い効果を同時に活用。

LV4:枕カバープリント

睡眠中も訓練継続。精神的慣れを無意識下でも進める。

彼女は書き終えて、深く頷いた。

「完璧な段階設定」

そこで彼女の手が止まった。

LV1。写真立て。

……そういえば、自分はもう何十時間分もスピカさんの配信を視聴している。

写真立てに小さく入れたスピカさんの画像に、今さら動揺するだろうか。

「……LV1はウォーミングアップにもならないかもしれない」

彼女は真面目な顔で頷いた。

「LV2のスマホ待ち受けも、普段から配信画面を見ているから、慣れている可能性がある。なら、実際に効果が出そうなのは……」

ページの中ほど。

LV3:天井

「安心してLV3から始めよう」

安心できなかった。

だが本人は、完全に安心していた。


── 天井にスピカさん ──

部屋は静かだった。

同室の子はまだ帰ってこない。

彼女は椅子に立って、天井の真ん中あたりに、丁寧に一枚の写真を貼った。

スピカさん。

ほんのりと微笑んでいる、スピカさん。

彼女はベッドに横になった。

目を細めて、見上げる。

天井から、スピカさんがこちらを見ている。

「大丈夫。動かない。喋らない。ただ、そこにいるだけ」

呼吸を整える。

深呼吸。

これはトレーニング。

冷静に受け止める。

「……私は、強い」

スピカさんが、こちらを見ている。

優しく、温かく、まっすぐに。

「……」

胸のあたりが、じんわりと温かくなった。

「……あ」

それから、しばらく記憶がない。


── 天井を見ないようにしながら ──

「ただいまー……」

同室の子が帰ってきた。

部屋の電気はついている。

だが、静かだ。

嫌な静けさだった。

彼女はゆっくり部屋に入り、室内を見回す。

机。

ノート。

そして、ベッドの上で幸せそうに気絶している友人。

「……また?」

諦めに満ちた声だった。

同室の子は友人に近づいた。

ところで、机の上のノートに視線を落とすと、「天井」という文字が見えた。

同室の子の視線が、天井の方向へ向きかけた。

本能が止めた。

「……見ない」

彼女は目を床に向けたまま、友人の肩をそっと揺する。

「起きて。ね、起きて」

「……ん……」

友人が薄く目を開く。

焦点が、まだ合っていない。

「スピカさんが……こっちを……」

「うん、そうだね。起きよう」

「見てくれてた……」

「見てないから。あれは写真だから。いや、まず起きて」

友人はゆっくりと、夢から戻るように目を開いた。

「……あ。帰ってきたの」

「帰ってきたよ」

「どのくらい経った?」

「わからない。でも暗くなってたから、それなりに」

友人は少し、ぽかんとした顔をした。

「……静止画でも、だめだったかな?」

「うん。だめでした」

同室の子は、静かに言った。

「あと、天井の写真は今すぐ剥がすから」

「えっ」

「剥がす」

「でも、あれがあると安心して――」

「だから剥がす」

同室の子は椅子を持ってきた。

そして、絶対に写真を正面視しないよう気をつけながら、慎重に写真を剥がした。

真剣な作業だった。

「……返して……」

「寮長に預ける」

「そこまでしなくても」

「する」

友人はしょんぼりとした。

同室の子は剥がした写真を袋に入れながら、ため息をついた。

「ねえ、一個聞いていい?」

「なに?」

「LV3から始めたのはなんで?」

「LV1と2は今さら効果がない気がして」

「……LV3から始める前提の時点で危ないと思わなかった?」

友人は少しだけ考えた。

「……思わなかった」

「そうだよね」

同室の子は、静かに目を閉じた。


掲示板:天井に貼るのはだめだということがわかった

1:名無しのウマ娘

V3の話聞いた

2:名無しのウマ娘

静止画にしたの?

3:名無しのウマ娘

音なし

動きなし

距離固定

これなら安全と判断したらしい

4:名無しのウマ娘

理屈としては……?

5:名無しのウマ娘

ある

6:名無しのウマ娘

理屈はあるが

7:名無しのウマ娘

LV3:天井に貼る、から始めた

8:名無しのウマ娘

なんで

9:名無しのウマ娘

LV1LV2は今さら効果がないと判断したらしい

10:名無しのウマ娘

V1失敗したばかりなのに

11:名無しのウマ娘

なんかもう感覚がズレてきてる

12:名無しのウマ娘

そのままベッドに横になって見上げたらしい

13:名無しのウマ娘

やめろ

14:名無しのウマ娘

天井スピカさんは禁忌

15:名無しのウマ娘

わかる

横になってる状態で正面から見下ろされたら

16:名無しのウマ娘

言わないで

17:名無しのウマ娘

同室の子は天井を見ないように気をつけながら写真を剥がしたらしい

18:名無しのウマ娘

プロ

19:名無しのウマ娘

V1〜V3で学んだ一番大事なこと:同室の子がいないと何も止まらない

20:名無しのウマ娘

同室の子が管理人化してきてる

21:名無しのウマ娘

V4が怖い

静止画の次は何

22:名無しのウマ娘

立体か

23:名無しのウマ娘

それだ

24:名無しのウマ娘

やめてください