最強メンタル計画V4(造形物は喋らない・未遂)
── 長かった ──
机の上に、新しいノートが置かれていた。
表紙はまだ綺麗だった。
折れ目もない。
角も潰れていない。
中身も、まだ白紙に近い。
だが、その一ページ目には、すでに力強い文字が書かれていた。
最強メンタル計画V4
その文字を見下ろしながら、一人のウマ娘は静かに頷いた。
「……ここまで、長かった」
彼女の声には、疲労があった。
しかし、挫折はなかった。
むしろ、その目には妙な輝きがあった。
彼女は椅子に腰掛けると、過去のノートを机の端に並べた。
V1:スピカ切り抜きASMR。
幸せそうに気絶した。
V2:VRライブ最前列。
投げキッスで気絶した。
V3:天井静止画。
安心して気絶した。
彼女は真剣な顔で三冊を見比べた。
音声は危険。
動きは危険。
視線も危険。
普通なら、ここで考えるべきことは一つである。
スピカさんをメンタルトレーニングの対象にすること自体が危険なのではないか。
だが、彼女の結論は違った。
「問題は、刺激の種類……」
「声は耳に届くから危険。動きは目を奪うから危険。静止画は、見つめ合っているように錯覚するから危険」
ペン先が、ノートの上で止まる。
「なら……」
彼女の耳が、ぴんと立った。
「立体なら?」
── 造形物は喋らない ──
「平面が駄目だったのは、視線が固定されているから。でも立体なら違う。角度を変えられる。横から見ることもできる。背中側から見ることもできる。正面固定ではない。つまり、視線の圧が下がる」
そして、何より。
「造形物は喋らない」
彼女は、力強く書いた。
V4:造形物による非音声・非動画・低刺激型メンタル強化
動かない。歌わない。投げキッスしない。「好きです」って言わない。こちらを見つめ続けるわけでもない。
「これは、安全」
安全ではなかった。
だが、本人の中では、非常に安全だった。
彼女はレベル設定を書いていく。
LV1:小型デフォルメ造形
豆粒サイズ。情報量は少ない。目も簡略化できる。安全性高い。
LV2:手のひらサイズ
日常的に眺めるためのサイズ。集中訓練に向いている。
LV3:机上常設用
視界の端に置くことで慣れる。勉強中もトレーニング継続。
LV4:枕元配置用
そこで彼女の手が止まった。
少しだけ、頬が赤くなった。
「……これは上級者向け」
上級者向けではなく、危険物である。
しかし、彼女は補足を加えた。
注意事項
音声機能なし
発光機能なし
可動機能なし
香り付けなし
視線固定を避けるため、真正面配置は禁止
夜間の枕元使用は段階的に行う
いきなりLV4から始めない
彼女はそこで胸を張った。
「学んでる」
確かに、学んではいた。
方向を間違えたまま、学習だけはしていた。
彼女は机の下から箱を引っ張り出した。
箱の中には、3Dプリンター用の素材、工具、細かいパーツ、メモ、そして小型の機材が詰められていた。
どこから用意したのかは、誰にも分からない。
ただ一つ分かることがある。
彼女は、ずっと準備していた。
V3が失敗した後、反省していたのではない。
V4のために準備していたのである。
── 廊下で、足が止まった ──
そのときだった。
部屋の外。
廊下で、一人のウマ娘が足を止めた。
同室の子である。
彼女は扉の前で、ぴたりと止まった。
「……」
何かが、おかしい。
部屋の中から音がする。
それ自体はおかしくない。
ペンの音。
紙をめくる音。
小さな機械を動かすような音。
だが、それらが妙に整っている。
楽しそうでもない。
怠けている風でもない。
真剣に、何かを作っている音。
同室の子の中で、嫌な予感が育ちはじめた。
V1:ヘッドホン越しの漏れ音で気づいた。
V2:ゴーグルをつけたまま気絶していた。
V3:天井の写真に見とれて気絶していた。
共通点:見つけた時には、すでに何かが起きていた。
同室の子は扉の前で、静かに考えた。
今回は、何かが起きている前に聞こえている。
つまり、今回は間に合うかもしれない。
彼女はゆっくりと、扉をノックした。
「……いる?」
一瞬の沈黙。
机を片付ける音。
それが、答えだった。
── 初めての未遂阻止 ──
「開けていい?」
「……ちょっと待って」
「待たない」
同室の子はドアを開けた。
部屋の中には、友人が机の前に座っている。
机の上には、工具と素材と設計図。
まだ何も完成していない。
同室の子の視線が、設計図に落ちる。
最強メンタル計画V4 スピカ概念造形物試作計画
「ノートを見せて」
「え」
「見せて」
友人は少しだけ迷った後、渋々ノートを渡した。
同室の子は黙って読んだ。
LV1からLV4まで。
安全注意事項。
造形物は喋らない、という項目。
そして、枕元配置用の欄。
「……ここ、少し赤くなって書いた?」
「赤くなってない」
「嘘だよ、字が少し揺れてる」
「揺れてない」
同室の子はノートを閉じた。
「封印」
「でも、まだ何も作ってない」
「だからこそ、今止める」
友人は口を開いた。
「でも、造形物は喋らないし――」
「封印」
「音声機能もないし――」
「封印」
「視線が固定されないから――」
「封印」
「完成させてから試して、問題があれば――」
「問題が出てから止めてたら、毎回間に合ってないんだよ」
友人の口が閉じた。
同室の子は、机の上の素材と工具を箱にしまいながら言った。
「今日、廊下で気づいた。まだ何も起きてなかった。だから、初めて間に合った」
「……でも」
「今回は没収じゃなくて、理事長室じゃなくて、たづなさんに話す。計画段階での相談として」
「計画段階での、相談……」
「あなたが何か作りたいなら、たづなさんに事前に相談する。それを今日お願いする」
友人は少しだけ考えた。
「……たづなさんは、いつも怒らない」
「怒らないよ。でも、ちゃんと話を聞いてくれる」
「……わかった」
友人は、素直に頷いた。
同室の子は、少し安心した。
だが、心の中でもう一つ考えていた。
今回は間に合った。
でも、次は自分がいない時に始めるかもしれない。
そうなったら。
同室の子は、ゆっくりと箱を鞄に入れながら、静かに決意した。
もっと早く、察せるようにならなければいけない。
掲示板:V4が未遂で阻止されたらしい(初)
1:名無しのウマ娘
立てた
2:名無しのウマ娘
V4は何
3:名無しのウマ娘
3Dプリンターで造形物
4:名無しのウマ娘
ああ
5:名無しのウマ娘
静止画の次は立体か
6:名無しのウマ娘
今回、完成前に同室の子が止めたらしい
7:名無しのウマ娘
え
初めてじゃないか
8:名無しのウマ娘
V1〜V3は全部完成後に被害が出てから止めてた
9:名無しのウマ娘
同室の子、成長してる
10:名無しのウマ娘
「造形物は喋らない」が根拠らしい
11:名無しのウマ娘
まあ喋らないのは事実では
12:名無しのウマ娘
そういう問題じゃないのでは
13:名無しのウマ娘
LV4に「枕元配置用」ってあったらしい
14:名無しのウマ娘
やめろ
15:名無しのウマ娘
本人なりに安全注意事項はちゃんと書いてある
「視線固定を避けるため、真正面配置は禁止」とか
16:名無しのウマ娘
学んでいる
17:名無しのウマ娘
方向が
18:名無しのウマ娘
同室の子が「今回は間に合った」って言ったらしい
19:名無しのウマ娘
それは覚悟の言葉
20:名無しのウマ娘
V5が来る前提で構えはじめてる
21:名無しのウマ娘
なんかもう応援したくなってきた
22:名無しのウマ娘
どっちを
23:名無しのウマ娘
両方