バレた日


── レース後の配信 ──

レース後の配信だった。

いつものように、柔らかなBGMと共に始まるスピカさんの雑談配信。

年始最初のレースを終えたばかりということもあって、コメント欄は出走したウマ娘たちの話題で盛り上がっていた。

*あのレースすごかった!*

*最後の追い比べ熱かった!*

*スピカきゅん今日もかわいい*

そんな流れの中で、スピカさんがふと思い出したように言った。

「そういえば、今日勝った子……すごかったですね」

コメント欄がざわつく。

*誰の話!?*

*まさか*

*やめろ*

*察した*

スピカさんはまったく気づいていない顔で続ける。

「途中、周りが仕掛け始めても、自分のペースを崩してなかったんです。あれ、簡単そうに見えてすごく難しいんですよね」


── 正座 ──

画面の向こう。

寮の自室で、彼女は正座していた。

同室の子は隣で頭を抱えている。

「……なんで正座してるの」

「配信を拝聴する時の礼儀」

「その言い方やめて」

だが、当人は真剣そのものだった。

今日は違う。

今日はちゃんとした話だ。

レースで勝った。

ちゃんと頑張った結果だ。

だから大丈夫。

多分今日は危険じゃない。

同室の子は、その思考自体が危険だと思っていた。

コメント欄は加速していく。

*あの子途中までめちゃくちゃ冷静だった*

*メンタル強かった*

*何があっても折れないタイプ*

*……いやまあ本当に折れなかったな*

スピカさんは頷く。

「うん。本当に強いと思います」

その瞬間。

彼女の耳がぴくっと跳ねた。

同室の子が嫌な顔をする。

「……待って、その反応やめて」

「まだ大丈夫」

「今まで一度も大丈夫だったことないでしょ」


── 多分ですけど ──

配信の向こうで、スピカさんは穏やかに笑っていた。

「多分ですけど、あの子、いっぱい悩んで、いっぱい失敗して、それでも諦めずに前に進んできた子なんじゃないかなって」

同室の子、視線を逸らす。

机の上。

封印済みの赤ペンノート群。

V1。

V2。

V3。

V4。

V5。

V6。

V7。

全部ある。

「…………」

「…………」

彼女が、ぷるぷると震え始めた。

「いや待って待って待って」

「自分を信じて走り切った姿、すごくかっこよかったです」

だめだった。

耳。

尻尾。

全部がぶわっと膨らむ。

「ぅ…………」

「多分、見えないところでいっぱい努力してきたんでしょうね」

「ぁ……」

同室の子、立ち上がる。

「あ、これ無理だ」

「僕は、そういう頑張り方、好きですよ」

その瞬間。

彼女は、幸せそうな顔で後ろに倒れた。

「やっぱりぃぃぃぃ!!」

どさぁっ!!

綺麗に受け身ゼロ。

完全気絶。

同室の子は慣れた動きでクッションを頭の下へ滑り込ませる。

「だから言ったじゃん!! 応援系は危ないって!!」

しかし彼女は幸せそうだった。

「……すき……ですって……言われた……」

「言ってない!! ニュアンス!!」


── それでも ──

配信はまだ続いている。

「それと――」

スピカさんが少し照れたように笑った。

「もし今、自分に自信が持てない子がいても。失敗しても。遠回りしても。ちゃんと頑張ったことって、絶対無駄にならないと思うんです」

コメント欄、情緒崩壊。

*むり*

*泣いた*

*スピカきゅん優しい*

*なんか一人に刺さりすぎてない?*

*例の子生きてる?*

同室の子は転がる友人を見下ろした。

「……生きてるよ。幸せそうに死んでるだけで」

すると。

気絶していたはずの彼女が、うっすら目を開ける。

「……まだ……精神力……足りない……」

「やめろ」

「もっと……頑張れば……応援に耐えられるかも……」

「その方向に進むな」

ふらり。

彼女の視線が机へ向く。

そこには、新しいノート。

真っ白な表紙。

同室の子、察する。

「待って」

例のウマ娘は、ふわふわした笑顔で呟いた。

「……応援耐性強化プログラム……?」

「やめなさい」

「V8……?」

「やめろって言ってんの!!」


掲示板:【速報】例の子、スピカきゅんに褒められて気絶 Part412

1:名無しのウマ娘

また倒れたらしい

2:名無しのウマ娘

知ってた

3:名無しのウマ娘

新年初気絶おめでとうございます

4:名無しのウマ娘

めでたくねぇよ!!!

5:名無しのウマ娘

いやでも今回はちゃんとレースで勝った後だから……

6:名無しのウマ娘

正直今回だけは純粋にすごかった

7:名無しのウマ娘

中盤で全然掛かってなかったもんな

8:名無しのウマ娘

周りバチバチだったのに自分の走り貫いてた

9:名無しのウマ娘

なおレース後ファンサで即死

10:名無しのウマ娘

耐久値1しかないのか?

11:名無しのウマ娘

いや普段はむしろ異常に強い

方向性がおかしいだけで

12:名無しのウマ娘

V1〜V7を完走した女だぞ

13:名無しのウマ娘

完走してはいけないシリーズなんだよなぁ……

14:名無しのウマ娘

ていうかついにスピカきゅん本人に最強メンタル計画の存在バレたってマジ?

15:名無しのウマ娘

完全には知られてない

ただ「いっぱい失敗して頑張った子」扱いになってる

16:名無しのウマ娘

優しい解釈すぎる

17:名無しのウマ娘

スピカきゅんの世界には悪意がないから……

18:名無しのウマ娘

ASMR

VR

静止画

立体造形未遂

匂い

4DX

チャットAI

これを「いっぱい失敗して頑張った」に変換できる男

19:名無しのウマ娘

浄化能力が高すぎる

20:名無しのウマ娘

でも本人めちゃくちゃ嬉しかっただろうな……

21:名無しのウマ娘

そりゃそう

あの子ずっと「強いメンタルになりたい」って言ってたし

22:名無しのウマ娘

なお強くなった結果

「レースでは冷静」

「スピカ前では即死」

23:名無しのウマ娘

方向性ァ!!!

24:名無しのウマ娘

同室の子マジで苦労人すぎる

25:名無しのウマ娘

最近冷静に考えると、あの子技術力高くない?

26:名無しのウマ娘

かなり高い

27:名無しのウマ娘

VR環境構築

音声編集

立体設計

香料調整

映像同期

空間演出

なんでトレセンにいるの?

28:名無しのウマ娘

走るの好きだから……

29:名無しのウマ娘

あとスピカきゅん好きだから……

30:名無しのウマ娘

今回一番ヤバいのって

スピカきゅん本人が「君の努力すごいよ」って認識したことじゃない?

31:名無しのウマ娘

あっ

32:名無しのウマ娘

あっ……

33:名無しのウマ娘

まずい

34:名無しのウマ娘

褒められると伸びるタイプだぞあの子

35:名無しのウマ娘

V8来るじゃん

36:名無しのウマ娘

やめろ

37:名無しのウマ娘

「幸せそうに死んでるだけ」って同室の子の発言でダメだった

38:名無しのウマ娘

あの子完全に介護側のプロになってる

39:名無しのウマ娘

クッション差し込む速度が年々上がってるらしい

40:名無しのウマ娘

でも今回のスピカきゅんの言葉、普通に刺さった子多くない?

41:名無しのウマ娘

刺さった

42:名無しのウマ娘

「失敗しても遠回りしても無駄じゃない」

無理

泣く

43:名無しのウマ娘

あの子の積み重ね見てると余計にな……

44:名無しのウマ娘

一番ダメなのは内容なのに、一番すごいのは諦めなかった精神なの笑う

45:名無しのウマ娘

でもさ

今回ちょっと良かったよな

46:名無しのウマ娘

うん

47:名無しのウマ娘

なんか……

ちゃんと報われた感じした

48:名無しのウマ娘

問題児なのは変わらんけど

49:名無しのウマ娘

でも頑張ってたのは本当だからな

50:名無しのウマ娘

スピカきゅん、そこ見てくれたんだなって

51:名無しのウマ娘

だからウマ娘特効なんだよあの男……

52:名無しのウマ娘

なお本人は「応援したかっただけ」

53:名無しのウマ娘

天然兵器

54:名無しのウマ娘

でも多分今頃――

「V8」「応援耐性」「精神力」「スピカ」

って単語が並んだノート書いてるぞ

55:名無しのウマ娘

やめろ怖い

56:名無しのウマ娘

【速報】

例の子、通販サイトで

「業務用スピーカー」

「振動ユニット」

「アロマディフューザー」

を検索

57:名無しのウマ娘

解散!!!!!!

58:名無しのウマ娘

V8始動してるじゃねぇか!!!!!!

59:名無しのウマ娘

同室の子ォォォォ!!!!!!