ただいまの夜

帰ってきた

合宿から帰ってきた日の夜だった。

最強メンタル計画ちゃんは、ベッドの上に溶けるようにうつ伏せになっていた。

腕が重い。脚が重い。背中も重い。三週間分の疲れが、帰ってきた瞬間に体の中で全部主張し始めたみたいだった。荷物をなんとか片づけて、ノートを少し書いて、それからもう動けなくなった。

ドアが開く音がした。

「先輩、ただいまです! ……先輩?」

後輩ちゃんの声だった。

「ただいま」

顔を埋めたまま答えた。声が布団に吸われた。

「大丈夫ですか? 溶けてますよ」

「溶けてる」

「合宿、お疲れ様でした」

後輩ちゃんが近づいてくる気配がした。ベッドの端に、ちょこんと腰を下ろす。

「先輩、脚、揉みましょうか」

「いい」

「遠慮しないでください。私、練習してきたんです」

「……練習」

「はい。たづなさんに教えてもらいました。合宿から帰ってきた先輩にやるためです」

最強メンタル計画ちゃんは少しだけ顔を上げた。後輩ちゃんが、真剣な顔でそこにいた。

「……やってみて」

「はい!」

後輩ちゃんの手が、ふくらはぎのあたりにそっと当たった。

痛い、ような、気持ちいい、ような。

「先輩、痛くないですか?」

「ん」

「どっちですか」

「両方」

「それは……大丈夫ってことでいいですか」

「大丈夫」


ゆっくりした時間

赤ペン先生が机で本を読んでいた。

ページをめくりながら、こちらをちらっと見て、また本に目を戻す。

「帰ってすぐノート書くからだよ」

声に笑いが混じっていた。

「……書きたかった」

「分かってるよ。でも体が先でしょ」

「ノートも書けた」

「それはすごいね」

すごいとは言っているが、呆れているのも伝わってくる。長年の付き合いだから分かる。

後輩ちゃんが「先輩って合宿中も書いてたんですか?」と聞いた。

「書いてた」

「何を書いてたんですか?」

「いろいろ」

「教えてください!」

「帰ってから」

赤ペン先生が「あんまり張り切らせないで」と言った。後輩ちゃんが「あ、すみません!」と言った。最強メンタル計画ちゃんは「別に、いい」とだけ言った。

後輩ちゃんが続ける。「合宿、楽しかったですか?」

「ん」

「良かったです。私、ずっと気になってたので」

「後輩ちゃんも、楽しかった?」

「はい! 先輩にいろいろ報告したいことがあります!」

「聞く」

「今ですか?!」

「今じゃなくていい。でも、聞きたい」

後輩ちゃんが、うれしそうに「はい!」と言った。

赤ペン先生が本から目を上げた。「報告会は元気になってからね」

「分かりました!」

マッサージを続けながら、後輩ちゃんがプチ学祭の話をし始めた。お化け屋敷のこと。たづなさんに呼び出されたこと。V5の相談をしたこと。最強メンタル計画ちゃんは布団に顔を埋めたまま、ときどき「ん」とか「そう」とか「えらい」とか言いながら聞いていた。

赤ペン先生もときどき口を挟んだ。「それ、相談できたんだ」「そこで止まれたのは成長だよ」。後輩ちゃんが「でも別の事故が起きました」と言うと、赤ペン先生が「やっぱりね」と言った。

最強メンタル計画ちゃんは「……なるほど」と言った。

布団の中で、少しだけ笑った気がした。


おやすみ

話している間に、窓の外が暗くなっていた。

後輩ちゃんがマッサージを続けている。一度終わりにしようとしたら、最強メンタル計画ちゃんが「もう少し」と言ったので、また続けた。

赤ペン先生が本を閉じた。「後輩ちゃん、そろそろ自分の部屋に戻る時間じゃない?」

「あと少しだけ!」

「いい」と最強メンタル計画ちゃんも言った。

「二人がそう言うなら」と赤ペン先生は言って、伸びをした。

しばらく、ゆっくりした時間が流れた。

後輩ちゃんが「来年の合宿、私も行けますよね」と聞いた。

「行ける」

「一緒に行けますか」

「……たぶん」

「たぶんじゃなくて、はいって言ってください」

「はい」

「やった!」

後輩ちゃんの声が明るかった。

赤ペン先生が小さく笑っていた。

最強メンタル計画ちゃんは、「ん」と答えた。

返事をしてから、少し間があった。

また「……ん」と言おうとした。でも、声が出なかった。

出なかったというより、出る前に、何かが落ちていった。

「先輩?」

後輩ちゃんの声が、少し遠くなった。

遠い、というより、静かになった。布団の中が、暖かかった。後輩ちゃんの手の重さが、まだ脚のあたりにある。赤ペン先生が本を閉じた音がした気がした。

それから、何も分からなくなった。


「先輩?」

返事がない。

後輩ちゃんは手を止めた。背中を見た。上下している。ゆっくり、均等に。

寝ている。

後輩ちゃんはしばらくそのまま見ていた。それから、小さく「おやすみなさい」と言った。

赤ペン先生の方を見た。赤ペン先生も見ていた。二人は目を合わせた。

どちらも、苦笑した。

「お疲れ様でした、先輩」と後輩ちゃんはもう一度、小さく言った。

返事はなかった。ゆっくりした寝息だけがあった。


トレセン学園スレ

【合宿帰還】おかえり最強メンタルちゃん【帰ってすぐノート書くな】

[1]:名無しのウマ娘

帰ってきた

[2]:名無しのウマ娘

おかえり!

[3]:名無しのウマ娘

状態は

[4]:名無しのウマ娘

帰ってすぐノート書いてた

[5]:名無しのウマ娘

やめろ

[6]:名無しのウマ娘

そうだと思ってた

[7]:名無しのウマ娘

そうだと思ってたよ

[8]:名無しのウマ娘

三週間分蓄積されてるからな

[9]:名無しのウマ娘

合宿中も書いてたんでしょ

[10]:名無しのウマ娘

書いてた

[11]:名無しのウマ娘

合宿中も書いてた+帰ってすぐ書いた=

[12]:名無しのウマ娘

言わないで

[13]:名無しのウマ娘

で今は筋肉痛でベッドに溶けてる

[14]:名無しのウマ娘

自業自得では

[15]:名無しのウマ娘

でも書きたかったんだよ本人は

[16]:名無しのウマ娘

それはそう

[17]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんがマッサージしてるって聞いた

[18]:名無しのウマ娘

赤ペン先生じゃなくて?

[19]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんがたづなさんにマッサージを習ってきたって

[20]:名無しのウマ娘

たづなさんに!?

[21]:名無しのウマ娘

合宿から帰ってくる先輩のためにあらかじめ

[22]:名無しのウマ娘

良い後輩すぎる

[23]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんがマシュマロになってる

[24]:名無しのウマ娘

進化した

[25]:名無しのウマ娘

進化の方向が気になる

[26]:名無しのウマ娘

マシュマロが動くやつになった

[27]:名無しのウマ娘

より最強メンタルちゃんを守る形に進化した

[28]:名無しのウマ娘

良い

[29]:名無しのウマ娘

そのまま報告会の途中で寝落ちしたって

[30]:名無しのウマ娘

報告会の途中で!?

[31]:名無しのウマ娘

マッサージされながら後輩ちゃんの話聞いてて気持ちよくなって落ちたって

[32]:名無しのウマ娘

幸せすぎる

[33]:名無しのウマ娘

後輩ちゃんが「おやすみなさい」って言ったらしい

[34]:名無しのウマ娘

かわいい

[35]:名無しのウマ娘

赤ペン先生と二人で苦笑いしたって

[36]:名無しのウマ娘

いつもの三人だね

[37]:名無しのウマ娘

おかえり最強メンタルちゃん

[38]:名無しのウマ娘

ゆっくり休んで

[39]:名無しのウマ娘

ノートの続きは明日でいい

[40]:名無しのウマ娘

本人はそう思ってないだろうけど

[41]:名無しのウマ娘

今夜だけは眠れてるからいいとする

[42]:名無しのウマ娘

「今夜だけは」がついてる

[43]:名無しのウマ娘

つけないといけないんだよ

[44]:名無しのウマ娘

三週間分のノートが明日から動き出す

[45]:名無しのウマ娘

やめろ

[46]:名無しのウマ娘

でも今夜は幸せそうに眠ってるから

[47]:名無しのウマ娘

それだけで十分

[48]:名無しのウマ娘

おやすみ最強メンタルちゃん