来る前から伝説
資料を作ります
交流生が来るまで、あと二週間だった。
後輩ちゃんが資料を持って来たのは、その日の放課後だった。
「先輩! 赤ペン先生! 資料の草案ができました!」
元気よく扉を開けた。分厚いクリアファイルを両手で抱えている。
最強メンタル計画ちゃんはノートを見ていた顔を上げた。赤ペン先生は本から目を上げて、クリアファイルを見た。
「……何を紹介するつもり?」
「先輩の活動です! 来てくれる交流生の方に、先輩がどんなことをしてきたか知ってもらえたら嬉しいと思って!」
「それは、分かった。何を紹介するつもり、って聞いてる」
後輩ちゃんが胸を張った。「全部です!」
赤ペン先生の目が細くなった。「見せて」
草案
テーブルの上に、紙が広がった。
旧V1。旧V2。旧V3。旧V4。旧V5。旧V6。旧V7。真V1。真V2。真V3。真V4。真V5。真V5.5。真V6。真V7。真V8。フィジカルV1。V2。V3。V4。V5。V6。V6.1。V6.2。V7。V8。最強引き継ぎ計画V1〜V5。
ずらっと並んでいた。
赤ペン先生がしばらく黙っていた。
「……後輩ちゃん」
「はい!」
「これ、見た人が来る前に帰らない?」
「大丈夫です! 良いところだけ書きました!」
「良いところだけ書いても……」
赤ペン先生が一枚目を手に取った。旧V1のページだった。説明欄に「スピカさんの声を集めてみんなに届けようとしました!」と書いてあった。
「……残る情報があるんだよ」
「でも本当に良いところだけなんです! 危ないところは全部省いて、その制作物が誰かを助けた部分だけを書きました!」
最強メンタル計画ちゃんは、後輩ちゃんが作った資料をのぞき込んだ。
旧V2のページ。説明欄に「入学前の私が先輩のVRライブに救われました。前を向くきっかけになりました」と書いてあった。
「……後輩ちゃんが選んだなら、大丈夫だと思う」
「ありがとうございます、先輩!!」
赤ペン先生が「そこに同意しないで」と言った。
赤ペン作業
赤ペン先生が全ページをめくり始めた。
一枚目。旧V1。「音源管理の注記なし」→赤線。
二枚目。旧V2。「ループ設定の言及あり」→赤線。「後輩ちゃんが救われた部分」→赤丸。
三枚目。旧V3。「静止画の枚数の記述を削除」→赤線。
四枚目。旧V4。「未遂って書いてある」→「書かなくていい」→赤線。
五枚目。旧V5。「密閉保管の理由が書いてある」→「理由は書かなくていい」→赤線。
「先輩の活動量ってあらためて見るとすごいですよね」と後輩ちゃんが言った。
「すごい」と最強メンタル計画ちゃんが言った。
「すごいのは認める。でも今、私の手が止まらないのも事実だよ」と赤ペン先生が言った。
赤ペン先生の作業は続いた。
真V6のページで少し手が止まった。「スピカ4DXスーパーデラックス……」と小さく言った。それから無言で赤線を引いた。
「真V6、説明ごと消しますか?」と後輩ちゃんが聞いた。
「消す。これは紹介しない」
「でも発想はすごかったんですよ!」
「発想がすごいのと、紹介していいのは別の話」
後輩ちゃんが「むぅ」と言った。最強メンタル計画ちゃんも似たような顔をした。
「二人して納得しない顔しないで」
ページが減っていく
一時間後。
テーブルの上の紙の山が、ずいぶん薄くなっていた。
削除されたページが別の山になっている。元の草案の三分の二くらいある。
「……だいぶ減った」と最強メンタル計画ちゃんが言った。
「減ったね」と赤ペン先生が言った。「でもこれでも多い」
「まだ減りますか?!」と後輩ちゃんが言った。
「たづなさんに最終確認してもらう。その前にもう一回見る」
赤ペン先生が残ったページをもう一度確認し始めた。
最強メンタル計画ちゃんは残った資料をながめた。
旧V2の「前を向くきっかけになりました」というページ。フィジカルV1の「走るのが怖くなくなりました」というページ。真V5の「親友の手が少し楽になりました」というページ。最強引き継ぎ計画V5の「一人でいてもふわさらでした」というページ。
後輩ちゃんが選んだのは、助かった人の話だった。
全部、本当のことだった。
「……後輩ちゃん」
「はい!」
「これ、全部、本当のこと?」
「本当のことです! 全部、実際に言ってもらったか、私が経験したことです!」
最強メンタル計画ちゃんは、少し考えた。
「……知らなかったこと、あった」
「え?」
「真V5の……手が楽になった、って。これ、初めて聞いた」
後輩ちゃんが「あ、聞いてませんでしたか?! 赤ペン先生がずっと使ってくれてるって聞いて、私が直接話を聞いたんです!」と言った。
赤ペン先生がページから目を上げた。少し黙っていた。
「……まあ、使ってるよ」
「ありがとう」と最強メンタル計画ちゃんが言った。
赤ペン先生が少し目を伏せた。「どういたしまして」
たづなさんの確認
翌日の放課後、三人でたづなさんのところへ行った。
後輩ちゃんが「交流生への紹介資料の最終確認をお願いしたいです!」と言いながら資料を差し出した。たづなさんが受け取って、一枚ずつめくり始めた。
廊下の窓から、グラウンドで走っているウマ娘たちが見えた。秋の午後の光だった。
たづなさんがページをめくる音だけが続いた。
後輩ちゃんが小さく「どうですか……?」と聞いた。
「今確認しています。少し待ってください」
またページをめくる音。
赤ペン先生が「問題のある記述は削除してあります。残っているのは具体的な効果の記述と、実際の経験談だけです」と言った。
たづなさんが「ありがとうございます」と言って、最後のページをめくった。
しばらく、静かだった。
「……よくできていますね」
「本当ですか!!」と後輩ちゃんが言った。
「はい。危険な記述は取り除かれていて、良い部分が丁寧に書かれています。これなら渡して大丈夫です」
「やった!!」
「ただし」とたづなさんが続けた。「交流生の方が質問してきたときのことを、少し考えておいてください。この資料を見て、詳しく聞きたくなる部分があるかもしれません」
「はい! 答えてもいいですか?」
「答える前に私を通してください。内容によります」
「分かりました!」
たづなさんが資料をクリアファイルに戻した。それから、赤ペン先生の方を見た。
「赤ペン先生、今回も助かりました」
「いえ……私だけだと、たづなさんの確認がないと不安なので」
「それでいいと思いますよ」とたづなさんが言った。「一人で全部抱えなくていいんです。確認するために私がいますから」
赤ペン先生が「……はい」と言った。
後輩ちゃんが「赤ペン先生もすごいんですよ!」と言った。
「ありがとう。でも今回はたづなさんが」
「二人ともすごいんです!」
たづなさんが小さく笑った。最強メンタル計画ちゃんも、少しだけ笑った。
トレセン学園スレ
【来る前から伝説】後輩ちゃんが紹介資料を作った件【全部入ってた】
[1]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが交流生のために紹介資料を作ったって
[2]:名無しのウマ娘
何の紹介
[3]:名無しのウマ娘
最強メンタルちゃんの活動一覧
[4]:名無しのウマ娘
草案の段階でV1からフィジカルVまで全部入ってたらしい
[5]:名無しのウマ娘
全部!?
[6]:名無しのウマ娘
「良いところだけ書きました!」って言いながら持ってきたって
[7]:名無しのウマ娘
後輩ちゃん……
[8]:名無しのウマ娘
赤ペン先生が一時間かけて三分の二削除した
[9]:名無しのウマ娘
三分の二!!
[10]:名無しのウマ娘
削除した方が多い
[11]:名無しのウマ娘
でもまだ残ってる
[12]:名無しのウマ娘
残ってる量も相当だよね
[13]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが書いた活動の量が多すぎる
[14]:名無しのウマ娘
それはそう
[15]:名無しのウマ娘
たづなさんが最終確認してOK出したって
[16]:名無しのウマ娘
赤ペン先生+たづなさんのダブルチェック体制
[17]:名無しのウマ娘
赤ペン先生が「たづなさんがいるからギリギリ大丈夫」って言ってたらしい
[18]:名無しのウマ娘
「ギリギリ」がついてる
[19]:名無しのウマ娘
ギリギリでも大丈夫と言えてるのが赤ペン先生の強さ
[20]:名無しのウマ娘
たづなさんと赤ペン先生が揃えば「ギリギリ大丈夫」になるトレセン
[21]:名無しのウマ娘
表現が複雑すぎる
[22]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが選んだの、全部本当のことだったらしい
[23]:名無しのウマ娘
助かった人の話だけ残ってる
[24]:名無しのウマ娘
後輩ちゃん、そっちだけは外さないんだよな
[25]:名無しのウマ娘
先輩のV2に救われた本人だから
[26]:名無しのウマ娘
だからちゃんと見える
[27]:名無しのウマ娘
その資料を見た地方の子が
[28]:名無しのウマ娘
やめて
[29]:名無しのウマ娘
後輩ちゃんが良いところだけ集めて
赤ペン先生が安全分だけ残して
たづなさんがOKを出した資料を
[30]:名無しのウマ娘
やめて
[31]:名無しのウマ娘
地方の子が読んで良いところを見つけて最強メンタルちゃんに伝えたら
[32]:名無しのウマ娘
やめろ!!
[33]:名無しのウマ娘
普通の子が来るかもしれないでしょ
[34]:名無しのウマ娘
そうだね
[35]:名無しのウマ娘
来てみないと分からない
[36]:名無しのウマ娘
うん
[37]:名無しのウマ娘
……まあ何か起きてもみんなで見守ろう
[38]:名無しのウマ娘
それしかない