真・最強メンタル計画V1(公式音声・環境化計画)
── 学んだ ──
机の上には、ノートが広げられていた。
新しいリングノート。真っ白な表紙に、大きな文字。
『真・最強メンタル計画』
そしてその下に、几帳面な字でこう続く。
『V1〜V7 段階的環境化計画』
その横には、赤ペンだらけの旧計画書の束。V1からV7まで。配線図、試作品のスケッチ、修正コメントの山。
ウマ娘は静かに笑った。
「……ついに、ここまで来た」
感慨深げに、旧V1の資料をめくる。
切り抜き音声。囁き編集。魔改造。気絶。封印。説教。金庫。
いろいろあった。
でも。
「今ならわかる」
彼女は真剣な顔で頷いた。
「旧V1は……刺激が強すぎた」
そう。それがすべての問題だった。
急激な高負荷トレーニングは体を壊す。精神力の強化も同じはずだ。段階的適応こそが正解。
ノートには同室の子の赤ペンが入っている。
『いきなり限界環境を作るな』
『常識を学べ』
『他人を巻き込むな』
『安全第一』
「学んだ」
真顔だった。
「私は学んだ」
なお、進む方向そのものはまったく修正されていない。
── 環境化という発想 ──
机に向かい直し、新しいページを開く。
旧シリーズと真シリーズの決定的な違いを、彼女は繰り返し自分に言い聞かせていた。
旧シリーズはいわば"兵器"だった。スピカさんのあらゆる要素を一点に凝縮し、直接ぶつける設計。だから毎回、こちらが崩れた。
でも真シリーズは違う。
もっと自然に。もっと日常に。もっと、生活に寄り添う形で。
「精神力を、生活習慣にする」
声に出すと、腹に落ちる感覚がした。
それっぽいことを、完全にそれっぽく言っている。
そのための切り口が、今回の『公式音声』だった。
USBメモリを持ち上げる。
ついに、正式なメンタルケア企画として収録されたスピカさんの公式応援音声が存在していた。本来の用途はシンプルだ。落ち込んでいるウマ娘、緊張で固まっているウマ娘への、優しい声かけ。健全で、誠実な、ただの応援コンテンツ。
だが彼女は、そこに可能性を見出した。
「加工しない」
大事。
「盛らない」
大事。
「改造しない」
大事。
「つまり、安全」
結論が二段飛びしている。
ノートにはこう書かれていた。
『真V1:
"聞こえるか聞こえないか"
くらいの極小音量で、
日常環境に自然に溶け込ませる』
『目的:
・応援され続ける安心感
・集中力向上
・精神安定
・長時間適応による耐性形成』
「理論上、完璧……」
本人は本気だった。
そして今回は、ちゃんと企画書まで作った。提出もした。
提出先では今頃、誰かが頭を抱えているはずだった。だがまだ返答は来ていない。
「実験段階なら問題なし!」
ポジティブすぎる解釈だったが、本人には疑念の影もなかった。
── 極小音量、ベッドで試験 ──
小型スピーカーを取り出す。
旧シリーズの反省を活かし、安全対策も万全にした。まず床に物を置かない。机の角にクッション。転倒を想定した緩衝材。さらに。
「念のためベッド!」
ぽふっ、と倒れ込む。
「完璧」
実際、安全意識だけは本物だった。成長である。
タブレットを操作する。再生リスト名:『真V1_環境適応テスト』。
深呼吸。
「これはただの環境音……日常に溶け込む応援……」
スイッチを押す。
――……
静かだった。ほとんど聞こえない。
だが。
耳を澄ますと。
『……頑張ってる人は、好きです』
微かに。本当に微かに、空気に混ざるように聞こえる。
「……っ」
耳がぴくりと動く。
もっと聞こうとする。脳が自然と音を探し始める。
『……無理、しすぎないでくださいね』
小さい。でも小さいからこそ、耳が勝手に拾いに行く。
「ぁ……」
呼吸が止まる。聞こえる。聞こえない。でも聞こえる。
『……ちゃんと見てますから』
その瞬間、ぷつん、と何かが切れた。
彼女は幸せそうな顔で、静かに意識を手放した。
ばたり。
ベッドなので安全だった。
成長している。
だが問題は、そこではなかった。
気絶した後も、彼女の耳だけはぴくぴくと動いていた。
無意識。本能。もっと聞こうとする。もっと拾おうとする。
小さな音だからこそ、脳が全力で集中してしまう。
『……応援してます』
ぴく。
『……大丈夫』
ぴくぴく。
『……好きです』
ぴくっ。
気絶しているのに、耳だけがどんどん音へ最適化されていく。
危険な進化だった。
── 同室の子、帰宅 ──
「ただいまー」
夕方。同室の子が帰ってきた。
扉を開ける。
静かだった。異様に静かだった。
……でも。
『……頑張ってる人は、好きです』
聞こえるか聞こえないかの、ごく小さな音。
「……あっ」
一瞬で理解した。
「また始まった!」
ベッドを見る。幸せそうな顔で、微動だにしない友人。だが耳だけがぴくぴく動いている。
「怖っ!? なにその進化!?」
思わず後退る。
今回は厄介だった。大音量ではない。危険な装置もない。ただ、小さい。あまりにも小さいから逆に、耳を澄ましてしまう。
『……応援してます』
「っ」
同室の子の耳もぴくっと動く。
「危なっ!?」
慌てて両手で耳を押さえた。
「なるほど!? これ環境化ってそういう意味!? 聞こえないから聞こうとするやつ!? 方向性がさらに嫌!!」
急いでベッドへ向かう。
「おーい! 起きてー!」
揺する。幸せそう。起きない。
スピーカーを止めようとする。だが。
「どこ!?」
音が小さすぎて、どこにあるかわからない。
しかも。
「防衛本能働いてる!?」
気絶している本人が、無意識にスピーカーを抱えていた。
最悪だった。
最終的に、同室の子はクッションを頭に押し当て、耳を塞ぎながら、手探りで電源を探すことになった。
数分後、ようやく停止。
静寂。
「……」
同室の子は机を見た。
新しいノート。『真・最強メンタル計画』。その下。
『V1成功。環境化の可能性あり』
「成功じゃないんだよなぁ……」
掲示板:【速報】真・最強メンタル計画、始動していた件【またお前か】
レス 1〜50
真・最強メンタル計画ってなに?
知らない方が幸せな言葉来たな
旧・最強メンタル計画があったという事実から逃げるな
V1:音声
V2:VR
V3:画像
V4:立体未遂
V5:匂い
V6:4DX
V7:公式音声メンタルケア
だったっけ?
並べると研究史みたいで草
研究史じゃなくて事故史なんだよなぁ
で、真ってなに?
完了したはずでは?
V7.1までやり切ってノート最後まで埋めて「完了」って書いたって聞いたが?
完了したから次のノートに行ったんでしょ
最悪の継続力
あの子の精神力だけは本物
方向性以外は尊敬できる
方向性が致命傷すぎる
今回の真V1、環境音型らしい
スピカきゅんの応援ボイスを聞こえるか聞こえないかくらいの音量で流す
はいアウト
解散
安全確認終了
聞こえるか聞こえないかくらいなら安全では?
耳が拾いに行くんだよなぁ
ウマ娘の耳をなめるな
人間基準でも危ないのにウマ娘基準だともっと危ない
公式音声だから安全!って言ってたらしい
公式毒
毒じゃない
栄養が濃すぎるだけ
栄養過多で倒れてるんですが
旧V1の反省点:魔改造したのが悪い
真V1の結論:公式なら安全
違う、そうじゃない
成長してるようで根っこが変わってない
でもベッドで試したらしいぞ
えらい
えらいけど試すな
転倒防止できてるの成長を感じる
床に倒れないだけで気絶はしてるんだよ
安全意識はある
危険認識がない
一番厄介なタイプ
今回の救助難易度どうだったの?
微妙に高い
大音量なら止めればいい
VRなら外せばいい
匂いなら換気すればいい
今回は聞こえないくらい小さいから、止める側も耳を澄ましてしまう
環境罠
ステルススピカきゅん
語感が終わってる
しかも本人、気絶しながらスピーカー抱えてたらしい
守護本能
違う、執着本能
意識ないのに守るな
旧シリーズで見た
ヘッドホン外そうとすると抵抗する
VRゴーグル外そうとすると抵抗する
今回はスピーカー抱える
進化してる
レス 51〜100
退化してほしい
同室の子、また救助したの?
した
聖人か?
同室の子がいなかったら最強メンタル計画はどこかで伝説になってた
もう伝説だよ
生きてる都市伝説
同室の子、赤ペン先生から救助隊長に進化してない?
保護者・編集者・救助隊・倫理委員会
全部やってる
忙しすぎる
本人は企画書提出したからセーフって思ってるらしい
通ってないんだよなぁ
提出=承認じゃない
でもさ、聞こえるか聞こえないかの応援ボイスって実際どうなの?
やめろ
興味を持つな
理論だけならちょっと良さそうなのが腹立つ
ずっと応援されてる感じで練習効率上がりそう
聞こえた瞬間に練習不能になるぞ
「頑張ってる人は好きです」が小さく聞こえるらしい
終わり
それは終わり
聞こえないくらい小さい方が破壊力高いまである
耳を澄ます
集中する
拾える
気絶
幸せ気絶だからセーフ
アウトです
公式応援音声ってどんなの?
本来はメンタルケア用
落ち込んだ子とか緊張してる子に優しく声かけするやつ
普通にいい企画じゃん
普通に使えばね
普通に使うという選択肢があの子にない
公式が優しいものを作る
あの子が運用を思いつく
危険物になる
なぜなのか
才能
才能って言葉で片づけていいのか?
悪意がないから余計に困る
本人はみんなのためにも使えるように、って書いてたらしい
やめてくれ
みんなを巻き込まないで
旧V1「囁き音声は危険」
真V1「じゃあ囁かせず、ものすごく小さく流そう」
ほぼ囁きでは?
むしろ聞く側が勝手に囁き化してる
脳内補完が入るから危険度上がってる説
やめろ
説得力がある
しかもウマ娘は耳が良い
つまり小音量でも聞こえる
聞こえるか聞こえないかに調整すると、耳が全力で探す
全力で探した結果、全力で被弾
これを本人は「耐性形成」と呼んでいる
正式に危険物認定してください
── 企画書、返却 ──
その夜。
真・最強メンタル計画V1の企画書は、赤ペンだらけになって本人へ返却された。
表紙には大きくこう書かれていた。
『発想は評価。
運用は危険。
承認前試験禁止。
再提出』
そして末尾。
『理事長も倒れました。
よって危険性は実証済みです』
それを読んだ最強メンタル計画ちゃんは、神妙な顔で頷いた。
「なるほど……」
赤ペンを見つめる。
「理事長でも倒れるほど……効果がある……」
同室の子が、隣で頭を抱えた。
「そこじゃない」