真・最強メンタル計画V6(スピカ4DXスーパーデラックス)
── 旧V6の反省 ──
机の上には、新品だったはずのノートが広げられている。
その表紙には、力強い文字でこう書かれていた。
真・最強メンタル計画
中身は、すでに赤ペンと付箋と追記でかなり賑やかなことになっていた。
真V1。真V2。真V3。真V4。真V5。真V5.5。
いずれも、何かしらの成果を出した。いずれも、何かしらの騒ぎを起こした。そしていずれも、最終的には誰かの胃を痛めたり、誰かを幸せそうに気絶させたり、誰かの金庫に封印されたりした。
だが、彼女は止まらない。
止まらないというより、止まり方を知らない。
いや、最近は少し知った。
企画書を出す。相談する。目的を書く。使用者のことを考える。安全性を考える。迷惑をかけないようにする。
それらは確かに成長だった。かつての彼女なら、思いついた瞬間に走り出していた。いまの彼女は、思いついてからノートに書く。企画書にまとめる。誰かに相談する。そのうえで走り出す。
成長している。間違いなく成長している。
ただし、走り出す速度はウマ娘である。向かう方向が、たまに斜め上どころか、空へ飛んでいく。
「旧V6……」
彼女はぽつりと呟いた。
旧・最強メンタル計画V6。
別名。
スピカ4DX。
椅子。映像。音声。匂い。触覚。風。振動。複合刺激。
それらを組み合わせることで、精神力を多角的に鍛える。
理論だけなら、そこまでおかしくはない。いや、おかしい。かなりおかしい。ただ、彼女の中では、おかしくない部分もあった。
音だけでは危険。映像だけでも危険。匂いだけでも危険。触覚も危険。ならば刺激を分散させれば、一点突破されずに耐えられるのではないか。
そういう発想だった。
結果としては、幸せに包まれた拷問器具みたいなものが生まれた。本人も気絶した。理事長も気絶した。たづなさんは胃を痛めた。同室の子は赤ペンを持った。
「でも……発想は、悪くなかったと思うんだよね」
あれは失敗だった。それは認める。しかし、すべてが間違っていたわけではない。
複合刺激。没入感。非日常体験。心を動かす演出。疲れた心を別の世界へ連れていく力。
そこには可能性があった。
ただ、旧V6は個人用だった。一人で座り、一人で体験し、一人で耐える。それでは、真・最強メンタル計画の方向性とは少し違う。
いま彼女が目指しているのは、環境化である。
日常に溶け込むこと。自然に使えること。みんなの役に立つこと。疲れたウマ娘が、ふらっと利用できること。怖がられず、怪しまれず、ちゃんと便利で、ちゃんと楽しくて、ちゃんと癒しになって、ついでにメンタルも鍛えられること。
ついでに。大事なのは、ついでにである。
「個人用じゃなくて……環境……日常……みんなで……」
彼女はペンを持ったまま、唸る。
旧V6のコンセプトは個人。真V6で同じことをしてはいけない。同じ失敗をしてはいけない。
同室の子にも言われた。
過去の反省を活かすこと。自分だけで突っ走らないこと。周りの人に相談すること。
彼女はちゃんと覚えている。だから悩んでいる。悩んでいる時点で、以前よりずっとえらい。
「……そうだ」
彼女の耳がぴんと立った。
「もっと大きくして、みんなで楽しめるものにすればいいんだ!」
成長している。確かに成長している。発想の根本に、人の役に立ちたいという気持ちがある。自分だけのものにしないという視点もある。みんなで使えるものにするという考え方もある。
ただし、導き出された答えが、すでに危険物の匂いを放っていた。
彼女は勢いよくノートに書き込む。
真・最強メンタル計画V6。
その下に、さらに大きく。
スピカ4DXスーパーデラックス。
字面だけで危険だった。
もはや何なのかわからない。なぜ「スーパー」と伸ばしたのかもわからない。だが、ひとつだけ確かなことがあった。それは間違いなく、封印対象になりうる名前だった。
── タキオンに相談する ──
今回は、資金の問題もそこまで大きくなかった。
真・最強メンタル計画の一部は、思わぬ形で評価されている。メーカーとの協力。安全な形に落とし込まれた製品。限定メニュー。監修。手直し。怒られ。褒められ。また怒られ。
そういった積み重ねの結果、彼女の手元には、学生としてはかなり大きな額の収入があった。もちろん無限ではない。だが、ちゃんと考えれば、大きめの試作くらいは可能だった。
「でも、一人じゃ難しいよね……」
映像。音響。振動。風。香り。座席制御。安全機構。空間設計。
そういったものを一人で組むのは難しい。だから、誰かに相談する必要がある。
彼女は成長していた。自分一人で抱え込まず、誰かに相談する。同室の子の言葉を、ちゃんと守っている。
「うーん……」
相談できる人。技術に詳しい人。こういう実験に詳しい人。設備がありそうな人。そして、面白がって手伝ってくれそうな人。
その時点で、すでに危ない。
「そうだ! アグネスタキオンさんに相談しよう!」
誰かに相談する。それ自体は、間違いではなかった。
ただ、その相談先が。トレセンきっての問題児でなければ。もっとよかった。
「ほう?」
アグネスタキオンは、実に楽しそうに笑った。場所は研究室。空気は怪しい。棚には用途のわからない瓶が並び、机には用途のわからない器具があり、部屋全体から用途のわからない予感が漂っている。
その中央で、最強メンタル計画のウマ娘は、真剣に企画書を差し出していた。
「つまり君は、旧式の個人没入型装置を発展させ、複数名が同時に体験可能な、癒しと精神鍛錬を兼ねた小規模シアター設備を作りたいと」
「はい!」
「疲労したウマ娘たちが、気軽に非日常体験を楽しめる。映像、音響、振動、風、香りなどを適切に組み合わせることで、現実から離れた体験を提供する」
「はい!」
「そして結果的に、感情の揺さぶりに対する耐性、集中力、レース前後の精神回復、幸福感の維持などに繋げる」
「はい!」
「……ふふ」
タキオンは口元に手を当てた。
「実に面白い」
その言葉は、普通なら褒め言葉である。だが、この場では警報だった。
「場所なら、離れの空きスペースが使える。音漏れも少なく、試験運用には向いている。ちょうど大型の可動座席制御に関する資料を試したいと思っていてねぇ」
「可動座席!」
「風圧装置もある」
「風!」
「香りの拡散も、まあやりようはある」
「香り!」
「音響は当然、立体配置にしよう。映像は大型スクリーン。床振動も付けられるねぇ」
「すごい……!」
「そして、今回は〝なんちゃってゲーミングチェア〟ではない」
タキオンは白衣をひるがえし、楽しそうに笑った。
「プロ仕様の4DXを目指そうじゃないか」
最強メンタル計画のウマ娘は、感動で胸を押さえた。
相談してよかった。やっぱり誰かに相談するのは大事。これが成長。これが協力。これがチームワーク。
そう思った。
同室の子がここにいたら、全力で首を横に振っていただろう。
── 離れのシアター ──
数日後。
トレセン学園の離れに、小さな映画館もどきが完成した。
見た目は、思ったよりまともだった。
十人程度が入れる小規模な空間。正面には大きめのスクリーン。座席は数席、それぞれにシートベルトのような安全固定具がついているが、見た目はそこまで仰々しくない。足元には振動ユニット。背もたれには微細な可動機構。天井には風を送る装置。壁には音響設備。香りの拡散装置は、目立たない位置に隠されている。照明も調整可能。室内は暗くなりすぎず、利用者が不安にならないよう配慮されている。
驚くほどちゃんとしていた。タキオン監修である。
その事実さえなければ、ちゃんとした設備に見えた。
「すごい……」
最強メンタル計画のウマ娘は、感動していた。自分の発想が、形になっている。しかも旧V6とは違う。個人用の危険な椅子ではない。みんなで楽しめる小さなシアター。
トレーニング後に疲れたウマ娘が、気軽に非現実を体験できる。レースで負けて落ち込んだ子が、少し元気になれる。走れない日にも、走る気持ちを思い出せる。スピカのライブ映像に包まれて、また明日がんばろうと思える。
目的は、相変わらずすばらしかった。目的だけは、いつもすばらしい。
── 試験開始 ──
「本当に……これなら、みんなに喜んでもらえるかも」
「ふふ。まずは試験運用だねぇ」
制御室側に立つタキオンが、笑う。
最強メンタル計画のウマ娘は、座席に座った。シートベルトを締める。確認用のチェックリストを読み上げる。
「固定よし。緊急停止はこちらで管理します。音量よし。香り濃度よし。風量、低めから。振動、低めから。映像は……ライブシーン」
「初回だからねぇ。やはり基準となる刺激を確認しないと」
「はい!」
彼女は深呼吸する。
今回は違う。旧V6とは違う。ちゃんと相談した。ちゃんと設備も整えた。ちゃんと目的もある。自分だけではなく、みんなのため。疲れたウマ娘たちが、癒されるため。そして、少しだけ心が強くなるため。
真V6。スピカ4DXスーパーデラックス。いよいよ始動である。
「では、開始しよう」
タキオンが、笑いながらスイッチを入れた。
照明が落ちる。スクリーンがふわりと明るくなる。
最初に流れたのは、観客席のざわめき。遠くから聞こえる足音。ステージ裏の空気。ライブが始まる直前の、あの独特の緊張感。
座席が、ほんのわずかに震えた。
「おお……」
最強メンタル計画のウマ娘は、目を輝かせる。足元から伝わる振動。会場の熱気を再現する、やわらかい風。スクリーンの照明が上がる瞬間の光。
そして。スクリーンの中に、スピカが現れた。
その瞬間。
彼女の耳が跳ねた。尻尾が跳ねた。呼吸が止まりかけた。
だが、まだ耐えている。
今回の設計はすばらしい。音だけではない。映像だけでもない。全身を包む環境として構成されている。刺激が分散している。だから、耐えられる。
耐えられるはずだった。
スピカが、ステージの上で微笑んだ。
座席の背もたれが、観客席の歓声に合わせて微かに震える。足元からライブ会場の低音が伝わる。横から風が抜ける。香り拡散装置が、ほんの少しだけ清涼感のある香りを流す。ステージ照明がまたたく。
スピカが歌い始める。
立体音響が、理事長を包んだ。まるで正面からだけではない。上からも。横からも。後ろからも。空間全部がスピカの歌で満たされる。
座席が、サビに合わせてふわりと動く。風が吹く。照明が揺れる。映像の中のスピカが、こちらへ手を伸ばすような振付をした。
その瞬間、座席の腕置き部分が、ほんのわずかに温かくなった。
「ぁ」
彼女の口から、小さな声が漏れた。
そして。
スピカが、画面越しに優しく笑った。
終了だった。
最強メンタル計画のウマ娘は、幸せそうに気絶した。
── ライブ、終了 ──
その日の夕方。
同室の子は、いつものように部屋へ戻ってきた。
「ただいまー……って、いない」
部屋は静かだった。机の上には、ノートがない。その代わりに、一枚の紙が置かれていた。
同室の子は、それを手に取る。
そこには、丁寧な文字でこう書かれていた。
タキオンさんと離れで研究してきます。
同室の子は、しばらく黙った。紙を見た。もう一度見た。そして、ゆっくりと息を吸った。
「…………」
嫌な予感しかしない。しかも今回は、かなり濃い。「タキオンさん」と「研究」が同じ文章に入っている時点で、もう手遅れの匂いがする。
彼女は紙を握りしめ、すぐに部屋を飛び出した。
離れの前まで来ると、中から微かに音が聞こえた。
音楽。歓声。低音。そして何かが機械的に動く音。
「……何作ったの、今度は」
同室の子は、扉を開けた。
中は、思ったより整っていた。廊下の先に制御室らしき小部屋があり、ガラス越しに暗いシアター空間が見える。
制御室には、タキオンがいた。白衣姿で、楽しそうにモニターを見ている。
「おや、来たのかい」
「来たのかい、じゃないです! あの子は!?」
「中だよ」
同室の子はガラス越しに中を見る。
座席に固定された最強メンタル計画のウマ娘がいた。目を閉じている。頬は緩んでいる。口元は幸せそうに弧を描いている。耳はぴくぴくしている。尻尾もたまに反応している。そして座席が、ライブのリズムに合わせてゆっくり揺れていた。
「止めてください」
同室の子は即座に言った。
「それがねぇ」
タキオンは苦笑した。
「ライブが終わるまで止まらない仕組みなんだよ」
「なんでですか!?」
「没入体験を途中で切ると、利用者の情緒に急激な落差が生じる可能性があってねぇ。安全設計上、基本的には一区切りまで流し切る仕様にした」
「それ安全設計なんですか!?」
「緊急停止はあるが、使うほどではないだろう。バイタルは安定している」
「気絶してます!」
「幸せそうにね」
「幸せそうに、じゃないです!」
同室の子は頭を抱えた。
まただ。またこの流れだ。
目的はいい。発想も、たぶん全部が悪いわけではない。実際、設備としてはよくできている。トレーニング後に疲れた子が、少しだけ非日常に浸る。怪我で走れない子が、ライブやレースの空気を味わう。落ち込んだ子が、明日も頑張ろうと思える。そういう使い方ができるなら、きっと素晴らしい。
だが、なぜ最初に流すのがスピカのライブなのか。なぜ最初の被験者が本人なのか。なぜ監修がアグネスタキオンなのか。なぜライブ終了まで止まらない仕様なのか。
同室の子は、ツッコミたいことが多すぎて、逆に静かになった。
ライブは、最後まで流れた。最後の一音が響き、照明がゆっくり明るくなる。座席の揺れが止まる。風が止まる。スクリーンが暗くなる。
同室の子はすぐに中へ入った。
「起きて。起きて」
最強メンタル計画のウマ娘は、幸せそうに息をしている。
「……すぴか……すーぱー……でらっくす……」
「寝言で危険物の名前を言わないで」
「みんなで……たのしく……」
「目的はいいんだけどね。本当に目的はいいんだけどね」
同室の子は、深くため息をついた。
タキオンも中に入ってくる。
「いやぁ、初回試験としては実に興味深い結果だった」
「封印です」
「早いねぇ」
「少なくとも、このまま一般開放は絶対だめです」
「もちろん、調整は必要だろう。刺激量を下げる。スピカ成分を薄める。映像の距離を遠くする。香りを中立にする。振動を弱める。ファンサ演出を削る」
「ファンサ入れたんですか!?」
「ほんの少し」
「ほんの少しでこれです!」
同室の子は、友人の肩を支えながら、半眼でタキオンを見る。タキオンは楽しそうだった。楽しそうではあるが、完全に悪意だけというわけではない。むしろ、この設備自体には本当に可能性を見ている顔だった。
それが、さらに厄介だった。
同室の子は、シアターの中を見回した。小さな映画館。可動座席。映像。音。風。香り。振動。
もし、スピカ成分を抜いて。ファンサを消して。投げキッス演出を消して。至近距離演出を消して。香りを無臭にして。立体音響の包囲感を弱めて。途中停止機能をつけて。監視役を置いて。そこまでやれば。
もしかすると、本当に誰かの癒しになるのかもしれない。
問題は、そこまで削ったものを最強メンタル計画のウマ娘が「スピカ4DXスーパーデラックス」と呼ぶかどうかだった。
「……とりあえず、たづなさんに報告します」
「だろうねぇ」
「理事長には?」
「見せたら乗りたがるだろうねぇ」
「絶対に見せません」
同室の子は即答した。あの理事長は、絶対に乗る。絶対に「業務上の確認」と言う。絶対に一人で試す。そして絶対に幸せそうに気絶する。ここまでの未来が、あまりにも鮮明に見えた。
同室の子は、まだ眠っている友人を見下ろす。
最強メンタル計画のウマ娘は、ゆるんだ顔で呟いた。
「……次は……みんなで……」
「みんなを巻き込む前に、赤ペンです」
「……赤ペン……」
「そう。赤ペン」
同室の子は、静かに言った。
「今度のノート、何ページ使うと思う?」
返事はなかった。最強メンタル計画のウマ娘は、幸せそうに気絶したままだった。
そして背後では、タキオンが小さく笑っている。
「ふふ。スピカ4DXスーパーデラックス、か。名前は少々騒がしいが、発想は面白い。さて、どこまで安全化できるかな」
「タキオンさん」
「なんだい?」
「次、勝手に改良したら、たづなさんに先に言います」
「それは困るねぇ」
「困ってください」
こうして、真・最強メンタル計画V6。
スピカ4DXスーパーデラックスは、初回試験において、制作者本人を幸せそうに気絶させるという、いつも通りの結果を残した。
ただし、今回は少しだけ違う。設備としての完成度は高い。目的も悪くない。安全化すれば、誰かを救える可能性もある。
つまり、完全な失敗ではない。
完全な失敗ではないからこそ、たづなさんの胃に重くのしかかる。
そして、同室の子は思った。
この子は、確かに成長している。ちゃんと相談するようになった。誰かのために考えるようになった。企画書も書くようになった。目的も立派になった。
でも。
相談先だけは。
本当に。
ちゃんと選んでほしい。
掲示板:【速報】真V6、今度は離れに小型シアター作った【スピカ4DXスーパーデラックス】
レス 1〜50
真・最強メンタル計画V6、確認された模様
名前から危険
スピカ4DXスーパーデラックス
スーパー(伸ばす)
なぜ
設備の概要
・小規模シアター(約10名収容)
・大型スクリーン
・可動座席(振動・温感対応)
・立体音響
・風圧装置
・香り拡散
・照明制御
本格的すぎる
監修タキオン
終わり
目的自体は本当に素晴らしいんだよ
疲れたウマ娘の癒し、入院中の子への非日常体験、落ち込んだ子のメンタル回復
コンテンツがスピカのライブなのが問題
それに尽きる
初回試験で制作者が気絶
何周目だ
同室の子がガラス越しに見てたって話好き
「目的はいいんだけどね。本当に目的はいいんだけどね」
ライブが終わるまで止まらない仕様
これたづなさんが知ったら何を言うか
安全設計を一から説明することになる
同室の子の「今度のノート、何ページ使うと思う?」
赤ペンを覚悟している
でもこれ、スピカ成分抜いて安全版にしたら本当にいいものになりそう
それが一番困るやつ
たづなさんの胃の最大の敵は「良い発想だから封印できない」案件
理事長にはまだ知らせてないらしい
それは正解
絶対乗りたがる
業務上の確認という名目で
言うな
呼ぶぞ
安全化後の姿に期待
でも安全化後に「スピカ4DXスーパーデラックス」って名前が残るの?
絶対残す
たづなさんが何と戦っているか
真っ直ぐ伸びますように
スピカ抜きで
タキオン監修なしで
せめてどちらか一方で頼む