真・最強メンタル計画V8(指輪と、はじめての作品)


── 日常に溶け込む幸せ ──

左手首のブレスレットが、朝日に揺れていた。

彼女はノートを広げたまま、その光の揺れをぼんやりと眺めていた。

同室の子がくれたものだった。

バイト代で。

自分のために。

わざわざアクセサリーショップに行って、プレゼント用に包んでもらって。

その事実を思い出すだけで、胸の奥がぽかぽかする。

「……えへへ」

手首を少し傾ける。

光が揺れる。

綺麗だ。

かわいい。

うれしい。

親友が、自分のことを考えて選んでくれた。

危ないことをしないように、という意味も込められていると聞いた。ブレスレットを見るたびに、一度踏みとどまってほしい、と。

それを思い出して、彼女はさらに表情をゆるませた。

「しあわせ……」

そこで。

ぴたり、と。

空気が止まった。

ペン先が紙から浮く。

彼女の瞳が、ゆっくりと開かれていく。

「……しあわせ?」

その声は、小さかった。

けれど、その響きには、いけない発見をした者特有の熱があった。

「日常に……溶け込む……」

彼女はブレスレットを見る。

「身につけているだけで……幸せな気持ちになる……」

ノートを見る。

「邪魔にならない……」

もう一度、ブレスレットを見る。

「自然……安全……日常……幸福感……」

そして。

「これだ……!」

言ってしまった。

言ってしまったのである。

もう、止まらない。

ペンが走る。

かりかりかりかりかりかりかりかり。

異様な速度でノートに文字が増えていく。


ノートのページには、こう書かれた。


『真・最強メンタル計画V8』

『コンセプト:日常装着型メンタル安定デバイス』

『目的:日常生活の中で自然に精神力を鍛える』

『条件:音なし、映像なし、匂いなし、味なし、触覚刺激も過剰にしない』

『つまり、安全!』

『日常に溶け込む装飾品』

『ブレスレット型――』


そこで、彼女の手が止まった。

ブレスレット。

左手首のそれを見る。

親友がくれた、大切なもの。

ただのアクセサリーではない。自分を心配してくれた気持ち。少しでもおしゃれしてほしいという願い。危ない方向へ走り出す前に踏みとどまってほしいという祈り。

それを、実験対象にする?

彼女は、ぶんぶんと首を振った。

「だめ」

即答だった。

「これは、だめ」

いくら自分でも、それは違うと思った。

もし失敗したら。万が一、危険物判定されて没収されたら。いや、ないとは思う。ないとは思うけれど。

このブレスレットが金庫に封印されたら。

自分は、きっと泣く。

すごく泣く。

たぶん、同室の子も困る。

だから、だめ。

彼女はノートの『ブレスレット型』に二重線を引いた。

そして、少し考える。

装飾品。身につける。小さい。邪魔にならない。日常に溶け込む。安全。

ぽん、と手を打つ。

「指輪型にしよう!」

完璧だった。

小さい。邪魔にならない。目立たない。音も出ない。映像も出ない。匂いもない。味もしない。置き場所も取らない。

しかもアクセサリーとして自然。

「これなら絶対安全……!」

彼女は確信した。

この時点で、すでに何度も聞いた言葉である。

そして、その確信が当たったことは、ほとんどない。


── なんでできるの、この子 ──

行動は速かった。

速すぎた。

まず、彼女はアクセサリーについて調べ始めた。指輪の構造。素材。サイズ。加工方法。金属アレルギーへの配慮。肌に触れる装飾品としての安全基準。宝石の種類。石留めの方法。鋳造。彫金。研磨。仕上げ。

最初はノートに書き写しているだけだった。

次に、動画を見始めた。

その次に、工具を調べ始めた。

さらにその次の日には、必要最低限の道具を揃えていた。

なぜ。どうして。いつもそうだ。

この子は、発想が危険物製造に向いた瞬間だけ、学習速度が異常に跳ね上がる。

普段は抜けている。忘れ物もする。赤ペン先生にノートを見てもらわないと企画書が怪文書になりがち。けれど、ひとたび「作る」と決めたら、謎の集中力で新技術を吸収していく。

彫金。

できた。

鋳造。

できた。

石留め。

できた。

研磨。

できた。

なんで。なんでできるの、この子。

本人は特に疑問に思っていなかった。

「ふむふむ……なるほど……石はこの角度で固定すると外れにくいんだ……」

真剣だった。真面目だった。目的はおかしいが、姿勢だけは本当に真面目だった。

安全確認もした。

肌に危ない素材は使わない。尖った部分は作らない。過度な締め付けはなし。魔力的な仕掛けは入れない。音声もなし。映像もなし。香りもなし。温度変化もなし。振動もなし。

これだけ聞けば、確かに安全である。

安全なはずだった。

そして数日後。

机の上に、小さな指輪が置かれた。

銀色の細い輪。中央には、小さな青い石。派手ではない。けれど、どこか澄んだ印象のある、爽やかな色。

彼女の中でのイメージは、いつもの通りだった。

スピカさんカラー。

明るくて。澄んでいて。前を向かせてくれるような色。

「できた……」

彼女は、満足げに呟いた。

ノートには、こう書かれている。


『真・最強メンタル計画V8 試作品』

『分類:日常装着型アクセサリー』

危険要素:なし』

『スピカさん要素:色味と概念のみ』

『結論:今回は本当に安全』


今回は本当に安全。

過去にも似たようなことを書いていた気がするが、本人は気にしなかった。


── 概念だけで、十分すぎた ──

「よし……」

指輪を手に取る。

自分用の試作品なので、サイズは自分の指に合わせてある。

どの指にはめるか。

少し迷って、彼女は自然に左手を出した。

そして。

なぜか。

薬指にはめた。

「おお……!」

ぴったりだった。思った以上に、よくできている。邪魔にならない。軽い。指を曲げても違和感が少ない。石も小さくて作業の邪魔にならない。

完璧だった。

「これなら日常でも……」

そこで、彼女は気づいた。

左手。

薬指。

指輪。

ぴたり、と。

体が止まった。

「……薬指」

声が震えた。

ただの試作品である。ただサイズが合っただけである。意味などない。

ない。

ないはずだった。

けれど。

脳は勝手に走り出した。

左手の薬指に、指輪。自分の指にある指輪。

そして、なぜか浮かんでしまう。

スピカさんが。

スピカさんが、指輪を持って。

優しく笑って。

こちらの手を取って。

『よく頑張りましたね』

そんな声で。

薬指に。

「――――」

耐えられなかった。

音もなかった。映像もなかった。匂いもなかった。味もなかった。触覚刺激もなかった。

ただ、概念があった。

概念だけで、十分すぎた。

彼女は胸に手を当てた。指輪のついた左手を、大事そうに重ねた。

そして、幸せそうな顔で。

すう、と意識を手放した。


── 起きたら自分で外してもらおう ──

夕方。

「ただいまー」

バイトを終えた同室の子が、寮の部屋に戻ってきた。手には小さな紙袋。出版社の先輩が帰り際に「余ったから」と、焼き菓子を少し持たせてくれたものだった。

「あの子、喜ぶかな」

そう思いながら扉を開けて。

止まった。

部屋の空気が、おかしい。

静かすぎる。

机の前に、問題児がいない。

いや、いた。

床ではない。椅子から落ちてもいない。ベッドの上でもない。

椅子に座ったまま、机に少し寄りかかるようにしている。

両手を胸元に重ねて。

幸せそうに。

それはもう、満ち足りた顔で。

気絶していた。

「…………」

同室の子は、紙袋をそっと机の端に置いた。そして、深く息を吸う。

「今度は何……?」

声が低かった。怒っているというより、覚悟を決める声だった。

見た目だけではわからない。これが一番怖い。

音声なら、聞かなければいい。VRなら、ゴーグルを外せばいい。匂いなら、息を止めればいい。食べ物なら、口に入れなければいい。

でも、静止画の時があった。隠れスピカさんの時もあった。見た瞬間に終わるタイプが存在する。

だから油断してはいけない。

同室の子は、目を細めた。できるだけ視界に情報を入れないようにする。部屋全体を見ない。机の上を見ない。壁も見ない。天井も見ない。

薄目で、問題児のノートだけを探す。

あった。

いつものノート。表紙には、堂々と書かれている。

『真・最強メンタル計画V8』

「……来たか」

来てしまった。

同室の子は、もはや驚かなかった。驚かない自分が少し悲しかった。

ノートを開く。最初のページ。

『日常に溶け込む幸せ』

「……うん」

すでに危ない。

次のページ。

『親友にもらったブレスレットを見て気づいた』

同室の子の指が止まる。

「……私?」

ページを読み進める。

『親友がくれたブレスレットは大切なので実験対象にしない』

『もし没収されたら泣く』

『だから別の形にする』

同室の子は、一瞬だけ表情をやわらげた。

「……そこは、ちゃんと考えたんだ」

ちゃんと、ではないかもしれない。けれど、大切にしてくれているのは伝わった。

胸が少しだけ温かくなる。

しかし、次の行で現実に戻された。

『ならば指輪型にしよう!』

「なんで?」

素で言った。

どうしてそうなるのか。いや、流れはわかる。装飾品としては自然だ。ブレスレットを避けたのもわかる。小さいから安全という発想も、まあ、わからなくはない。

でも、なぜ指輪。

しかも嫌な予感がする。

同室の子はページをめくる。

彫金。鋳造。石留。研磨。素材選定。安全チェック。金属アレルギー配慮。プロトタイプ設計。

「……なんでできるの、この子」

何度目かわからない呟きが漏れた。

しかも、普通に出来が良さそうなのが腹立たしい。いや、腹立たしいというより、もったいない。この才能をどうして毎回危険な方向に使うのか。

さらにページを進める。

『スピカさんカラー』

「うん、まあ、そこはそうだよね」

もう慣れた。

『音なし。映像なし。匂いなし。味なし。触覚刺激なし』

『今回は本当に安全』

同室の子は目を伏せた。

「その言葉、何回見たかな……」

ページをめくる。

『装着試験』

『サイズぴったり』

『左手薬指』

同室の子の手が止まった。

ゆっくりと、顔を上げる。

問題児を見る。

幸せそうに、胸に手を重ねている。左手が上。薬指に、小さな指輪。銀色の輪。青い石。

すごくかわいい。悔しいくらい、よく似合っている。

けれど。

同室の子は、すべてを理解した。

「……ああ」

今回は、物理的な危険物ではない。音でもない。映像でもない。香りでもない。味でもない。触覚でもない。

概念。

左手薬指という概念。指輪という概念。スピカさんカラーという概念。

それを本人が勝手に結びつけて、勝手に耐えられなくなった。

「……もう、どうすればいいの」

同室の子は頭を抱えた。


指輪を外さなければいけない。

たぶん、それで目を覚ます。

でも。

問題児の両手は、胸元でしっかり組まれていた。指輪のついた左手を、右手で守るようにしている。幸せそうに。大事そうに。絶対に離したくないと言わんばかりに。

同室の子は悟った。

今回の抵抗は、きっと激しい。

過去にもあった。ヘッドホンを外そうとしたら無意識に抵抗した。VRゴーグルを外そうとしたら本能で掴んだ。シーツにしがみついた。椅子にしがみついた。危険物から離そうとするたび、彼女は気絶中でも謎の粘りを見せた。

そして今回は。

指輪。しかも薬指。しかも自作。しかもスピカさんカラー。しかも本人の頭の中では、たぶんものすごいことになっている。

「……まずい」

「起きて。ねえ、起きて」

反応なし。

「それ、外すよ」

ぴくり。

問題児の指が動いた。同室の子の目が細くなる。

「……聞こえてるよね?」

もちろん、意識はない。だが、本能は聞いている。

同室の子はそっと左手に触れようとした。その瞬間。

ぎゅっ。

問題児の右手が、左手をさらに強く握った。

「やっぱり!」

同室の子は叫んだ。予想通りだった。いや、予想以上だった。

気絶しているのに、守りが固い。

指輪を守るというより、夢を守っている。

「これは違うから! スピカさんからもらった指輪じゃないから! 自作だから!」

「……すぴかさん……」

小さな寝言。

同室の子が固まる。

「……今、反応した?」

「……ゆびわ……」

「だめだこれ!」

完全に夢の中で走っている。しかも、絶対に幸せな方向へ全力疾走している。


同室の子は決断した。

力ずくで外すしかない。

けれど、相手はウマ娘である。気絶していても力が強い。ましてや、幸せを守る時のこの子は謎に強い。

「ごめんね、あとで怒られてもいいから外すよ!」

まず、右手をゆっくり剥がそうとした。

動かない。

「んんっ……!」

力を込める。

動かない。どうして。気絶しているのに。

次に、指を一本ずつ外そうとする。

一本外れる。次の一本を外そうとすると、最初の一本が戻る。

「器用!」

気絶中に器用な抵抗をしないでほしい。

同室の子は一度離れた。作戦変更。

説得する。

「ねえ、聞こえる? これは没収じゃないよ。検査。安全確認。たづなさんに提出する前に、私が確認するだけ」

「……だめ……」

「返事した!?」

意識はない。でも返事はした。怖い。

「じゃあ、外さないから。ちょっと見るだけ」

「……だめ……」

「警戒心だけ高い!」

普段もその警戒心を持っていてほしい。

同室の子は深呼吸した。

もう一度ノートを見る。危険要素は本当に少ない。物理的には、たぶん安全。精神的には、本人限定で危険

ならば、指輪を見せないようにするだけでもいいかもしれない。

同室の子はハンカチを取り出した。指輪ごと左手を包む作戦。見えなければ、少し落ち着くかもしれない。

そっと近づく。左手にハンカチをかける。

問題児の表情が、少しだけ揺れた。

「……すぴかさん……?」

「違うよ。私だよ」

「……親友……」

同室の子の手が止まった。

寝言なのに。その声が、あまりにも安心しきっていた。

少し、ずるい。

こういうところがあるから、怒りきれない。

同室の子は、ため息をついた。

「そうだよ。親友だよ。だから、危ないことしないで」

「……うん……」

「本当に?」

「……たぶん……」

「そこは言い切って」

眠ったままの返事に、同室の子は苦笑した。

ハンカチで指輪を隠すと、問題児の呼吸が少し落ち着いた。

いける。

そう思って右手を外そうとした瞬間。

「……すぴかさんから……」

ぎゅう。

「違うってば!」

防御が戻った。強い。あまりにも強い。

同室の子は、最終手段を考えた。

たづなさんを呼ぶ。

ただし、それはつまり、この指輪が正式に危険物リスト入りする可能性が高いということでもある。問題児がそれを望まないことはわかる。しかも、今回はブレスレットを大切にしてくれた結果、別の形にしたのだ。

危ないけれど、悪意はない。いつものことだが、悪意は本当にない。

同室の子はしばらく迷った。

そして、小さく呟いた。

「……起きたら、自分で外してもらおう」

無理に外すのはやめた。

その代わり、ハンカチで指輪を隠したまま、問題児の姿勢を整える。机にぶつからないように。首が痛くならないように。椅子から落ちないように。

それから、ブレスレットに視線を落とす。

自分が贈ったもの。危ないことを踏みとどまってほしいと思って渡したもの。

その結果。

危ないことの発想源になった。

「……そうなる?」

同室の子は、少し泣きそうな顔で笑った。

でも、ブレスレット自体は大切にしてくれている。

それだけは、嬉しい。

嬉しいのに。

どうしてこんなことになるのか。


しばらくして、問題児がうっすら目を開けた。

「……あれ……?」

「起きた?」

「……なんか、すごく幸せな夢を見てた気がする」

「内容は言わなくていい」

「えっ」

「言わなくていい」

同室の子の声が真剣すぎたので、問題児は黙った。

そして、自分の左手がハンカチで包まれていることに気づく。

「あっ、指輪……!」

「うん。指輪」

「見た!? どう!? かわいい!?」

「かわいい」

「ほんと!?」

「かわいい。すごくよくできてる」

問題児の顔がぱあっと明るくなる。純粋に褒められて喜ぶ顔だった。

同室の子は、少しだけ胸が痛くなる。

だからこそ、ちゃんと言わなければいけない。

「でも、左手薬指はだめ」

「……えっ」

「だめ」

「でもサイズが……」「だめ」「試作品で……」「だめ」「安全確認は……」「だめ」

同室の子は、短く言い切った。

問題児はしゅんとした。

「……だめかあ」

「だめだよ。自分で気絶したでしょ」

「……しました」

「理由は?」

「……想像しました」

「何を?」

「……言わない方がいい気がします」

「えらい」

そこは成長していた。

「とにかく、指輪型はたづなさんに報告」

「えっ」「報告」「没収……?」「そこは相談。でも少なくとも、薬指装着は禁止」

「うう……」

「あと、スピカさんカラーで作るのも危険

「それは……」「危険」「……はい」

問題児は、名残惜しそうに指輪を見る。ハンカチの中に隠れていても、そこにあることはわかる。大事そうにしている。

けれど、今度は暴れなかった。

同室の子が、少しだけ表情をやわらげる。

「作る技術はすごいよ」

「……ほんと?」

「ほんと。普通にすごい。だから、危なくない方向に使って」

「危なくない方向……」

「たとえば、普通のアクセサリー作りとか」

「普通のアクセサリー……」

問題児は考える。じっと考える。

そして、左手首のブレスレットを見る。

親友がくれたもの。自分を思って選んでくれたもの。

しばらく眺めて。

「……じゃあ」

小さく言った。

「今度、親友に似合うアクセサリー作ってもいい?」

同室の子は、目を丸くした。

危険物ではなく。メンタル計画でもなく。スピカさん要素でもなく。

自分に似合うもの。

同室の子は、少しだけ言葉に詰まった。

それから、そっぽを向いて言う。

「……危ない仕掛けなしなら」

「なし!」

「スピカさん概念なし」

「……なし」

「今、間があった」

「なし!」

「薬指用じゃない」

「じゃない!」

「たづなさんに企画書見せてから」

「それは……はい」

問題児はうなずいた。同室の子はため息をつく。

また、たづなさんの仕事が増える。

でも。

ほんの少しだけ、楽しみでもあった。

問題児の技術は本物だ。方向さえ間違えなければ、きっと素敵なものが作れる。

方向さえ。

方向さえ間違えなければ。

「……本当に、危ないのはだめだからね」

「うん」

「あと、私があげたブレスレットを見て新計画ひらめくのも、できればやめて」

「それは……」

「それは?」

「……努力します」

「そこも言い切って」

問題児は困ったように笑った。同室の子も、つられて少し笑った。

机の上には、真・最強メンタル計画V8のノート。

その最後のページには、赤ペンで大きく書かれることになる。


『指輪型は危険。特に左手薬指は絶対禁止』

『概念だけで気絶するため、物理的安全性とは別枠で評価すること』

『ただし、彫金技術は普通にすごい』

『スピカさん概念を抜けば、アクセサリー制作として将来性あり』

『親友へのプレゼント案は、要監修』


そして、その下に。

問題児本人の字で、小さく追記される。

『親友に似合うものを作る』

『危なくしない』

『たぶん』

その『たぶん』は、すぐに赤ペンで囲まれた。


── 反省と、作り直し(V8.1) ──

机の上に開かれたノート。真・最強メンタル計画V8のページ。

その前で、例のウマ娘は正座していた。

椅子ではない。床に正座である。

理由は、反省しているからだった。

「……反省しています」

ぽつり、と呟く。

目の前には、例の指輪がある。

銀色の細いリング。小さな青い石。控えめで、かわいらしくて、そして左手薬指に装着した瞬間、本人を幸せそうに意識ごと手放させてしまった概念兵器。

物理的には安全だった。

音も出ない。映像も出ない。匂いもしない。味もしない。振動もしない。魔力的な仕掛けもない。素材も問題ない。肌当たりもよかった。

なのに、倒れた。

原因は明白。

指輪。薬指。スピカさんカラー。

その三つが、彼女の脳内で勝手に最強の連携をしてしまったのである。

「……つまり」

彼女は、真剣な顔でノートを見つめた。

「指輪が悪いわけじゃない」

そう。指輪は悪くない。

「薬指が悪い」

少し違う。

「スピカさんカラーが強すぎた」

これはかなり正しい。

「そして、私の想像力が……」

彼女は視線を落とした。

「ちょっと強かった」

だいぶ強かった。

それを、同室の子に言われた。たづなさんにも言われた。

まずは安全な形に作り直すこと。スピカさん概念を抜くこと。装着位置と用途を明確にすること。誰が着けても不必要な想像に走らないデザインにすること。そして、作る前に企画書を出すこと。

今回、それはやった。やったのである。

机の横には、きちんとまとめられた企画書が置かれている。


『真・最強メンタル計画V8.1』

『目的:安全な日常用指輪としてV8を再設計する』

『反省点:

・左手薬指に装着した

・スピカさんカラーを使用した

・本人の想像力に対するリスク評価が足りなかった

・完成後すぐに装着試験をした』

『改善方針:

・薬指専用ではなく、サイズ調整可能なフリーリング構造にする

・色はスピカさんカラーではなく、落ち着いた淡い若草色にする

・石は目立ちすぎない小粒

・装飾テーマは"親友への感謝"

・装着テストは同室の子、たづなさん確認後

・本人単独での装着試験は禁止』

『禁止事項:

・スピカさんカラー

・左手薬指

・おそろい概念

・永遠概念

・約束概念

・見守ってくれる概念

・スピカさんがはめてくれる想像』

『備考:

危なくしない』


その最後の一文に、同室の子の赤ペンが入っている。

『今回は「たぶん」がない。えらい』

それを見て、彼女は少しだけ胸を張った。

成長している。ちゃんと成長している。

方向を間違えないように、今度こそ慎重に進む。

「よし」

彼女は立ち上がった。なんちゃって白衣の袖をまくる。

そして、作業台に向かった。


── 今回は、相手がいる ──

今回の彼女は、本当に慎重だった。

まず、V8の指輪を分解するところから始めた。ただし、完全に壊すわけではない。失敗作として扱うのではなく、反省資料として残す。

石の留め方。リングの厚み。内側の磨き。指への当たり方。全体のバランス。

よかった点は記録する。悪かった点も記録する。

記録しながら、彼女は「意味が強すぎる」という言葉を繰り返した。

ものづくりにおいて、意味は大事だ。誰かに贈るものなら、なおさら。

けれど、強すぎる意味は、人を倒す。

これは、今回の学びである。

「意味は、込めすぎない」

ノートに書く。

『日常用アクセサリーは、毎日使えることが大事』

『見るたびに気絶するものは日常用ではない』

当たり前のことだった。しかし、この当たり前にたどり着くまでに、彼女はV8まで必要だった。それでも、たどり着いたのだ。


彼女は真剣に作業を始めた。

金属を選ぶ。今度は光沢を抑える。派手に輝きすぎない、やわらかな印象の素材。

形は細く、丸みを持たせる。角をなくす。服や髪に引っかからないようにする。走る時にも邪魔にならないようにする。

石は小さく。

色は、淡い若草色。

同室の子の雰囲気を思い出す。

いつも隣で呆れている。でも、見捨てない。赤ペンを持ってくれる。危ない時は止めてくれる。危ないものを作っても、才能ごと否定しない。

春の草みたいだと思った。

踏まれても、また伸びる。派手ではないけれど、そこにあると安心する色。

それを石にしたかった。

だから今度は、スピカさんカラーではない。

スピカさんではない。

親友の色。

「……うん」

彼女は、小さく頷く。


前回とは違った。

前回は、自分の中のスピカさんへの憧れを形にしていた。

今回は、相手がいる。

親友がいる。

自分が幸せになるためではなく、親友に「使ってもいいかな」と思ってもらうため。

それは、彼女にとって初めてに近い作り方だった。

だからこそ、真剣だった。


鋳造も、前回より綺麗だった。型の作りが丁寧になっている。金属の流れを考えている。厚みのムラを減らしている。冷却後の歪みも少ない。

彫金も細かい。

派手な模様は入れない。代わりに、リングの側面にほんの少しだけ、葉のような曲線を入れた。

よく見なければわからない。でも、光が当たると少し表情が出る。

石留めも、前回よりずっと安定していた。爪が小さい。でも弱くない。石を主張させすぎず、しっかり支えている。

研磨も、内側まで丁寧だった。指に触れる部分は、柔らかく。外側は、やりすぎない光沢。手作りの温かさは残しつつ、粗さはない。

作業している彼女自身も、途中で何度か驚いた。

「……できる」

できる。前より、ずっとできる。

V8で覚えた技術が、V8.1で整理されている。

ただ勢いで覚えたものが、今度はちゃんと使えている。

目的がはっきりしているからだ。

危険物ではなく、贈り物。

自爆装置ではなく、日用品。

スピカさん概念ではなく、親友への感謝。

その違いが、手元にも出ていた。

途中で一度だけ、スピカさんのことが頭をよぎった。

彼女は、作業を止めた。

水を飲んで。

ノートに書く。

『今は親友用』

それだけ書いて、また手を動かした。


── 作品 ──

「……できた」

小さく呟く。

完成した指輪を、彼女はピンセットでそっと持ち上げる。

小さな淡い若草色の石が、静かに光った。

派手ではない。

見る者を殴るような強さはない。

でも、やさしい。

机の上に置くと、すっと馴染む。毎日使っても邪魔にならなさそうで、でも、ふと見た時に少し嬉しくなる。

彼女は息をのんだ。前回より、明らかに良かった。完成度が上がっている。

自分でもわかった。

そして、すぐに手を止めた。

着けない。

今回は、着けない。

単独装着試験は禁止。

彼女は、深呼吸した。少しだけ、指がうずいた。

でも、我慢した。我慢できた。そのことに、自分で少し驚いた。

「……えらい」

自分で言った。

そして、ノートに書く。

『完成』

『単独装着試験はしない』

『親友とたづなさんに確認してもらう』

『危なくしない』

今度は、本当に「たぶん」がなかった。


夕方。

「ただいまー」

ドアを開ける。

そして、まず部屋の空気を確認する。

静か。妙な匂いはない。音もない。床に倒れている親友もいない。椅子にもたれかかって幸せそうに気絶している親友もいない。

机の前に、彼女は座っていた。背筋を伸ばして。少し緊張した顔で。

「おかえり」

「……ただいま」

同室の子は、まず警戒した。

「今日は倒れてないね」

「倒れてない」

「装着試験は?」

「してない」

「本当に?」

「本当に」

即答だった。同室の子は少し目を丸くした。

「……えらい」

「えへへ」

褒められて、彼女の表情がゆるむ。しかし、今日はそこで暴走しない。

机の上には、小さな箱がある。その横に、企画書。さらに、赤ペンで修正されたV8の反省ページ。

同室の子はそれを見て、少しだけ表情をやわらげた。

「作り直したの?」

「うん。V8.1」

「名前はちょっと不安だけど」

「安全な指輪です」

「その言い方も不安だけど」

「今回は本当に……」

言いかけて、彼女は止まった。そして言い直す。

「安全確認してもらうために、まだ着けてません」

同室の子の眉が動く。

それは、かなり大きな成長だった。


「……見てもいい?」

「うん」

「スピカさんカラーじゃない?」「違う」「薬指専用じゃない?」「違う」「おそろい概念とか、永遠概念とか、約束概念とか入ってない?」「入れてない」「見守ってくれる概念は?」「……ちょっとだけ入れそうになったけど、消した」

「えらい」

「えへへ」

同室の子は、小さな箱を開けた。

そして、言葉を失った。

中に入っていたのは、指輪だった。細身で、丸みのあるリング。淡い若草色の小さな石。控えめな葉のような彫り。光沢はやわらかく、派手ではない。

でも、綺麗だった。

とても綺麗だった。

前回の指輪も、出来は良かった。けれど、これは違う。仕上がりが一段上がっている。粗さが消えている。全体のまとまりがある。「作ってみた」ではない。ちゃんと完成品になっている。

「……これ」

同室の子は、慎重に指輪を見た。

「本当に、あなたが作ったの?」

「うん」

「全部?」

「うん。石も、前よりちゃんとカットした」

「カットも?」

「うん」

「……なんでできるの?」

その言葉には、呆れと驚きと、少しの誇らしさが混ざっていた。

彼女は照れたように笑う。

「前回、いろいろ覚えたから」

「覚えたからって、普通ここまで上がらないんだよ」

「そうなの?」「そうだよ」


「……これ、誰用?」

彼女は少し背筋を伸ばした。

「まずは安全な指輪として作り直したもの。だけど」

少し間を置いて。

「できれば、親友に似合うか見てほしい」

同室の子は、指輪を見つめた。

自分に似合うか。そう聞かれたのだとわかった。

胸の奥が、少しだけ熱くなる。

でも、ここで流されてはいけない。

「……たづなさんに見てもらってからね」

「うん」「私が今すぐ着けるのはだめ」「わかってる」「薬指には着けない」「うん」「スピカさんの話もしない」「うん」

同室の子は、そこでようやく小さく笑った。

「じゃあ、見た目だけなら」

「うん」

「すごく、かわいい」

その瞬間、彼女の耳がぴんと立った。

「ほんと!?」「ほんと。前よりずっといい」「ほんとに!?」「うん。正直、びっくりした」「やった……!」

両手を握る。跳ねそうになるのを我慢している。同室の子はそれを見て、少し笑った。

「でも、完成度が上がりすぎて別の意味で怖い」

「えっ」

「プロが作ったみたい」

「えへへ……」

「褒めてるけど、同時に怖がってる」

「えっ」


翌日。

たづなさんは、理事長室の応接テーブルの前で、静かに資料を読んでいた。目の前には、例のウマ娘。その隣に、同室の子。そして机の上には、小さな箱。

「真・最強メンタル計画V8.1……」

たづなさんは、タイトルを読み上げてから、少しだけ眉間を押さえた。

「名前は、後で相談しましょう」

「はい……」

「ですが、企画書は前回よりずっと良くなっています」

例の子の耳が揺れる。

「反省点が具体的です。禁止事項も明確です。単独装着試験をしなかった点も評価できます」

「はい!」

「ただし」

空気が締まる。

「"安全な指輪"という言葉だけで安全と判断してはいけません。特にあなたの場合は」

「はい……」

「物理的安全性と、心理的・概念的影響を分けて評価する必要があります」

「はい」

たづなさんは、箱を開けた。

そして。

黙った。

同室の子は、その反応を見逃さなかった。たづなさんは、表情こそ崩さない。けれど、ほんの一瞬、目が止まった。

それほどの出来だった。

「……これは」

たづなさんは、慎重に指輪を取り出さず、箱に収めたまま観察する。

「本当に、あなたが?」「はい」「石の加工も?」「はい」「石留めも?」「はい」「研磨も?」「はい」

たづなさんは、ゆっくり息を吐いた。

「……技術面については、専門の先生にも確認していただく必要がありますね」

「だめでしたか……?」

「いえ」

たづなさんは、少しだけ目元をやわらげた。

「逆です。想定以上です」

例の子の表情がぱっと明るくなる。その瞬間、たづなさんはすかさず言った。

「ただし、調子に乗らない」

「はい!」

同室の子が隣で小さく頷いた。


「理事長には、後で私から説明します」

「お願いします」

同室の子が即答した。例の子も深く頷いた。

そして、同室の子とたづなさんは、同時に同じ未来を見た。

理事長がいた。これほど完成度の高い指輪を見たら、絶対に目を輝かせる。

そして、言う。

『試着ッ! 安全確認のために必要であるッ!』

たづなさんは、箱を閉じた。


専門の先生が呼ばれた。

工芸系の指導経験がある外部講師。宝飾加工にも詳しい人物。

最初は、たづなさんからの依頼ということで軽い確認のつもりだった。学生が作った指輪。安全性を見る。危険な突起がないか。石が外れやすくないか。肌に触れる部分が荒れていないか。

その程度の予定だった。

しかし、箱を開けた瞬間。

外部講師は沈黙した。

「……これを」

指輪を見る。

「この子が?」

たづなさんが頷く。

「いつから習っているんです?」

「今回が実質的には二作目と聞いています」

「二作目?」

外部講師の声が一段変わった。

「二作目でこれですか?」

外部講師は、箱から慎重に指輪を取り出し、ルーペで確認する。石留め。爪の処理。リング内側。側面の彫り。石のカット面。全体の重量バランス。見るほどに、表情が真剣になっていく。

「……粗はあります」

例の子の耳が少し下がる。

「ですが、それは経験不足由来のものです。設計意図は明確ですし、仕上げはかなり丁寧です。特に内側の処理が良い。日常用として着ける人のことを考えています」

「はい……!」

「石のカットも、完璧ではありませんが、狙いがありますね。色を強く出しすぎないようにしている」

「はい! あまり目立ちすぎない方がいいと思って」

「それができている」

外部講師は、少し困ったように笑った。

「正直、驚きました。きちんと学べば、かなり伸びます」


「ただし」

外部講師が続ける。

「工具や設備を扱うなら、必ず正式に学んでください。独学で進めるには危ない工程があります」

「はい」

「特に鋳造と石の加工は、きちんと安全管理を覚えること。才能があっても、そこを飛ばしてはいけません」

「はい!」

例の子は、今度は真面目に返事をした。

外部講師は、指輪を箱に戻す。

「これは、作品としては十分に見られるものです。ただ……」

少し迷ってから、たづなさんを見る。

「どういう経緯で作られたんですか?」

同室の子とたづなさんの顔が、同時に固まった。

例の子は口を開きかけた。同室の子がすっと手で制した。

「安全な日常用アクセサリー制作の練習です」

端的だった。たづなさんも頷いた。

「はい。安全な制作活動への方向修正の一環です」

外部講師は、何かを察したように、それ以上は聞かなかった。

「……なるほど。良い方向だと思います」

大人の対応だった。


── 次も、危なくしない ──

その日の夜。

同室の子は、机の上の箱を見ていた。

指輪は、たづなさんの許可のもと、いったん同室の子が預かることになった。ただし、装着はまだしない。最終確認が終わってから。

例の子は、ベッドの上で膝を抱えている。

「……どうだった?」

「すごかった」

「ほんと?」

「うん。先生も驚いてた」

「……そっか」

例の子は、少し照れたように笑った。でも、いつものように跳ね回らない。今回は、静かに喜んでいる。

同室の子は、それに気づいた。

「嬉しい?」

「うん」

「気絶しそう?」

「……ちょっと」

「だめ」

「……ん」

二人は少し笑った。

それから、例の子がぽつりと言った。

「前はね」

「うん」

「スピカさんに褒められたいって気持ちが、ずっと強かったんだと思う」

同室の子は黙って聞いた。

「今も、それはあるけど。でも、今回は、親友に使ってもらえたら嬉しいなって思って作った」

「うん」

「そうしたら、前よりちゃんと作れた気がする」

同室の子は、箱に手を置いた。

「ちゃんと作れてるよ」

「……ほんと?」

「ほんと」

少しの沈黙。

それから、同室の子が言った。

「最終確認が終わったら、着けてみる」

例の子の耳がぴんと立った。

「ほんと!?」

「薬指以外で」

「うん!」

「学校に着けていけるかは、たづなさんに確認してから」

「うん!」

「あと、見て気絶しないで」

「がんばる!」

「そこは言い切って」

「気絶しません!」

言い切った。

同室の子は満足そうに頷いた。

そして、赤ペンを持った。

ノートのV8.1ページを開く。最後に、こう書き加える。


『V8.1評価』

『物理的安全性:良好』

『概念的危険性:大幅低下』

『スピカさん要素:排除成功』

『技術品質:前回より大幅向上。専門家評価でも高い』

『本人単独装着試験をしなかった:大きな成長』

『親友用アクセサリーとしては、最終確認後に使用検討』

『注意:完成度が上がりすぎて企業や専門家がざわつく可能性あり』


「企業や専門家がざわつく?」

「ざわつくよ」

「なんで?」

「プロレベルだから」

「えへへ……」

「褒めてるけど、勝手に次を作らない」

「はい!」

同室の子は、少し考えてから、さらに一行書いた。

『V8.1は、危険物ではなく作品に近づいた』

例の子は、その文字をじっと見つめた。

危険物ではなく。

作品。

その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。

今まで作ってきたものは、たしかに失敗だらけだった。危険だった。迷惑もかけた。たくさん怒られた。たくさん止められた。

でも。

それでも、手を動かしてきた。考えてきた。失敗して、直して、また作った。

その先に、初めて「作品」と言ってもらえた。

「……作品」

小さく呟く。

「うん。作品」

「……そっか」

例の子は、ブレスレットを見る。

親友がくれたもの。あの日、それを見て幸せになって、危ない発想に走った。

でも、その発想は、少しだけ形を変えた。

今は、親友に喜んでもらうための指輪になった。

まだ危なっかしい。まだ監修が必要。たぶん、これからも何かやらかす。

けれど。

少なくとも、今日は。

彼女は倒れなかった。

指輪も、誰かを倒すためのものではなくなった。

机の上の箱の中で、淡い若草色の石が、静かに光っている。

派手ではない。強すぎない。

でも、確かに綺麗だった。

そして、ノートの最後には、彼女自身の字でこう書かれた。

『次も、危なくしない』

少し迷って。その下に、もう一行。

『ちゃんと作品にする』

今度は、赤ペンで囲まれなかった。


掲示板①:【概念兵器】真・最強メンタル計画V8について語るスレ【左手薬指禁止】

スレ主:また例の子がやったらしい / 今回は音?映像?全部外れ。概念。

掲示板には、困惑と笑いが入り混じっていた。

「真になってからもう8まで来たの?」という声に対し、「旧計画も含めたら何個目?」「数えようとすると頭痛くなるからやめよう」という返しが続く。

今回の分類は全員が見当違いだった。音でもなく、映像でもなく、匂いでもない。触覚でもない。

概念兵器。

「左手薬指という概念。指輪という概念。スピカさんカラーという概念。それを本人が繋いで、勝手に吹っ飛んだ」

という報告を受けて、スレは静まり返った。

「待って、物理的には何もない?」

「何もない。音も光も香りも何もない」

「それで気絶した?」

「気絶した」

「……この子、もう自分自身が危険物なのでは」

しばらく議論が続く。しかし、最後には共通の結論が出る。

「そういえば、今回ちゃんと企画書を出してたらしい」

「前回よりまとまってたって」

「それはえらい」

「えらいけど気絶した」

「えらくて気絶した」

「……成長しているのかしていないのか」

「両方だと思う」


掲示板②:【二作目】例のトレセン生、V8.1でブランドレベルの品質を出した件【採用会議】(企業板)

企業板のスレが立ったのは、専門家評価から数日後だった。

スレ主:例のトレセン生、V8.1の指輪が専門家評価でかなりまずいことになってる

「まずいって危険物的な意味?」

「違う。品質がブランドレベル」

「は?」

「二作目でブランドレベルは言い過ぎでは?」

「言い過ぎだと思うじゃん? 実物見た人がだいたい沈黙した」

「沈黙はわかる。良いもの見た時ほど最初に黙る」

スレに添付された評価内容を見て、宝飾関係者たちが静かになる。

細身のフリーリング。淡い若草色の石。葉のような控えめな彫り。光沢は抑えめ。日常使い前提で、内側処理がかなり丁寧。石の高さも低めで、服や髪に引っかかりにくい。全体として「目立ちすぎないけど、手元を見ると少し嬉しくなる」デザイン。

「怖い。危険物の時より怖い」

「今回、危険性は低いんでしょ?」

「低い。スピカさんカラー排除。薬指専用排除。約束概念、永遠概念、おそろい概念も排除。デザインテーマは親友への感謝」

「急にまとも」

「まともになった瞬間、品質で殴ってきた」

採用担当が「スカウト可能か?」と打ち込むと、法務が即「競技規則確認中」と返す。

「たづなさん、その辺もう釘刺してると思うよ」

「釘を刺し終えた後に理事長が飛び込んでくる未来が見える」

「見える。確実に見える」

「理事長、指輪見た瞬間に試着ッ!って言う」

「それをたづなさんが全力で止める」

「そしてその後に理事長、友情の指輪について何か考え始めてたづなさんに全力阻止される」

「毎回同じ流れになるのすごい」

「あの二人の関係、もう様式美だよな」


そして、企業板の最後に一行書かれた。

危険物製作者を採用したいのではなく、ちゃんと作品を作れるようになった時に声をかけたい」

それだけで、スレは静かになった。