真・最強メンタル計画V4(概念コラボメニュー)
── 五感、残り一つ ──
「うーん……」
机の前で、一人のウマ娘が唸っていた。
開かれたノートの表紙には、力強い文字でこう書かれている。
真・最強メンタル計画V4
音声。
VR。
隠れスピカ。
幾度となく倒れ、幾度となく封印され、それでも前へ進み続けてきた。
そして今回も、彼女の思考は止まっていた。
「旧V4……立体化計画……」
彼女は赤ペンだらけになった過去のノートをめくる。
旧V4。
動かない画像ですら危険なら、音も動きもない造形物なら安全なのではないか、という発想から始まった計画だった。
未遂で阻止。
「でも、方向性は悪くなかったはず……」
「スピカさんの存在を、日常に溶け込ませる……。環境化……。でも、立体物を置くと目立つ。持ち歩くのも不自然。じゃあ、もっと自然に……もっと生活の中に……」
唸る。
唸り続ける。
何も浮かばない。
彼女は椅子から立ち上がった。
「糖分を取ろう」
冷蔵庫を開ける。
中から取り出したのは、カップアイス。
蓋を開けると、爽やかな青色が目に入った。
「……青」
スプーンですくう。
ぼんやりと眺める。
爽やかで、涼しげで、どこか空を思わせる色。
その瞬間。
彼女の脳内に、雷が落ちた。
「――これだ」
「味覚だ……!」
彼女は勢いよく机へ戻った。
ノートを開く。
ペンを握る。
**真・最強メンタル計画V4
概念コラボメニュー**
「見る、聞く、触れる、嗅ぐ……いろいろ試してきた。でも、まだ残っていた。生活に自然に溶け込むもの。毎日でも無理なく取り入れられるもの」
「食事!」
「日常的に摂取することで、スピカさん成分を補給。精神力の維持、回復力の向上、トレーニング効率の改善。しかも栄養バランスも考えれば、純粋に身体にもいい」
完璧だった。
本人の中では。
「オーナーさんにも言われた。食べ物で遊んじゃダメって」
彼女は真剣な顔で頷く。
「だから、遊びじゃない。妥協のないメニュー開発。栄養、味、見た目、意味。全部ちゃんと考える」
そういうことではない。
── 試作品完成 ──
数時間後。
彼女の机の上には、試作品が並んでいた。
一つは、青みがかった爽やかな色のドリンク。
透明感があり、見た目はかなり綺麗だった。
もう一つは、小さな軽食。
食べやすく、崩れにくく、練習後でも口にできそうなサイズ。
「いい……」
彼女は満足げに頷いた。
「見た目も綺麗。香りも強すぎない。味も調整した。栄養バランスも悪くない」
そして、ドリンクの入ったタンブラーを手に取る。
倒してもこぼれにくい蓋付きタンブラー。
「過去の反省を活かしている……!」
気絶した時にこぼしてはいけない。
その発想が出ている時点で、かなり危険だった。
だが本人は、安全対策だと思っている。
「まずは試飲」
タンブラーを口元へ運ぶ。
一口。
爽やかな甘さが広がった。
ほんの少し酸味があり、喉を通る感覚は軽い。
「……おいしい」
彼女は目を細めた。
「これなら、ちゃんと食品として成立してる。大丈夫」
もう一口。
爽やかな青。
優しい甘さ。
どこか、配信の向こうから届く声を思わせるような透明感。
『頑張ってください』
聞こえるはずのない声が、脳内で再生された気がした。
「……あ」
彼女の耳がぴくりと動いた。
「なんだか……声が……」
タンブラーを握る手に力が入る。
「スピカさんが……応援して……」
そのまま、彼女は椅子の上で静かに傾いた。
だが、倒れなかった。
過去の経験によって、椅子の背もたれに寄りかかる形で止まった。
タンブラーもこぼれない。
しっかり握ったまま。
実に安全対策の行き届いた気絶だった。
── 同室の子、飲まない ──
夕刻。
「ただいまー」
同室の子が帰ってきた。
部屋に入る。
そして、足を止める。
見慣れた光景があった。
机。
ノート。
試作品らしき何か。
そして。
椅子に座ったまま、幸せそうに気絶している友人。
「……またかぁ」
同室の子は、深くため息をついた。
今回はヘッドホンはない。
VRゴーグルもない。
天井の危険物もない。
ただ、友人はタンブラーを大事そうに握りしめている。
「今回は……それか」
同室の子は、まず近づかずに観察した。
過去の経験で学んでいる。
不用意に原因へ触れてはいけない。
見るな。
聞くな。
嗅ぐな。
触るな。
「飲むな、かな……」
同室の子は机のノートを読む。
「概念食べ物企画……」
「スピカさん成分を補給……」
「味覚による環境化……」
同室の子は、静かにノートを閉じた。
「やばいことしか書いてない」
タンブラーを取ろうとする。
すると。
気絶しているはずの友人の指に、きゅっと力が入った。
「やっぱりね」
同室の子は天井を見上げた。
「もう、気絶中に守る対象が毎回ちゃんと変わるの、なんなの……?」
そして机の軽食を見る。
「これも危ないのかな……」
少し考える。
そして、首を横に振った。
「食べない。絶対食べない」
成長していた。
彼女もまた、確実に成長していた。
同室の子は、ノートの表紙に赤ペンで大きく書いた。
飲食物にスピカさん概念を混ぜない。
少し考えて、さらに書き足す。
味で気絶するものは食品ではなく危険物。
それでも足りない気がして、最後にもう一行。
タンブラーに安全対策をする前に、中身を安全にして。
同室の子は赤ペンを置いた。
そして、幸せそうに気絶している友人を見て、ぽつりと言った。
「……次、何に環境化する気なんだろうね」
その言葉に答える者はいない。
ただ、机の上のノートだけが。
まだ空白のページを残していた。
掲示板:【悲報】最強メンタル計画ちゃん、ついに五感を制覇【視聴嗅触味】
レス 1〜50
ねえ
どうした
まさか
言うな
新作?
新作です
うわああああああああああああ
今回は何?
味覚
味覚?
とうとう食べたの?
概念コラボメニューらしい
その単語だけなら普通にありそうなのが嫌
飲食コラボは普通にある
普通にあるんだけど
あの子がやると危険物になる
五感って今どうなってたっけ
【聴覚】囁き音声。声の切り抜き編集。気絶ループ。
【視覚】VRライブ、静止画、隠れスピカ。見つけた瞬間落ちる危険あり。
【嗅覚】香り再現。救助難易度最高級。呼吸制限が必要。
【触覚】4DX系。複合刺激。救助者も巻き込む恐れあり。
【味覚】概念コラボメニュー。爽やかな味で脳内応援ボイスが発生。気絶。
やっぱり災害リストじゃん
五感全部で気絶してるの芸術点高い
芸術点をつけるな
全部「幸せそうに」がつくのが厄介
旧シリーズ
「危ないものを作ってしまった」
真シリーズ
「危なくならないよう安全対策した危ないものを作る」
悪化してるのでは?
成長はしてる
方向が違う
赤ペン内容
「飲食物にスピカさん概念を混ぜない」
「味で気絶するものは食品ではなく危険物」
「タンブラーに安全対策をする前に、中身を安全にして」
赤ペン先生、名言製造機になってない?
もう教科書に載せろ
「飲食物にスピカさん概念を混ぜない」って普通の学校では教えないんだよ
この学園だけ特別カリキュラムが必要すぎる
守護対象リスト
ヘッドホン→VRゴーグル→シーツ→タンブラー
スピカ概念を守っている
急に綺麗にまとめるな
いや本当にそうなのが困る
問題は次だよ
五感コンプリートしたら、次に何が来る?
第六感
スピカさんの気配を感じる訓練
危険すぎる
概念化の次は空間化?
まだ何も作ってないのに封印されてるの草
でもあの子なら企画書だけで危険指定される
この件に限っては封印って優しさだからな
── ちゃんと作り直す ──
翌日。
最強メンタル計画ちゃんは、カフェにいた。
「……食べ物で遊ばない、って言ったよね?」
カフェのオーナーは、腕を組んでいた。
目の前には、最強メンタル計画ちゃん。
そして机の上には、例の青いドリンクとサンドイッチの改良版。
「はい……」
「これは?」
「回復力向上と精神力特訓を両立する、概念コラボメニューです……」
「うん。まずそこがちょっと危ないね」
「はい……」
最強メンタル計画ちゃんは、しゅんとして耳を伏せた。
オーナーはため息をつく。
「食べ物はね、誰かを驚かせたり、気絶させたりするためのものじゃないよ」
「気絶させるつもりは……」
「うん。わかってる」
オーナーの声は優しかった。
「あなたは、ちゃんと誰かを元気にしたかったんだよね」
「……はい」
「それは、いいこと」
オーナーは試作品を見た。
「でも、食べる人の状態とか、味の印象とか、気持ちの動きまで考えないといけない。おいしいものって、心にも届くから」
最強メンタル計画ちゃんは、真剣に頷く。
「はい……!」
「だから、スピカさん成分とか、概念補給とか、そういう怪しい方向には行かない」
「はい……」
「食品名にも書かない」
「はい……」
「飲んだら声が聞こえる気がする、も売り文句にしない」
「はい……」
オーナーは一度咳払いした。
「ただね」
最強メンタル計画ちゃんの耳が少し動く。
「料理としては、かなりいい」
「……え?」
「ドリンクは爽やかで、後味が軽い。甘さも控えめ。練習後にも飲みやすい。サンドイッチも具材のバランスがいいし、食べやすい。栄養面も考えてある」
「……!」
「ちゃんと、食べる人のことを考えて作ってる味だよ」
最強メンタル計画ちゃんの尻尾が、ぴんと立った。
「本当ですか!?」
「本当」
「やった……!」
「ただし」
「はいっ」
「危険思想は抜く」
「はい……!」
こうして、オーナー監修のもと、メニューは徹底的に改修された。
青いドリンクは、色味を少し落ち着かせた。
香りも控えめ。
甘さもさらに調整。
サンドイッチは、運動後でも食べやすい軽食として完成度を上げた。
名称からは、当然のようにスピカ概念が消えた。
代わりに付けられた名前は――
ブルーリカバリードリンク
ウイニングライトサンド
「……これなら、ちゃんとメニューとして出せる」
オーナーが頷いた。
最強メンタル計画ちゃんは、感動で震えていた。
「私のメニューが……」
「限定だけどね。まずは少数。反応を見ながら」
「はい!」
「それと、あなた一人で暴走しないこと」
「はい!」
「新メニュー案は必ず私に見せること」
「はい!」
「"概念"って書いたら赤ペンだからね」
「はい!!」
── 「おいしい」 ──
数日後。
カフェの小さな黒板に、新しい文字が書かれた。
**期間限定
ブルーリカバリードリンク
ウイニングライトサンド**
最強メンタル計画ちゃんは、制服姿でそれを見つめていた。
「……本当に出てる」
オーナーが隣に立つ。
「ちゃんと作ったものは、ちゃんと届くよ」
「……はい」
その日の限定メニューは、評判が良かった。
練習後のウマ娘たちが飲んで、ほっと息をつく。
サンドイッチを食べて、笑顔になる。
「これ、おいしい」
「軽いのに満足感ある」
「練習後にちょうどいいね」
その声を聞くたびに、最強メンタル計画ちゃんの耳が嬉しそうに揺れた。
誰も気絶していない。
誰も封印されていない。
誰かが普通に元気になっている。
それが、少しだけ誇らしかった。
「オーナーさん」
「ん?」
「私、ちょっとわかった気がします」
「何を?」
「人を元気にするのって、気絶させなくてもできるんですね」
「うん。そこは最初からわかってほしかったかな」
「はい……」
オーナーは苦笑する。
けれど、その目は優しかった。
「でも、よくできました」
その一言に。
最強メンタル計画ちゃんは、今度こそ気絶しなかった。
ただ、嬉しそうに笑った。
「はい!」
掲示板:【速報】例のカフェ、限定メニュー実装【なお監修済み】
レス 1〜50
ついに来た
例の青いドリンク、商品化
!?
封印解かれたの!?
違う
オーナー監修の安全版
安全版!?
スピカ概念抜いたらしい
本当に?
「ブルーリカバリードリンク」になった
普通にいい名前
概念ゼロになった
飲んだ子の感想
「おいしい」
「爽やか」
「練習後にちょうどいい」
普通だ……!
誰も気絶してない
これが普通の成功体験ってやつか
危険物が食べ物になった瞬間だ
問題児ちゃん単独だと危険物
オーナー監修が入ると食品
最強メンタルちゃんの成長ルートに「食品衛生」が含まれるとは
あの子の料理、普通に技術あるんだよな
毎回スピカ概念さえなければ
そこが最大の問題なんだよ
善意の暴走機関車
でも今回は止まった
オーナーさんすごい
「ちゃんと作ったものは、ちゃんと届くよ」
泣いた
その一言で気絶しなかったの本当に成長
試食して「やった」ってなったらしい
うっ……
応援したくなる……
同室の子「次は行列対策を学んで」
現実的
赤ペン先生、教育方針がしっかりしてる
── 食堂展開、そしてオチ ──
その後。
メニューは好評につき、学園食堂でも展開されることになった。
販売開始の日。
食堂の入り口に、列ができた。
「きゃあああああ!!」
「始まった!!」
「押さないでください!!」
「ドリンク二つ!!」
「お一人様一セットまでです!!」
「くっ……!」
悔しがるな。
最強メンタル計画ちゃんは、厨房の隅でその様子を見ていた。
「……すごい」
自分の考えたメニュー。
オーナーと一緒に改良したメニュー。
それを、こんなにたくさんの子が待っている。
胸が熱くなる。
別の席で、誰かの声が聞こえた。
「これ、おいしい」
「なんか元気出る!」
その瞬間。
周囲が一瞬静かになった。
「……元気出る、は危険ワードでは?」
「いや今回は普通に言ってるだけだから!!」
「反応するな!!」
食堂に笑いが広がった。
以前のような"危険物への恐怖"だけではない。
今回は。
ちゃんと。
普通に。
「おいしいね」
「うん」
そう言い合える空気だった。
厨房の奥で、最強メンタル計画ちゃんはその声を聞いていた。
「……」
耳がぴくりと動く。
尻尾も揺れる。
「……」
ぽろっ。
「あっ」
涙が落ちた。
「どうしたの!?」
「ち、違うんです」
「うん?」
「なんか……」
声が震える。
「普通に、"おいしい"って言ってもらえるの、こんなに嬉しいんだなって……」
静かになった。
オーナーが、軽く頭を撫でて壊した。
「はいはい、泣くのは営業後」
「……はい」
「あと手止めない」
「はいっ!!」
慌てて次のサンドイッチを作り始める。
その姿を見て。
食堂のおばちゃんたちも。
列に並ぶウマ娘たちも。
なんだか少しだけ、優しい顔で笑っていた。
そして。
客席の隅。
秋川やよい理事長が、サングラスと帽子で変装しながら小声で言った。
「たづなァ……」
「なんですか」
「おかわりはダメかッ?」
「ダメです」
「ぐぬぬッ……」
「あと変装が雑です」
「なにィ!?」
── エピローグ ──
その夜。
カフェの閉店後。
洗い物の音だけが残る厨房で、オーナーとおばちゃんが話していた。
「今日ね」
オーナーがぽつりと言った。
「"おいしい"って聞こえた瞬間、泣いたんですよ」
おばちゃんは静かに頷く。
「見てたよぉ」
「たぶん、やっと届いたんでしょうね」
"誰かを元気にしたい"。
その願いが。
気絶じゃなく。
ちゃんと、"おいしい"として。
届いた。
おばちゃんは洗った皿を拭きながら言う。
「若い頃って、うまくやれないもんだからねぇ」
「……はい」
「真っ直ぐな子ほど、変な方向に走っちゃうことあるし」
オーナーは少しだけ遠くを見る。
「でも、あの子は止まるんですよね」
「うん?」
「ちゃんと、人の話を聞く」
赤ペンを入れられたら直す。
怒られたら反省する。
失敗したら、次は気をつけようとする。
暴走はする。
でも。
置いていかない。
「だから、たぶん大丈夫かなって」
おばちゃんは笑った。
「見守りたくなる子だもんねぇ」
「……そうなんですよね」
本当に困る。
危ない。
胃も痛い。
でも。
応援したくなる。
その時。
厨房の奥から、小さな声が聞こえた。
「あれ……」
二人が見る。
最強メンタル計画ちゃんが、営業後のノートを見ながら首を傾げていた。
「朝食メニューなら、環境型って言葉を"生活密着型"に変えれば――」
「変わってない」
「はいっ!?」
即座にオーナーの声が飛ぶ。
びくっと跳ねる最強メンタル計画ちゃん。
おばちゃんが吹き出した。
「はははっ!」
「ち、違うんです! 今回は安全な方向で!」
「"環境型"って考えてる時点で危険なの」
「はい……」
しゅん。
耳がぺたんと倒れる。
でも。
オーナーも、おばちゃんも。
その姿を見て、少し笑ってしまった。
おばちゃんが優しく言う。
「でも、次も楽しみにしてるよぉ」
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴくっと動く。
「……ほんとですか?」
「うん。今日ね、いっぱい"ありがとう"聞こえたから」
「……!」
「あれは、あんたが頑張ったからだよ」
最強メンタル計画ちゃんは、少しだけ目を潤ませた。
「……はい!」
その返事は。
以前よりずっと。
まっすぐで、優しい声だった。
きっとまた問題は起きる。
変な単語も飛び出す。
でも。
そのたびに、ちゃんと直していけばいい。
誰かを元気にしたいと思う気持ちは。
本当は、とても大切なものだから。
厨房の灯りが、静かに揺れていた。