合宿二日目・午前
二日目の朝が来た。
目を覚ました最強メンタル計画ちゃんは、布団の中でしばらくぼんやりと天井を見つめていた。
隣では、同室の親友がまだ眠っている。
昨日は移動して、カレーを作って、海で遊んで、ウォータースライダーに挑んで、温泉に入って、ご飯を食べて。楽しいことばかりだったはずなのに、脳裏に残っているのはひとつ。
巨大ウォータースライダー。
「ぉぉ……」
旅館の部屋にある、あの謎の窓際スペース。小さなテーブルと椅子が置かれている、旅館に泊まるとなぜかちょっと座りたくなる場所。
そこに腰かけて、最強メンタル計画ちゃんは外を見た。
いい天気だった。海はきらきらしている。空は青い。風は爽やか。
そして、視界の端に巨大ウォータースライダーが見えた。
「ぉぉぉ……」
声がさらに小さくなった。
昨日、自分は負けた。
メンタルトレーニング。絶叫系への挑戦。
結果。
気絶。
完全なる敗北だった。
それを認めるのは悔しい。けれど、認めないと前に進めない。最強になるためには、弱さを見つめることも大事なのだ。
「怖いものは……怖い」
ぽつりと呟く。
スピカさん4DXは大丈夫だった。あれはライブだった。スピカさんがいた。歌があった。応援があった。幸せがあった。
でも、ウォータースライダーは違う。ただ高い。ただ速い。ただ落ちる。
つまり、ただの絶叫系。
苦手だった。
「でも……克服しないと……」
前向きだった。方向はともかく、前向きだった。
最強メンタル計画ちゃんは、そっと荷物の中からノートとペンを取り出す。そして、さらさらと文字を書き始めた。
最強合宿メンタル計画V1
始まってしまった。
ウォータースライダーは怖い。動かし方は昨日教わった。安全面も確認済み。挑戦自体はできる。
では、怖さをどうするか。
怖さを克服する。短時間では難しい。
なら、怖さを軽減する。
どうやって?
リラックス。安心。
安心といえば。
「スピカさん……!」
いつもの流れだった。
しかし今回は機材がない。工具もない。部品もない。試薬もない。持ち込めるものも少ない。
普通なら、ここで終わる。
普通なら。
最強メンタル計画ちゃんは、窓を少し開けた。
潮風が入ってくる。海の匂い。朝の空気。遠くで波の音。
視線を下に向ける。砂浜。貝殻。白い砂。きらきらした小さな欠片。
「……」
ぴたり、とペンが止まった。
「……できる」
できないほうがよかった。
最強メンタル計画ちゃんは、再びノートへ書き込んだ。さらさら、さらさら。かなり真剣な顔だった。
そして、書き終わる。じっと読む。もう一度読む。
「覚えた」
ぱたん、とノートを閉じた。
今日も荷物は置いていく。ノートも置いていく。
でも、内容は覚えた。
この時点で、赤ペン先生の防衛線は突破されていた。
おはよう、それと秘策がある
やがて、布団の中でもぞもぞと親友が動いた。
「んー……朝……?」
「おはよう」
「ごはん……行くー……?」
少し寝ぼけた声だった。
「行こう!」
元気な返事に、親友はまだ半分眠ったまま頷いた。
彼女は知らない。ノートがないから安心。そう思ってしまったことが、すでに敗北だったことを。
朝食を終え、ウマ娘たちは海の家へ移動した。
二日目の午前。
代表の女性トレーナーがスピーカーを持って話す。
『今日は午前中、自主トレになります。各自、無理のない範囲でメニューを選んでくださいねー』
歓声が上がる。
砂浜ダッシュ。浅瀬での負荷トレーニング。ストレッチ。泳ぎ込み。昨日に続いてレクリエーション寄りに動く子もいる。
親友が隣を見る。
「なにする?」
最強メンタル計画ちゃんは、真剣な顔で答えた。
「あれに挑戦する」
親友は、彼女の視線の先を見た。
巨大ウォータースライダー。
「……え?」
「昨日の敗北を乗り越える」
「大丈夫なの?」
それはそうだった。昨日、気絶したばかりである。
「大丈夫。秘策がある」
「……」
嫌な予感がした。とても嫌な予感がした。
だが、ノートはない。荷物もない。いつものように怪しい機材も持っていない。
だから、たぶん大丈夫。
そう思いたかった。
思いたかっただけだった。
一人乗り、大丈夫作戦
ウォータースライダーは、朝から人気だった。
巨大なコースを、ゴムボートが次々と流れていく。安全のため、ウマ娘たちは一人ずつボートに乗る。自動制御で、ボートはコースを進み、最後に水路を通って乗り場まで戻ってくる仕組みだった。
転倒防止。速度制御。水量管理。降り場の補助。
迫力と安全が両立されている。
親友はそれを見て、しみじみと思った。
見習ってほしい。
誰にとは言わない。でも、見習ってほしい。
「今回は一人で乗る!」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫!」
大丈夫な子は、そんなに力強く大丈夫とは言わない。親友はそう思ったが、止めきれなかった。
最強メンタル計画ちゃんはゴムボートに乗り込む。ゆっくりと上へ運ばれていく。地上が遠くなる。人が小さくなる。海が広く見える。
「ぉ……ぉぉ……」
震えていた。大丈夫ではなかった。
しかし、その手の中には小さな袋があった。
中には、きれいな粉。
貝殻や砂浜の素材を細かく整えたもの。潮風のように爽やかな香りがする。色も淡くきれいで、どこかスピカさんを連想させる。
恐怖を、優しい匂いで包む。怖いなら、安心で上書きすればいい。
そういう発想だった。
入口が近づく。ゴムボートがゆっくりとコースへ吸い込まれていく。
その瞬間。
最強メンタル計画ちゃんは、粉をぱっと撒いた。
ふわり。
潮風よりも柔らかい香りが広がる。爽やかで。優しくて。どこか懐かしくて。そして、なぜかスピカさんを感じる香り。
「……あ」
落ちる。速い。水しぶきが上がる。カーブで体が揺れる。景色が流れる。
怖い。怖いはずだった。
でも。
「なんか……」
幸せに包まれていた。
ものすごい勢いなのに。すごく揺れているのに。落ちているのに。夢を見ているみたいだった。
怖いはずの速度が、風のように感じる。水しぶきが、ライブの光みたいに見える。耳元で、聞こえるはずのない声がする気がする。
スピカさんがいるような。
「しあわせぇ……」
ばしゃーん。
出口に到着した。ゴムボートはそのまま水路を流れ、乗り場へ戻ってくる。
親友が駆け寄る。
「大丈夫だった?」
返事がない。
最強メンタル計画ちゃんは、ゴムボートの縁をつかんだまま、にこにことしていた。
「あれ?」
ゴムボートは、そのまま再び出発した。
「えっ」
親友が固まる。
周回システムだった。人が降りなければ、そのまま次のコースへ入る仕様だった。
しばらくして、また戻ってくる。
親友は今度こそ身を乗り出した。
「ちょっと! 大丈夫!?」
軽く揺さぶる。すると、最強メンタル計画ちゃんの口から、小さな声が漏れた。
「すぴかさん……」
「こいつ気絶してる!!!」
幸せそうに気絶していた。
幸い、今回は抵抗がなかった。親友は慌ててボートから引きずり下ろす。砂浜の端に寝かせる。
すやすや眠っている。顔はとても幸せそうだった。
「はぁ……」
親友はこめかみを押さえた。
その時だった。
違和感に気づいた。
「あれ?」
さっきから、誰も降りていない。
乗り場を見る。
ウマ娘たちが、手すりをつかんだまま固まっていた。目がぼんやりしている。頬がゆるんでいる。耳がぴくぴくしている。
そして、出口から次々にゴムボートが流れてくる。その上には、ちょっと幸せそうなウマ娘たち。
「……」
親友は、足元で眠る最強メンタル計画ちゃんを見た。
寝言が聞こえた。
「スピカさんに……包まれるみたい……」
察した。全部察した。
匂い系だ。しかも、ウォータースライダーの中で広がるタイプだ。
つまり。コースを通った全員が、どこかでその匂いに包まれている。
「うそでしょ……」
言っている場合ではなかった。
親友はすぐに動いた。
まず、乗り場の入口を閉鎖する。新しく誰も乗らないようにする。次に、戻ってくるゴムボートから一人ずつ降ろす。
「はい降りて! 起きて! そこつかまない! 幸せそうにしない!」
一人。また一人。また一人。
中には、ボートの縁をぎゅっと握っている子もいた。中には、半分眠りながら「もう一周……」と呟く子もいた。
親友は無言で引きはがした。安全な場所に寝かせる。
幸せそうな顔をしているのが、なんとも言えなかった。怒る気にも、嘆く気にもなれない。ただ次のボートが来る。また降ろす。また寝かせる。
腕が重い。足が疲れる。汗が出る。でも止まれない。
なぜなら、止まったらまた誰かが周回する。
地獄の救出作業だった。
地獄の救出作業、終了
ようやく全員を降ろし終えた頃には、親友は肩で息をしていた。
周囲には、幸せそうに眠るウマ娘たち。中心には、元凶。
最強メンタル計画ちゃんは、変わらずすやすや眠っている。
親友は空を見上げた。
いい天気だった。海はきれいだった。
ウォータースライダーは、もう今日使えない。
「……」
なお。
この朝の救出作業により、赤ペン先生のステータスは以下のとおり更新された。
筋力がすごく上がった。
スタミナがすごく上がった。
根性がすごく上がった。
やる気が少し下がった。
しばらくして、最強メンタル計画ちゃんが目を開けた。
「怖くなかった……!」
親友は無言で肩をつかんだ。
説教が始まった。
ウォータースライダーは、本日終日封鎖となった。
合宿報告スレ
【合宿報告スレ】二日目です……ウォータースライダーは封鎖されました
レス 1〜50
二日目です。
ウォータースライダーは封鎖されました。
早い。
まだ二日目の午前だよね?
昨日初日だったよね?
二日目午前で施設一個封鎖はペース早すぎる。
なにがあったの。
報告者、息して。
してる。
腕が上がらないだけ。
何したの!?
何かされた側の文面なんだよなぁ。
昨日、ウォータースライダーで気絶した子がいたじゃん。
あっ。
あっ。
もうわかった。
まだ何も言ってないのにわかるのやめろ。
今朝、その子が再挑戦した。
えらい。
前向き。
昨日負けたから克服しようとしたんだね。いい話。
ここで終わればいい話。
秘策があるって言ってた。
あっ。
秘策。
ノートは?
なかった。
じゃあ安全では?
そう思っていた時期が私にもありました。
悲しい過去形。
ノートはなかった。
でも内容は記憶してたらしい。
記憶力が敵。
賢さが敵。
ノート封印しても本人が本体なのずるい。
で、秘策って何?
匂い。
あっ。
あっ。
終わった。
よりによって匂い。
水場で匂いはまずい。
海、風、水しぶき、密閉気味のスライダーコース。
最悪では?
最悪でした。
なに作ったの?
貝殻とか砂浜のきれいな欠片とかで作った、爽やかな潮の香りがする粉。
現地調達やめろ。
素材採取から始めるな。
合宿先の自然物を危険物にするな。
でも爽やかな潮の香りなら普通に良さそう。
普通に良さそう、が一番危ないんだよ。
なんかスピカさんを彷彿とさせる香りだったらしい。
はいアウト。
レス 51〜100
アウト。
封鎖で済んでよかった。
ゴムボートに乗って、頂上で粉を撒いたらしい。
撒くな。
なぜ撒く。
怖さを安心で包めば克服できる理論。
言ってることはわかる。
わかるけどやめて。
その子はどうなったの?
一周目は帰ってきた。
返事はなかった。
でもボートはつかんでた。
あっ。
周回した?
した。
草。
いや笑えない。
二周目で揺さぶったら「すぴかさん……」って寝言言ってた。
気絶してる。
幸せそう。
いつもの。
ここまではいつもの。
ここからが問題。
ここから!?
その粉、コース内に残ってたらしくて。
はい。
水しぶきと風でいい感じに広がったらしくて。
はい。
後続の子たちが帰ってこなくなった。
帰ってこない!?
いや、ボートは帰ってくる。
乗ってる子が降りない。
最悪の周回システム。
安全設計が裏目に出てる。
人が少なければそのまま周回できます、じゃないんよ。
みんな手すり握って幸せそうにしてた。
地獄絵図なのに絵面が平和。
幸せそうな顔でぐるぐる回ってくるの怖い。
降ろしたの?
降ろした。
全部。
全部。
一人で?
一人で。
えらすぎる。
赤ペン先生……。
腕も足も終わった。
筋トレじゃん。
救助トレーニングじゃん。
合宿らしいな。
合宿らしさをそこに求めるな。
最強メンタル計画ちゃんは?
砂浜で幸せそうに寝てる。
元凶が一番平和。
レス 101〜150
いつもの。
他の子たちは大丈夫?
全員、しばらくしたら起きた。
第一声がだいたい「もう一回……」だったので封鎖判断。
正しい。
封鎖判断が早い。
二日目で施設封鎖の実績解除。
解除するな。
トレーナーさんたちは?
事情説明中。
ウォータースライダーの換気と洗浄待ち。
ウォータースライダーって換気と洗浄するものだったっけ。
今年からそうなった。
新しい安全基準を作る女。
施設側かわいそう。
でも安全装置がちゃんとしてたから怪我人ゼロだったらしい。
そこは本当にえらい。
迫力と安全の両立、見習ってほしいって赤ペン先生が言ってた。
誰に?
誰とは言わない。
誰とは言わないけど足元で寝てそう。
その子、起きたらどうなる?
たぶん「成功したけど問題点があった」って言う。
言いそう。
成功判定するな。
怖さを軽減すること自体は成功してるのが厄介。
そこなんだよね。
恐怖で気絶じゃなくて幸福で気絶だから改善。
改善とは。
比較対象がおかしい。
今回の反省点。
・粉を撒かない
・コース内に残留させない
・周回システムを把握する
・スピカさん概念を混ぜない
最後が最重要。
でも最後を抜いたら作らないのでは?
正解。
つまり作るな。
赤ペン先生、今どんな感じ?
筋力がすごく上がった。
スタミナがすごく上がった。
根性がすごく上がった。
やる気が少し下がった。
ゲームのイベント結果かな?
合宿イベントとしては大成功。
本人のやる気下がってるんですが。
赤ペン先生の成長が止まらない。
なお本人は望んでいない。
ウォータースライダー封鎖って午後どうするの?
砂浜トレーニングに変更らしい。
砂浜なら安全だな。
本当に?
砂浜には貝殻がある。
やめろ。
潮風もある。
やめろ。
太陽もある。
発想材料を数えるな。
レス 151〜200
お願いだから午後は普通に走って。
普通に走るだけなら大丈夫でしょ。
前も普通に走ってたらフィジカル計画始まったよね。
あっ。
普通が一番危ない説。
じゃあどうすればいいの?
寝かせる。
睡眠計画を思い出せ。
詰み。
合宿二日目、まだ午前。
まだ午前。
まだ午前なのが一番怖い。
報告者、午後も生きて。
がんばる。
でも今は腕が上がらない。
お疲れ様。
本当にお疲れ様。
ウォータースライダーへ黙祷。
まだ壊れてないから。
使えないだけだから。
二日目午前で封鎖された時点で実質壊れてる。
合宿施設さん、強く生きて。
赤ペン先生も強く生きて。
最強メンタル計画ちゃんは?
幸せそうに寝てる。
強く寝てる。
起きたら反省して。
反省はする。
するけど次に活かす。
活かすな。
最強合宿メンタル計画V2の気配がする。
やめろ。
まだ二日目午前だぞ。
だから怖いんだよ。
【速報】ウォータースライダー、本日終日封鎖。
終日。
残当。
【続報】赤ペン先生、日陰でスポドリ飲んでる。
休んで。
本当に休んで。
【続報2】最強メンタル計画ちゃん、起きた。
来た。
第一声は?
「怖くなかった……!」
そこじゃない。
そこじゃないんだよ。
本人基準では成功してるのが一番まずい。
赤ペン先生、頼んだ。
赤ペン先生が無言で肩をつかんでる。
こわい。
でも正しい。
レス 201〜250
【続報3】説教が始まりました。
よかった。
よくないけどよかった。
合宿二日目午前、終了。
ウォータースライダーも終了。
赤ペン先生の午前も終了。
午後、頼むから平和であれ。
その祈り、届くかな。
届いて。
スピカさんに祈るなよ。
そこからまた何か始まるからな。
企業スレ
【企業スレ】長年トレーニング施設運営してるんだけど、こんな事初めて
レス 1〜50
長年トレーニング施設運営してるんだけど。
こんな事初めて。
どうした。
またトレセン合宿?
うん。
あっ。
あっ。
もう嫌な予感しかしない。
ウォータースライダーが封鎖された。
怪我?
怪我人ゼロ。
設備故障?
故障なし。
水質?
基準値内。
じゃあなんで封鎖されたの?
匂い。
匂い。
匂い???
ウォータースライダーが匂いで封鎖?
そう。
長年やってるけど聞いたことない。
うちもない。
水回り施設で匂い問題はあるけど、そういう匂いじゃないんだよね?
違う。
爽やかな潮風みたいないい匂い。
いい匂いで封鎖?
いい匂いで封鎖。
意味がわからない。
こっちもわからない。
経緯を。
合宿二日目午前。
トレセンの生徒さんたちが自主トレでウォータースライダーを利用。
うん。
うちのウォータースライダーは、メンタルトレーニング兼レクリエーション設備。
高さ、速度、水圧、カーブ角度、全部安全基準内。
転倒防止用のゴムボート使用。
自動制御。
緊急停止あり。
監視員あり。
戻り水路あり。
ちゃんとしてる。
かなりちゃんとしてる。
見習ってほしい。
誰に?
誰とは言わない。
最初は普通だった。
みんな楽しそうに乗ってた。
そこまでは平和。
途中で一人の生徒さんが、克服目的で再挑戦したらしい。
えらい。
前向き。
この時点ではいい話。
その子が頂上付近で粉を撒いた。
撒くな。
なぜ撒く。
ウォータースライダーで粉を撒く発想がない。
粉って何?
貝殻などから作った、爽やかな潮の香りがする粉らしい。
現地調達!?
レス 51〜100
施設内素材で!?
合宿先の自然物を加工するな。
いや加工できるな。
その場で作ったの?
詳細は不明。
でも持ち込み機材はなかったらしい。
機材なしで作るな。
手ぶらが安全対策にならないタイプ。
本人が設備扱い。
やめろ、怖い。
その粉が、水しぶきと風でコース内に拡散。
後続の生徒さんたちが、次々と幸せそうにボートから降りなくなった。
幸せそうに降りない。
初めて聞く事故報告。
事故なのか?
事故だよ。
怪我人ゼロなのに事故判定せざるを得ないやつ。
自動周回機能があるから、人が降りない場合、そのままもう一周できる。
安全で便利な機能。
今回はそれが裏目に出た。
幸せ周回システム。
名前だけならテーマパークの新アトラクション。
実態は封鎖案件。
最終的に、同行の生徒さんが一人ずつ降ろしてくれた。
偉すぎる。
スタッフじゃないの?
スタッフもすぐ向かったけど、その子の初動が早かった。
乗り場入口の封鎖、戻りボートの対応、寝ている子の移動。
手際がよかった。
プロ?
赤ペン先生だ。
例の赤ペン先生か。
企業側でも名前が通じるの草。
笑えない。
本人は疲れ切ってた。
腕も足も限界そうだった。
合宿トレーニングとしては効果ありそう。
そういう効果を狙った設備ではない。
筋力、スタミナ、根性が上がってそう。
やる気は下がってそう。
たぶん下がってた。
かわいそう。
で、施設側の被害は?
ウォータースライダー終日封鎖。
換気。
洗浄。
水の入れ替え。
安全確認。
残留香気検査。
報告書作成。
残留香気検査。
そんな項目ある?
今日できた。
また新しい安全基準が生まれた。
毎回規格を増やすな。
いや必要なんだよなぁ。
この子の周りだけ未来の安全規格になっていく。
一番困るのは、設備側に不備がないこと。
わかる。
不備があれば直せる。
高さも問題ない。
速度も問題ない。
水量も問題ない。
ゴムボートも問題ない。
手すりも問題ない。
監視体制も問題ない。
でも封鎖。
レス 101〜150
なぜなら匂い。
なぜならスピカさん概念。
その言葉、報告書に書きたくない。
書くな。
でも原因欄どうするの?
「利用者による香気性粉末の散布、およびそれに伴う一時的な利用継続困難状態の発生」
役所文書みたい。
だいぶ頑張ってぼかしたな。
実態:幸せそうに降りなくなった。
報告書に「幸せそうに降りなくなった」って書けない。
でもそれが一番正確。
現場写真ある?
あるけど出せない。
全員すごく穏やかな顔で寝てる。
見たら危険?
写真自体は危険じゃない。
ただ、何が起きたのかわからなくなる。
平和な惨事。
このシリーズ、だいたい平和な惨事。
粉の成分は?
分析中。
少なくとも有害物質は検出されてない。
むしろ自然由来の香気成分としてはかなり整ってるっぽい。
また品質が高い。
なんで?
こっちが聞きたい。
香料メーカーです。
詳しく。
出た。
来ると思った。
水環境で香りが拡散して、かつ嫌味なく残るなら普通に技術としてすごい。
アトラクション演出に使えるのでは?
使うな。
スピカさん概念抜きなら使えるのでは?
またその理論。
スピカさん概念を抜いた安全版、毎回まともに商品化できそうなのが怖い。
でも本人はそこ抜くと作らないんだよな。
技術の源泉が危険物。
うちとしては商品化より先に、午後の運営をどうするかが問題。
午後もあるの?
ある。
合宿二日目だから。
まだ二日目。
まだ午前の話。
怖すぎる。
午後は砂浜トレーニング中心に変更予定。
砂浜なら安全。
本当に?
貝殻があるぞ。
潮風もあるぞ。
砂もあるぞ。
太陽光もあるぞ。
材料一覧を作るな。
やめて。
本当にやめて。
運営側としてはどう対策する?
今のところ、
・粉末、液体、香料類の持ち込み確認
・自然物の採取禁止エリア設定
・ウォータースライダー利用前の手荷物確認
・乗り場での散布行為禁止掲示
・周回設定の一時停止
・降車確認後のみ次便発進
あたり。
レス 151〜200
どんどん本格的になってる。
散布行為禁止掲示で笑う。
普通は書かなくてもわかる。
普通が通じなかった。
悲しい。
自然物の採取禁止エリア設定も草。
もう小学生の遠足注意事項なんよ。
でも相手は小学生ではない。
技術力だけ異常に高い学生。
一番厄介。
監視員からの報告で印象的だった言葉。
「危険そうなものは何も持っていなかった」
ああ……。
そうなんだよな……。
危険物を持ってくるんじゃない。
その場で作る。
怖い。
材料と発想があれば終わり。
つまり材料のない空間に隔離するしかない。
空気がある。
やめろ。
光がある。
やめろ。
音がある。
やめろって。
冗談抜きで、次から「素材になりそうなもの」を確認する必要があるかもしれない。
素材になりそうなもの、範囲広すぎ問題。
海辺だと全部素材。
山でも全部素材。
室内でも全部素材。
詰み。
正直、設備運営としてはかなり悔しい。
悔しい?
うちは安全性に自信があった。
毎年ウマ娘向けに調整してる。
速度も高さも、水圧も、体格差も、全部見てる。
怪我を出さずに、ちゃんと怖くて楽しい設備を作ってきた。
立派。
でも今回は、設備の想定外から封鎖になった。
しかも怪我人は出てない。
利用者はむしろ幸せそう。
だけど運営上は止めるしかない。
悔しいのわかる。
安全設計が負けたんじゃなくて、想定カテゴリが違っただけ。
「怖すぎる事故」じゃなくて「幸せすぎる利用不能」なのが新しすぎる。
新ジャンルを作るな。
次回までに改善する。
周回設定は見直す。
散布検知も考える。
香気センサーも導入検討する。
香気センサー導入。
ウォータースライダーに?
ウォータースライダーに。
時代が変わったな。
変えたの一人なんだよな。
香気センサー業界です。
詳しく。
仕事が増えたぞ。
また企業が動き始めた。
施設運営さん、生きて。
生きる。
午後もあるから。
午後もあるの本当に怖い。
レス 201〜250
ちなみにその子、反省してた?
起きた後、「怖くなかったです!」って言ってた。
そこじゃない。
そこじゃないんだよ。
本人視点では成功。
一番危険な成功体験。
同行の子が肩をつかんで説教してた。
赤ペン先生ありがとう。
企業一同、赤ペン先生に感謝。
施設運営一同、赤ペン先生に感謝。
採用したい。
うちも。
現場判断、危機対応、体力、責任感。
全部ある。
でも本人は普通の学生なんだよな。
普通の学生が一番大変な立場にいる。
今、赤ペン先生は日陰でスポドリ飲んでる。
本当に休んでほしい。
休んで。
午後に備えて休んで。
午後に備えるな。
備えないと何か起きる。
【続報】
ウォータースライダー、洗浄一回目終了。
まだ少し爽やか。
まだ少し爽やか。
表現が面白すぎる。
普通ならいいことなのに。
【続報2】
洗浄二回目開始。
がんばれウォータースライダー。
がんばれ施設運営。
がんばれ赤ペン先生。
がんばるな最強メンタル計画ちゃん。
そこだけ方向性が違う。
【続報3】
午後メニュー変更会議。
議題に「自然素材の予期せぬ活用防止」が追加。
そんな議題ある?
今日できた。
今日できるもの多すぎる。
合宿二日目午前で業界が進化してる。
進化なのか?
適応。
進化圧。
長年やってきたけど、本当に初めて。
でも、たぶん来年からは初めてじゃなくなる。
嫌な学び。
ノウハウ化するな。
でもするしかない。
結論。
設備は無事。
怪我人ゼロ。
運営ノウハウは増えた。
ウォータースライダーは本日封鎖。
現場の胃は少し痛い。
お疲れ様。
本当にお疲れ様。
安全対策って、怪我を防ぐだけじゃ足りないんだな。
幸せすぎて降りない対策も必要。
必要になるな。
普通はならない。
普通が通じない合宿、二日目午前。