合宿二日目・夕方
ウォータースライダーが使えなくなったので、午後は砂浜を走ったり、海で泳いだりして過ごした。
砂に足を取られながら走るのは、思っていたよりずっときつい。海の中で身体を動かすのも、普段とは違う筋肉を使う。
けれど、それがよかった。
足に残る重さ。肺の奥に残る熱。肌にまとわりつく潮風。
全部が、ちゃんとトレーニングをした証拠みたいで。
「ん……いい感じ」
最強メンタル計画ちゃんは、少しだけ満足げに頷いた。
一方、同室の親友はというと、海の家のベンチでぐったりしていた。
午前中の救出作業で腕も足も使い果たしたあと、午後の砂浜トレーニングまでこなしたのだ。無理もなかった。
「……なんであんた、そんな元気なの……こっちは朝から全員降ろすのに使い果たしたのに……」
「ん。鍛えてるから」
「あんたが原因なんだけど」
「……」
「その鍛え方、方向性が信用できない……」
そんな会話をしたあと、親友はそのままベンチに倒れるようにして眠ってしまった。
夕方になった。
海の向こうへ、太陽がゆっくり沈んでいく。オレンジ色だった空が、少しずつ紫を混ぜて、やがて深い青へ変わっていく。
波の音が、昼間より静かに聞こえた。はしゃいでいたウマ娘たちの声も、少し遠くなっていた。
きれいだった。
ただ、それだけを思った。
やがて太陽が完全に沈む。あたりは、まだ真っ暗ではない。けれど昼の明るさはもうなくて、海も空も、境目が少し曖昧になっていた。
「かえるよ〜」
少し離れたところから、親友の声がした。
「ん!」
返事をして、振り返ろうとする。
そのときだった。
空の低い位置に、ひとつだけ強く輝く星が見えた。
まだ少し明るい空なのに、はっきりとそこにある。小さくて、遠くて、でも不思議なくらい目を引く光。
おとめ座の一等星。
スピカ。
名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥が少しだけあたたかくなった。
それは、声ではなかった。歌でもなかった。もちろん、本当に何かを言われたわけでもない。
それでも。
背中を、そっと押してくれるような気がした。
がんばっていい。前に進んでいい。怖くても、楽しくても、失敗しても、また走っていい。
そんなふうに。
「……ん」
最強メンタル計画ちゃんは、小さく頷いた。
「おいてくよ〜〜〜」
もう一度、親友の声がした。今度は少しだけ慌てて聞こえる。
「ん! いま行く!」
最強メンタル計画ちゃんは、砂浜を蹴った。
沈んだ太陽の残した光と、空に浮かぶ一等星を背にして。待ってくれている親友のもとへ、まっすぐ駆け出した。
その背中は、昼間よりほんの少しだけ軽かった。