合宿初日・午後の部
昼食のカレーを食べ終えたウマ娘たちは、すっかり元気を取り戻していた。
「おいしかったー!」
「海の家のカレーって、なんでこんなにおいしいんだろうね!」
「もう一杯いけたかも!」
先ほどまで移動疲れで少しだけ大人しかった面々も、今ではすっかりいつもの調子である。
そんな中、スピーカーから代表トレーナーの声が響いた。
『皆さん、昼食お疲れさまでした! このあとは、合宿名物のウォータースライダーに向かいます! 準備できた子から、こちらについてきてください!』
「ウォータースライダー!」
「来た!」
「合宿って感じする!」
「海! 水! スライダー!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ウマ娘たちの歓声が、海辺の空に響き渡った。
まさかの弱点
その中で。
「ぉ……ぉぉ……」
一人だけ、妙に声が小さいウマ娘がいた。
最強メンタル計画ちゃんである。
彼女は、集団の後ろの方で、じり……じり……と後ずさっていた。
「……え?」
隣にいた同室の親友が、信じられないものを見る目で彼女を見る。
「まさか」
「……」
「まさか、あんた」
「……」
「絶叫系、苦手なの?」
「ぉぉ……」
「うそでしょ……?」
最強メンタル計画ちゃんは、返事の代わりに、視線をそらした。視線をそらしながら、耳もぺたんとなっていた。
そう。
数々の危険物を生み出し、企業を震撼させ、たづなさんの胃に継続ダメージを与え、理事長室の金庫を増築候補に追い込んできた彼女は。
絶叫系が苦手だった。
まさかの弱点である。
そんな彼女の事情など知らないトレーナーは、にこにこと説明を続ける。
「このウォータースライダーは、合宿名物の一つです! 今日はレクリエーションですが、明日からはメンタルトレーニング施設としても使えますよー!」
「メンタル!」
びくんっ。
最強メンタル計画ちゃんの耳が立った。先ほどまで後ずさっていた足が、ぴたりと止まる。
「メンタルトレーニング……?」
その目に、一瞬だけ火が灯る。
だが。
目の前には、空へ向かって伸びるような、超巨大ウォータースライダー。頂上は遠い。高い。明らかに高い。
「ぉぉぉ……」
灯った火は、すぐに風前の灯火になった。
親友は、思わず額を押さえる。
「反応するんだ、そこには……」
やがて一行は、巨大ウォータースライダーの前に到着した。
「うおおおおおおおおお!」
「でっか!」
「これ何階分!?」
「見て見て! 途中でぐるって回ってる!」
「最後の落ち方やばそう!」
ウマ娘たちは大盛り上がりである。
なお、最強メンタル計画ちゃんは一歩下がった。さらに一歩下がった。
親友が肩をつかんだ。
「逃げない」
「逃げてない。戦略的後退」
「今のあんたが言うと本当に何か企画書に書きそうだからやめて」
トレーナーが制御盤の前で説明を始める。
「こちらが操作盤です。基本的には安全管理システムが全部見てくれています。乗るときはゴムボートに座って、固定用のグリップを持ってください。あとは自動で上まで運んでくれて、そのままコースに入ります」
ウマ娘たちが興味津々に聞いている。
「一人乗り用と二人乗り用があります。今日は初日なので、怖い子は無理せず二人乗りでも大丈夫ですよー」
親友がちらりと横を見る。
「怖いなら、やめとく?」
「やる」
即答だった。ただし声は震えていた。
「でも怖いんでしょ?」
「怖くない」
「耳ぺたんだけど」
「これは風向き」
「まだ乗ってないよ」
最強メンタル計画ちゃんは、ぎゅっと拳を握った。
「メンタルトレーニング……だから……」
「うん」
「逃げたら……最強メンタルが遠のく……」
「うん」
「でも」
「うん」
「……いっしょがいい」
親友は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「はいはい。じゃあ二人乗りね」
「ん……」
かわいい。非常にかわいい。なお本人は真剣である。
頂上まで、いっしょに
二人は二人乗り用のゴムボートに乗り込んだ。
親友が前。最強メンタル計画ちゃんが後ろ。
最強メンタル計画ちゃんは、座った瞬間からグリップを両手でがっちり握った。
「まだ動いてないよ」
「予備動作」
「グリップ折らないでね?」
「善処する」
「怖い返事しないで」
やがてボートが、ゆっくりと動き出した。
がこん。
レールに乗ったボートが、斜面を上がっていく。ゆっくり。ゆっくり。地面が遠くなっていく。
「……」
最強メンタル計画ちゃんの視線が下に向いた。そして固まった。
「見ない方がいいよ」
「もう見た」
「じゃあ上見て」
「上も高い」
「目閉じる?」
「それはそれで怖い」
「どうしたいの」
「帰りたい」
「さっきやるって言ったでしょ」
「言った……」
ボートはさらに上がっていく。
海が見えた。砂浜が見えた。海の家が小さく見えた。下で順番待ちしているウマ娘たちが手を振っている。
「やっほー!」
「がんばれー!」
「楽しんでー!」
親友が手を振り返す。最強メンタル計画ちゃんは、グリップを握ったまま固まっていた。
「ほら、みんな応援してるよ」
「応援が遠い……」
「物理的にね」
「ぉぉ……」
ついに、頂上に到着した。
ボートが水平になり、ゆっくりと水路へ流れていく。目の前には、青い水の道。その先は、急角度の下り。
親友の目がきらきら輝く。
「わ、すごい! 楽しそう!」
「……最強」
「うん」
「メンタル」
「うん」
「計画……」
「うん」
「発動……」
ボートが、入口に差しかかった。一瞬だけ、ふわりと浮くような感覚。次の瞬間——
急加速。
「――――――――――ッ!?」
最強メンタル計画ちゃんの口から、声にならない声が出た。叫んでいる。叫んでいるはずなのに、音が出ていない。
親友は前で楽しそうに笑っている。
「すごーい! 速い速い!」
「――――――――ッ!!」
「横揺れ来るよ!」
「――――!?」
ぐるん。
ボートがカーブを曲がる。水しぶきが上がる。遠心力で身体が横に持っていかれる。
最強メンタル計画ちゃんは、親友の背中にほぼしがみついた。
「ちょ、くすぐったいって!」
「むりむりむりむりむり」
「声出てるじゃん!」
「むりむりむりむりむり」
途中で小さな落下。
ざばっ。
「――ッ!」
またカーブ。ざざざざざっ。
「わー! これ楽しい!」
「たすけ」
「もう終わるよ!」
「ほんと?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
最後の直線。水路が一気に開ける。光が見える。出口だ。
親友が笑う。
「ラスト!」
ざばああああああああああああああんっ!
大きな水しぶきと共に、ゴムボートは出口のプールへ滑り込んだ。
周囲から歓声が上がる。
「おおー!」
「すごい水しぶき!」
「楽しそう!」
「次、私たち行こう!」
親友は、びしょ濡れになりながら笑顔で振り返った。
「楽しかったね!」
返事はなかった。
「……あれ?」
最強メンタル計画ちゃんは、グリップを握ったまま、幸せそうでもなく、達成感があるわけでもなく。
ただ静かに。
気絶していた。
「……」
親友は数秒、無言でそれを見つめた。そして、そっとため息をつく。
「メンタル、鍛える前に落ちたかぁ……」
近くのトレーナーが慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。たぶん。いつもの気絶と違って、今回は普通に怖かっただけです」
「いつもの気絶……?」
「あ、聞かなかったことにしてください」
親友は慣れた手つきで最強メンタル計画ちゃんの状態を確認する。
呼吸よし。脈よし。耳ぺたん。尻尾しょんぼり。精神ダメージ大。ただし身体的には問題なし。
改善の余地、あり
少しして、最強メンタル計画ちゃんは薄く目を開けた。
「……ここは」
「出口」
「生きてる?」
「生きてる」
「メンタル……強くなった?」
「一回気絶したから、判定難しいかな」
「そっか……」
しょんぼり。
だが次の瞬間、彼女の目にまた妙な光が宿った。
「でも……」
「ん?」
「一回乗れた……」
「うん、乗れたね」
「つまり、改善の余地あり……」
「待って」
「速度、落下角度、視界情報、同乗者の安心感、事前呼吸法……」
「待ってって言ってる」
「段階式ウォータースライダーメンタルトレーニング計画……」
「はいストップ」
親友は、濡れた手で彼女の額をぺちんと押さえた。
「今日は遊ぶ日。研究しない」
「でもメンタル……」
「しない」
「……」
「それに、怖かったんでしょ?」
「……怖かった」
「じゃあ、次に乗るなら、また一緒に乗ろうね」
最強メンタル計画ちゃんは、少しだけ目を丸くした。それから、濡れた前髪の下で、ふにゃっと笑った。
「ん……いっしょなら、たぶん乗れる」
「たぶんなんだ」
「たぶん」
その後。
二人は休憩スペースへ移動し、温かい飲み物を受け取った。
しばらくして、最強メンタル計画ちゃんの手が、ゆっくりとかばんへ伸びた。
震える手だった。
取り出しかけた、ノート。
親友は無言でそれを閉じた。
「今日は」
「……」
「遊ぶ日」
「……はい」
記録
合宿初日午後。ウォータースライダー。
最強メンタル計画ちゃん、初戦敗北。
ただし、親友との二人乗りにより、再挑戦フラグは立った。
なお、そのやりとりを見ていた周囲のウマ娘たちの間で、二人乗りウォータースライダーへの希望者が急増した。
「あの二人、なんか良かった」
「怖がってるのに頑張ってるのかわいかった」
「赤ペン先生、完全に保護者だった」
「でも最後にまた一緒なら乗れるって言ってた」
「尊い」
理由は単純だった。
トレセン学園スレ
【合宿初日】ウォータースライダー、平和に終わる【なおノート】
レス 1〜50
合宿初日午後報告スレです
昼カレーの後、合宿名物ウォータースライダーに行きました
結論から言うと平和でした
平和?
本当に?
このスレタイで平和と言われても信用できない
なおノートって書いてあるんですが
ノートが出た時点で平和ではない
待って
今回は本当に平和だった
少なくとも爆発も発光も新素材も出てない
合宿初日基準なら大勝利では?
基準が壊れてる
ウォータースライダーめちゃくちゃ楽しかった
超でかいやつ
二人乗りもあるやつ
あれ毎年あるけどテンション上がるよね
今年もみんな「うおおおおお!」ってなってた
例の子以外は
ん?
例の子?
最強メンタル計画ちゃん、絶叫系苦手だった
かわいい
かわいい
かわいい
ちょっと待って情報量
あの子が?
絶叫系苦手?
数々の危険物を生み出してきたあの子が?
理事長室の金庫を増やしたあの子が?
企業の研究開発部門を震わせてきたあの子が?
ウォータースライダーで後ずさった
かわいい
急に普通の学生っぽい弱点出してくるな
なおトレーナーさんが「明日からメンタルトレーニング施設としても使えます」って言った瞬間だけ反応してた
メンタル!
条件反射かな?
でもスライダー見てすぐ縮こまった
メンタルと恐怖が戦ってる
親友ちゃんが「怖いならやめとく?」って聞いたら首ぶんぶん横に振ってた
頑張ろうとしてる
かわいい
でも一人は無理だったらしくて
「いっしょがいい」って言った
かわいい
かわいい
かわいい
尊い
赤ペン先生、完全に保護者モードだった
二人乗りで乗ってた
上がっていく間、最強メンタル計画ちゃんがグリップにしがみついてた
想像できる
地上が遠くなるたびに耳が下がっていった
かわいい
頂上でほぼ固まってた
親友ちゃんは普通に楽しそうだった
温度差
滑り始めた瞬間、声にならない声出してた
声にならない声?
「――――ッ!?」みたいなやつ
わかる
レス 51〜100
途中から親友ちゃんの背中にしがみついてた
かわいい
青春では?
青春だよ
なお出口で気絶
いつもの
いつもの……なのか?
今回はスピカさんも危険物も関係ない純粋な気絶
健康的な気絶って何?
健康的な気絶はない
でも本当に今回は普通に怖かっただけっぽい
トレーナーさんも確認してたし、すぐ起きた
よかった
起きた後の第一声が「生きてる?」だった
かわいい
親友ちゃんが「生きてる」って返してた
慣れてる
そのあと「メンタル強くなった?」って聞いてた
そこ気にするんだ
親友ちゃんが「一回気絶したから判定難しいかな」って返してた
冷静
でも最強メンタル計画ちゃんが「一回乗れた……つまり改善の余地あり……」って言い出した
来た
来てしまった
なおノート
親友ちゃんが即止めてた
赤ペン先生!!!
助かる
休憩スペースで温かい飲み物飲みながら震える手でノート開こうとしてた
震える手で開くな
怖かったんだね
でも書こうとするんだね
そこが例の子
親友ちゃんが無言でノート閉じてた
有能
「今日は遊ぶ日」って言われてた
最高
学生してる……
なんか普通にいい話じゃない?
気絶してたのに平和だったぞ!
なおノート
ノートの中身見た子いる?
ちらっとだけ見えた
「段階式ウォータースライダーメンタルトレーニング計画」って書きかけてた
アウト
アウト寄りのセーフ
いやアウト
まだ書きかけだからセーフ
その理屈で何回被害が出たと思ってるの?
内容は?
見えた範囲だと
・速度段階制御
・視界情報の制限
・安心できる同乗者
・事前呼吸法
・恐怖ピーク後の達成感定着
みたいなこと書いてた
普通にまともでは?
レス 101〜150
いや待て
普通にまともに見える時が一番危ない
わかる
最初のコンセプトはいつもまとも
「安心できる同乗者」って親友ちゃんのこと?
たぶん
かわいい
尊い
でもこれ下手すると「安心感を再現する装置」とか作り始めない?
やめろ
言うな
封印しろその発想
親友ちゃん本人が一緒に乗ればいいだけだから!
装置はいらないから!
本人が一緒に乗るのが一番安全という珍しいパターン
珍しいか?
だいたいあの二人一緒の方が安全
赤ペン先生がいないと危険
赤ペン先生がいると青春
結論出たな
ちなみに二回目は乗ったの?
乗ってない
今日は一回で終了
親友ちゃんが「今日はここまで」って言ってた
えらい
最強メンタル計画ちゃんはちょっと悔しそうだったけど、親友ちゃんに「また一緒なら乗れるでしょ」って言われて大人しくなってた
かわいい
もうずっと一緒にいて
なお周囲の子たちがそのやり取り見て二人乗り希望増えた
草
尊さ需要でウォータースライダーの二人乗り人気上がるの何?
合宿らしくていいじゃん
平和だ……
平和っていいな……
気絶者は出たけど平和
ノートは出たけど平和
本当に平和か?
今のところは
今のところは、が怖いんだよ
合宿は二ヶ月ある
やめろ
まだ初日午後
やめろって
初日午前:移動
初日昼:カレー
初日午後:ウォータースライダー
ここまでで既にカレー業界とウォータースライダー施設が震えかけている
午後はまだ震えてないから!
ノートが震源になりかけた
でも親友ちゃんが閉じたからセーフ
赤ペン先生、合宿中ずっと隣にいてくれ
本人も楽しそうだったよ
ウォータースライダー好きっぽい
よかった
赤ペン先生もちゃんと合宿楽しんで
いつも止め役ばっかりだからね
最強メンタル計画ちゃんも怖がりながら頑張ってたし、親友ちゃんも楽しそうだったし、周りも盛り上がってた
今日は本当にいいレクリエーションだった
なおノート
それさえなければ綺麗に締まった
いや、ノートまで含めていつもの二人だから
わかる
レス 151〜200
最強メンタル計画ちゃんが何か思いつきそうになる
親友ちゃんが止める
二人でちょっと笑う
これが平和
平和の定義が独特
でも今日は本当に平和だった
気絶してたけど
気絶してたけど
気絶してたのに平和だったぞ!
なおノート
明日もウォータースライダー使えるらしい
あっ
あっ
あっ
親友ちゃん、頼んだ
頼んだ
赤ペン先生、世界の命運は君にかかっている
大げさ……と言い切れないのが嫌
とりあえず今日のまとめ
・ウォータースライダーは楽しい
・最強メンタル計画ちゃんは絶叫系が苦手
・でも頑張って乗った
・親友ちゃんと二人乗り
・出口で気絶
・ノート未遂
・赤ペン先生が止めた
・平和
完璧なまとめ
最後に一言
ノートは置いてけ
ノートは置いてけ
ノートは置いてけ
でも親友ちゃんとの思い出は持っていけ
急にいいこと言うな
合宿初日、平和に終了!
なお明日