合宿一週間・草案チェック
合宿が始まってから、一週間が経過した。
旅館の部屋。畳の上に敷かれた座布団にちょこんと座り、最強メンタル計画ちゃんは、旅館が用意してくれたであろうお菓子をもぐもぐ食べていた。
温泉まんじゅう。おいしい。
口の中に広がる優しい甘さに、彼女の耳がぴこぴこと揺れる。
その様子を横目で見ながら、同室の親友が畳の上でごろりと寝転んだ。
「もう一週間過ぎたねー。早いよねー」
「ん……」
もぐ。
「初日はカレーでしょ」
「ん」
「二日目はウォータースライダー封鎖でしょ」
「ん……」
「まあ、カレーはおいしかっただけだからセーフとして」
「ん」
「ウォータースライダーはアウトだけど」
「ん……」
視線が少しだけ泳いだ。
同室の親友は、そこにはあえて触れなかった。
合宿開始直後こそ色々あった。カレーはなぜか歴代最高レベルにおいしくなったし、ウォータースライダーはなぜか封鎖された。
だが、それ以降は平和だった。本当に平和だった。
朝起きて、走って、食べて、泳いで、砂浜を走って、休んで、温泉に入って、寝る。普通の合宿。普通のトレーニング。普通の青春。
「売店行く?」
「ん……いく」
温泉まんじゅうを食べ終えた最強メンタル計画ちゃんは、こくりと頷いて立ち上がった。二人は浴衣姿のまま部屋を出る。
旅館の廊下は、夜の静けさに包まれていた。遠くから、ほかのウマ娘たちの楽しそうな声が聞こえる。
売店でアイスを買う子。お土産を眺める子。卓球台の前で謎に本気になる子。そんな平和な時間だった。
「最近何もなくて平和だったねー」
同室の親友が、隣を歩く最強メンタル計画ちゃんに話しかける。
「このまま普通に練習重ねようね」
「う、うん……」
歯切れが悪かった。あまりにも、歯切れが悪かった。
同室の親友は足を止めた。最強メンタル計画ちゃんも、ぴたりと止まる。
目を合わせる。そらされた。
「……」
「……」
もう一度、目を合わせる。やっぱり、そらされた。
同室の親友は静かに一歩近づく。そして、両手で最強メンタル計画ちゃんの肩を掴んだ。
「隠してること言えー!」
「わ、わ、わ」
がくがく揺さぶられる。
「なに!? なに考えてたの!? この一週間平和だったのに! 平和だったのに!」
「ま、まだ何もしてない……!」
「"まだ"って言った!」
「言ってない……!」
「言った!」
「んん……!」
その時だった。
ぽとり。
最強メンタル計画ちゃんの浴衣の袖から、小さなメモ帳が床に落ちた。
「あっ」
最強メンタル計画ちゃんが声を漏らす。彼女が拾おうとする。だが、それより速く。
同室の親友の手が、メモ帳を拾い上げていた。
沈黙。旅館の廊下に、遠くの笑い声だけが響く。
同室の親友は、ゆっくりと表紙を見た。そこには、丁寧な文字でこう書かれていた。
『最強合宿計画 草案』
「……」
「……」
「……草案?」
「まだ、草案……」
「草案ならセーフだと思った?」
「思ってない……」
「思ったよね?」
「ちょっとだけ……」
同室の親友は、無言で浴衣の袖に手を入れた。
すっ。
取り出されたのは、赤ペンだった。
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴんと立つ。
「な、なんで浴衣に赤ペンを……」
「あなたが浴衣の袖にメモ帳を隠してるからだよ」
「なるほど……」
「納得しない」
同室の親友は、その場でメモ帳を開いた。
一ページ目。
『合宿は普段と違う環境なので、心身ともに大きく成長できる』
赤ペンが止まる。
「ここまでは正しい」
「ん」
二ページ目。
『海、砂浜、潮風、温泉、旅館、売店、星空。すべてをトレーニングに活用できる可能性がある』
赤ペンが少し震えた。
「……可能性で止めて」
「でも、環境を活かすのは大事」
「活かし方による」
三ページ目。
『売店のお菓子を用いた補給食メンタル安定実験』
「アウト寄り」
「おいしいと元気出るから……」
「それは普通に食べよう」
赤線。
四ページ目。
『温泉後のぽかぽか状態を利用した睡眠効率最大化案』
「これは?」
「温泉のあとはよく眠れるから、そこに少しだけ工夫を……」
「"少しだけ"が信用できない」
赤線。
五ページ目。
『夜空の星を見ながら集中力を高める星座瞑想トレーニング』
同室の親友の手が止まる。
「……これは、まあ、いいかも」
最強メンタル計画ちゃんの耳が嬉しそうに揺れた。
「ん」
「ただし、夜中に一人で出歩かない。誰かと一緒。時間を決める。崖とか岩場とか行かない。ノートに謎の追加効果を書かない」
「ん……」
「返事」
「はい……」
小さく赤丸。
六ページ目。
『ウォータースライダー再利用案』
赤ペンが紙を貫きそうな勢いで走った。
「封鎖」
「まだ内容読んでない」
「タイトルで封鎖」
「でも克服が……」
「封鎖」
「ん……」
七ページ目。
『砂浜に足跡で巨大な応援メッセージを描き、空から見た時の精神効果を検証』
「誰が空から見るの」
「鳥さんとか……」
「鳥さんに精神効果を求めない」
赤線。
八ページ目。
『旅館の謎の窓際スペースを利用した早朝精神統一』
「これは普通」
「ん」
「普通だけど、あなたの場合、そこから何か生える」
「生えない……」
「本当に?」
「たぶん……」
「たぶん禁止」
赤線。
九ページ目。
『合宿最終日に向けた総合成果発表会』
同室の親友は、ゆっくり顔を上げた。
「成果発表会?」
「みんなが頑張ったことを発表したら、前向きになれると思って」
「……内容は?」
「走り込みの成果とか、泳げるようになったとか、苦手克服とか」
「それはいい」
「あと、私が合宿中に考えた安全な計画を」
「そこ」
赤ペンが走る。
「そこだけ削除」
「まだ安全かも……」
「安全なら私が赤丸する」
「ん……」
同室の親友は、ぱたんとメモ帳を閉じた。そして深く息を吐く。
「いい?」
「ん」
「何か考えるのは悪いことじゃない」
「ん」
「人のために何かしたいのも、悪いことじゃない」
「ん……」
「でも、合宿は合宿。まずは自分のトレーニング。あと、思いついたら実行前に私かトレーナーさんかたづなさんに見せる」
「……ん」
「"ん"じゃなくて」
「はい」
「よし」
同室の親友は、メモ帳を返した。
ただし。表紙には大きく赤ペンで追記されていた。
『最強合宿計画 草案』
『※実行前に赤ペン先生の確認必須』
最強メンタル計画ちゃんは、それをじっと見つめた。
少しだけしょんぼりした。
でも、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、売店で安全なお菓子を買う」
「安全なお菓子って何?」
「普通のお菓子」
「それでいいんだよ」
二人は再び並んで歩き出す。
旅館の廊下は、やっぱり平和だった。少なくとも今は。
同室の親友は、隣を歩く最強メンタル計画ちゃんをちらりと見る。
袖。反対側の袖。帯のあたり。念のため確認する。
「……ほかにメモ帳ないよね?」
「……」
「目をそらすな」
その夜。
売店では、なぜか赤ペンの売り上げが一つ増えた。