最強メンタル&フィジカル計画V1
── 常識は、時速八キロで置き去りにされた ──
走っていた。
ただ、それだけだった。
トレセン学園のトレーニングルーム。いくつものランニングマシーンが並び、朝練を終えたウマ娘たちが汗を拭いたり、ストレッチをしたり、次のメニューに向かったりしている。
その一角で、彼女もまた走っていた。
最強メンタル計画ちゃん。
かつて、音声、VR、静止画、造形、香り、料理、環境演出、その他もろもろ、数々の伝説と危険物を生み出したウマ娘。
しかし、今の彼女は普通だった。本当に、普通だった。
ランニングマシーンの上で、設定された速度に合わせて走る。フォームを意識し、呼吸を整え、無理のない範囲で脚を動かす。
なんちゃって白衣も着ていない。怪しいノートも開いていない。謎の機材も、スピカ音声ファイルも、フラスコも、VRゴーグルも、なにもない。
ただのトレーニングである。
常識は、守られていた。
「はっ……はっ……はっ……」
開始から三十分。額から汗が落ちる。脚に少しずつ重さが出てきて、呼吸も浅くなる。
いいトレーニングだ。間違いなく、身体には効いている。なにひとつ間違っていない。
ただ。
「……ちょっと、飽きる」
ぽつりと、彼女は呟いた。
景色が変わらない。正面には壁。横には他のランニングマシーン。足元ではベルトが回り続けている。
走っても走っても、前に進まない。風景が変わらない。山道を駆けるときのような高揚感も、芝を踏みしめるときの感触も、レース場の空気もない。
「……楽しくできたら、もっと続けられるのかな」
それは、ごく普通の発想だった。トレーニングを楽しくする。飽きを減らす。継続しやすくする。
ちなみに最強メンタル&フィジカル計画の最初の草案はトレーニングシューズだった。いい靴で走れば気分が上がる、というまっとうな発想だ。それはそれで正しかった。ただ、いざランニングマシーンの上に立ってみると、靴より先に別の問題が目に入った。
ここまでは、本当にまともだった。
「そうだ」
彼女の耳が、ぴん、と立った。
「VRゴーグルをつけて、景色を見ながら走ればいいんだ」
まともだった。まだ、まともだった。
ランニングマシーンの速度と連動して、山道や海辺、森の小径、草原などの景色を流す。環境音もつける。鳥の声、風の音、木々のざわめき。単調なトレーニングに没入感を加える。楽しい。飽きない。練習効率が上がる。
発想としては、むしろ優秀だった。安全面さえ守れば、リハビリや基礎トレーニングにも応用できるかもしれない。
常識は、まだ守られていた。
「それで……」
彼女の脚は走り続けている。だが、思考はすでに別の道へ走り始めていた。
「たまに、スピカさんの声で応援してくれたら……もっと頑張れるのでは?」
常識が、少しだけ後方へ流れた。
「でも、たくさん入れると危ないから……本当に少しだけ。ほんの少しだけ。適度に。安全に」
常識は、ぎりぎり並走していた。
「疲れてきたタイミングで『頑張って』って言ってくれたら、疲労が回復するかもしれない」
常識が、少し遅れた。
「つまり、無限にトレーニングできる……?」
常識は、ランニングマシーンの後ろへ落ちた。
「これだ……!」
── 試作と救出 ──
その日の放課後。トレーニングルームの片隅に、試作品が持ち込まれた。
幸いにも、彼女は以前より成長していた。
勝手に施設を大改造したりはしない。大型機材を持ち込んだりもしない。無許可で周囲を巻き込んだりもしない。
今回は、小型VRゴーグル。ランニングマシーンとは物理的に接続せず、あくまで目線と振動センサーで移動感を調整する方式。転倒防止のため、視界端には半透明の安全ライン。速度は低め。時間制限あり。音量制限あり。
「安全ヨシ」
彼女は真剣な顔で指差し確認をした。そこまでは、本当に成長していた。
問題は、最後の一項目だった。
「スピカさん応援ボイス……ヨシ」
そこはヨシではなかった。
だが本人は自信満々だった。
「今回は本当に少しだけ。旧計画みたいに囁き編集もしてないし、近距離感もないし、普通の応援。公式配信の健全な切り抜き。安全」
たしかに、素材自体は健全だった。スピカが配信で言った、何気ない応援の言葉。頑張っているウマ娘へ向けた、まっすぐな声。優しくて、温かくて、心から相手を尊重している声。
普通の人間なら、励まされるだけかもしれない。普通のウマ娘でも、多少耳と尻尾が反応する程度かもしれない。
しかし、相手は最強メンタル計画ちゃんである。対スピカ耐性だけが、ずっと初期値のままのウマ娘である。
彼女はVRゴーグルを装着した。
視界が暗くなり、すぐに景色が開ける。青々とした木々。木漏れ日。遠くで聞こえる鳥の声。足元に続く土の道。
「おお……」
思わず声が漏れる。
ランニングマシーンの上にいるはずなのに、まるで本当に山を歩いているようだった。
走り出す。速度は遅め。テストも兼ねているので、無理はしない。ベルトが動き、脚が自然に前へ出る。それに合わせて、視界の山道もゆっくりと進んでいく。
「楽しい……!」
これは、よかった。単調さが消えている。同じ速度で走っているのに、景色が変わるだけで気分が違う。木々の間を抜ける。小さな橋を渡る。遠くに滝が見える。風の音が耳に入る。
「すごい……これ、ちゃんと使えば本当にいいかも……」
この時点では、本当にいいものだった。
問題は、三十分後に来た。
「はっ……はっ……はっ……」
呼吸が苦しくなってくる。脚が重い。そろそろ止めてもいい時間だ。
視界の中では、山道が少し開けていた。木々の隙間から、遠くの空が見える。
そのタイミングで。
『頑張って』
聞こえた。
スピカの声だった。
優しい声。まっすぐな声。頑張るウマ娘を、心から応援する声。
ただの一言。たった一言。
それだけで。
「――――」
彼女の意識は、幸福に包まれた。
脚は動いていた。身体は走り続けていた。
だが、意識はどこかへ行った。
幸せだった。とても幸せだった。
山道。木漏れ日。風。そしてスピカの応援。
最高のトレーニング環境だった。最高すぎた。
トレーニングルームの扉が開いた。
「今日もここかな……」
入ってきたのは、同室の子だった。
最近、彼女はあの子を探すとき、まずトレーニングルーム、次に工作室、次に理事長室付近、最後に金庫の気配がする場所を見るようになっていた。嫌な習慣である。
しかし今日は、少し安心していた。朝は普通に走っていたからだ。危険ワードもなかった。だから今日は大丈夫。
思っていたのだが。
「……ん?」
ランニングマシーンの上に、見慣れた後ろ姿があった。VRゴーグルをつけている。走っている。一定のペースで、普通に走っている。転んではいない。暴走もしていない。機械から煙も出ていない。周囲に謎の香りもない。
一見すると、大丈夫そうに見えた。
同室の子は警戒しながら近づいた。横から顔を見る。VRゴーグルで目元は隠れている。だが、口元が見えた。
ゆるんでいた。
とても、幸せそうに。
「……あ」
同室の子の背筋が冷えた。
この顔を知っている。何度も見た。ASMRのとき。VRライブのとき。写真のとき。香りのとき。なにかしら、スピカ関連の刺激で意識を持っていかれたときの顔だ。
「また始まったの……?」
声が震えた。だが、泣き言を言っている暇はない。いま一番まずいのは、気絶しているのに走っていることだ。
ウマ娘の身体能力は高い。走ることは本能に近い。だから、意識が飛んでいても、ある程度は脚が動いてしまう。
それが逆に怖い。
同室の子は素早くランニングマシーンの停止ボタンを押した。速度が少しずつ落ちる。
「ちょ、ちゃんと持って……!」
本人の手はふわふわと宙を泳いでいた。同室の子は横に回り、身体を支える。速度が落ちきるのを待って、慎重にランニングマシーンから下ろした。
意識はない。けれど、表情だけは幸せそうだった。
床に座らせ、背中を支える。そして、VRゴーグルを外した。
見事なまでに幸せそうな寝顔があった。
「……また始まったの……」
その声は、トレーニングルームに悲しく響いた。
「ん……」
最強メンタル計画ちゃんが目を覚ました。床に座っている。背中にはタオル。目の前には、腕を組んだ同室の子。
「あれ……私、山を走って……」
「ランニングマシーンの上だよ」
「そうだった……で、途中で気絶してた」
「……気絶?」
「してた」
「でも、走れてた?」
「そこが怖いんだよ!」
同室の子の声が裏返った。
「気絶しながら走らないで! 普通に危ないから!」
「でも、速度は遅めにしてたし、安全ラインも出してたし、音量も小さめで」
「そこは偉い」
「偉い?」
「そこは偉い。でもスピカさんの声を入れた時点でアウト!」
最強メンタル計画ちゃんは、はっとした顔をした。
「でも今回はほんの少しだけで……」
「そのほんの少しで気絶してるの!」
「……たしかに」
彼女は真剣に考え込んだ。
「つまり、応援ボイスの出力が強すぎた……?」
「違う」
「タイミング……? 疲れてたから……もっと来た……?」
「そこじゃない」
「じゃあ、もう少し遠くから聞こえる感じにして」
「スピカさんの声を入れない」
「……え?」
最強メンタル計画ちゃんは、本気で驚いた顔をした。
「なんでそこが一番意外みたいな顔するの……」
「だって、応援があると頑張れるし……」
「気絶してるよ」
「でも幸せだった」
「トレーニング中に幸せそうに意識を飛ばさないで」
「でも、走れてた」
「だから怖いんだってば!」
同室の子は深く息を吐いた。
怒りたい。怒りたいのに、今回の発想そのものは悪くないのが腹立たしい。
VRで景色を見ながらランニングマシーンを使う。飽きを防ぐ。トレーニング継続を助ける。
これは普通にいい。安全面も以前より考えられている。速度も遅かった。音も漏れていなかった。周囲に被害も出ていない。
あとは、スピカ音声さえなければ。
「……ねえ」
「はい」
「景色だけにしよう? 山とか海とか、そういうのだけ。環境音は小さめならいいと思う」
「応援ボイスは?」
「なし」
「スピカさんじゃない一般的な応援音声は?」
「なし」
「たづなさんの声なら」
「なし」
「理事長」
「なし」
「自分の声で『未来の私は最強』って」
「やめようか」
同室の子は即答した。
「でも、これちゃんと調整したら、みんなのトレーニングにも使えるかもって思ったんだ」
その言葉に、同室の子は少しだけ黙った。
あの子の目的は、いつも完全に悪いものではない。むしろ、始まりはだいたい優しい。誰かを助けたい。楽しくしたい。頑張れるようにしたい。
方向が、ものすごい勢いで曲がるだけで。
「……だったら、なおさら危ないところは消さなきゃ」
「うん」
「まずはスピカさん要素なし。景色と環境音だけ。時間制限あり。停止ボタンを大きくする。気分が悪くなったときの緊急停止。そして一人でテストしない」
「……はい」
「特に、スピカさん要素を入れた状態で一人テストしない」
「はい……」
最強メンタル計画ちゃんは、素直に頷いた。同室の子は少し安心した。
「でも」
最強メンタル計画ちゃんが、ぽつりと言った。
「これ、スピカさんの声なしでも、景色がよくて楽しかったんだ」
「うん」
「だから、ちゃんとした形にしたい」
「それは、いいと思う」
「フィジカルを強くするには、続けられることが大事だもんね」
「うん。そこは本当にそう」
「つまり」
彼女は、真剣な顔で言った。
「最強メンタル&フィジカル計画V1、改善の余地あり」
同室の子は、目を閉じた。その言い方が、すでに嫌だった。
「……計画名は変えないんだ」
「うん」
「V1ってことは、V2もあるの?」
「まだないよ」
「まだ」
「まだ」
二人の間に沈黙が落ちた。同室の子の耳が、ぴくりと震えた。
「体幹……」
「やめて」
「バランスボール……」
「やめて」
「VRと連動して、吊り橋を渡るような感覚で」
「やめて」
「スピカさんが向こう岸で応援して」
「絶対やめて!」
同室の子の叫びが、トレーニングルームに響いた。
提出された企画書には、赤ペンで大きくこう書かれた。
・景色と環境音だけなら検討可。
・スピカさんの声は禁止。
・トレーニング中の気絶は危険。
・"幸せだったのでヨシ"ではありません。
・V2の前にまずV1を安全にしてください。
その赤字を見ながら、最強メンタル計画ちゃんは深く頷いた。
反省している顔だった。
だが、その横で彼女は新しいページを開き、小さく書き込んだ。
*改善案:スピカさんボイスを入れない代わりに、スピカさんを感じない程度の何かを入れる。*
同室の子は、無言でその一行を赤ペンで塗り潰した。
常識は、まだかろうじて追いついていた。
ただし、かなり息切れしていた。
掲示板:【検証】運動してるときの脳にスピカきゅんボイスは即死なのでは?
レス 1〜50
最強メンタル計画ちゃんがまたやったらしい
今回は何?
音?映像?匂い?味?触覚?4DX?まさかまた五感?
フィジカル
終わった
ランニングマシーンで普通に走る
↓
飽きる
↓
VRで山道を走ってる感じにしたら楽しいのでは?
↓
たまにスピカきゅんの応援ボイス入れたらもっと頑張れるのでは?
↓
実装
↓
走りながら幸せ気絶
↓
同室の子が救出
前半はまともだった
前半だけなら商品化していいやつ
山道VRランニングは普通に欲しい
添え物が主砲なんだよ
「ちょっとだけ添える」が一番危険
違うぞ
安全確認は学習してる
スピカきゅんの危険性だけ毎回過小評価する
最強メンタル計画ちゃんの成長
・企画書を出すようになった
・安全確認をするようになった
・周囲を無差別に巻き込まないようになった
・自分で先に試すようになった
・スピカきゅん耐性はLV1
最後だけ致命的
走ってる
疲れてる
呼吸上がってる
脳に酸素足りない
そこにスピカきゅんの「頑張って」
即死では?
即死
幸せそうに気絶しながら走るウマ娘、トレセン七不思議に追加で
新旧合わせて16個目になるからやめろ
赤ペン先生から救命先生へ
でも今回の装置、スピカボイス抜きなら本当に良さそうじゃない?
山道コース
海辺コース
草原コース
夜のレース場コース
雨上がりの森コース
普通に欲しい
スピカきゅんボイスなしなら
なしなら
なしならね
最強メンタル計画ちゃん「じゃあスピカさんを感じない程度の何かを」
アウト
一番危ないやつ
本人の中で「これはスピカさんではない」と分類されるスピカさん要素
例:
・スピカさんっぽい優しい風
・スピカさんを連想しない程度の青白い光
・スピカさんの応援を思い出すような鳥の声
・スピカさんの歩幅を参考にした景色の流れ
全部ダメ
疲労時の優しい声は危険
これ論文にして
論文タイトル
「運動負荷状態のウマ娘におけるスピカ音声刺激の危険性について」
査読者:赤ペン先生
全ページ赤字
結論:使うな
要旨:危ない
本人曰く「山を走っていたら、光が差して、スピカさんが応援してくれて、身体が軽くなった気がした」らしい
臨死体験みたいに言うな
身体が軽くなった気がしたんじゃなくて意識が軽くなって飛んだんだよ
魂だけゴールしてる
本人は「最強メンタル&フィジカル計画V1:没入型ランニング支援システム」って書いてたらしい
名前だけはまとも
企業板
「その子、卒業後うちで」
「いやうちで」
「危険物管理部署込みで採用する」
「赤ペン先生もセットで」
最強メンタル計画ちゃんがエンジン
赤ペン先生がブレーキ
ブレーキ摩耗しすぎ
定期交換して
本日のスピカきゅん指数
平常時:危険
運動中:非常に危険
疲労時:極めて危険
レース後:避難推奨
低音ボイス:直ちに命を守る行動を
低音ボイスを災害レベルにするな
でも菊花賞特番のあれは直ちに命を守る行動だった
一度目は悲劇
二度目は喜劇
三度目以降は最強メンタル計画
レス 51〜100
最強メンタル計画ちゃんの一番困るところ
発想の芯はだいたい良い
誰かを助けたい
楽しくしたい
頑張れるようにしたい
前を向けるようにしたい
そこにスピカきゅんを混ぜる
好きだから
なら仕方ない
仕方なくない
まとめると
・V1の景色VRランニングは良い
・スピカボイスは危険
・運動中はさらに危険
・疲労時は即死級
・同室の子は偉い
・赤ペンは必要
・V2の気配がする
本人、最後に「体幹……」って呟いてたらしい
吊り橋VRか?
スピカきゅんが向こう岸で応援するやつか?
赤ペン先生!!!!!!
赤ペン先生はもう来てる
さすが
今ごろノートの「向こう岸でスピカさんが」を黒塗りしてる
赤じゃなくて黒塗りなの草
機密文書扱い
掲示板:【朗報】例のVRランニングソフト配布されるらしい【スピカきゅんボイスなし安全版】
レス 1〜50
朗報です
このスレで朗報って言われると身構える
スピカきゅんボイスなし安全版のVRランニングソフトが配布されるらしい
なし
「感じない程度のスピカさん要素」も?
なし
木漏れ日の形がスピカきゅんの横顔になってたりは?
なし
風の音がよく聞くと「頑張って」に聞こえるとかは?
なし
本当に安全版じゃん
逆に不安になってきた
安全すぎて不安になるの、毒されてる
配布までの経緯
・V1で幸せ気絶事故
・赤ペン先生がスピカボイス禁止
・たづなさんチェック
・安全確認
・スピカ関連素材全削除
・景色と環境音だけに修正
・トレーニング支援ソフトとして試験配布決定
まともだ……
まともすぎて泣いた
同室の子「寂しさで気絶はしないけど、スピカさんの声で気絶はするでしょ」
赤ペン先生、名言多いな
初期実装
・山道コース
・海辺コース
・草原コース
・湖畔コース
・早朝の森コース
・夕暮れの並木道コース
・雨上がりの街道コース
・夜のレース場外周コース
普通に良い
まずは希望者と一部トレーニング室で試験運用らしい
使用時間制限あり
監督者あり
途中停止ボタン大きめ
酔い対策あり
転倒防止の視界ラインあり
安全対策ちゃんとしてる
作者:最強メンタル計画ちゃん
安全監修:赤ペン先生
胃痛監修:駿川たづな
胃痛監修って何
たづなさんの胃が痛まなければ合格
今回のたづなさんの評価
「発想は良いです。安全性も改善されています。スピカさん関連の要素を入れないこと。この一点を守れば、試験運用の価値はあります」
「この一点」が巨大すぎる
使った子の感想
「普段より長く走れた」
「景色が変わるので飽きにくい」
「呼吸音と環境音の相性がよかった」
「雨上がりコースが落ち着く」
「安全ラインが見やすい」
「スピカきゅんがいないので正気を保てる」
正気を保てる、大事
「スピカさんがいなくても、みんなが楽しそうに走ってくれてうれしかったです」
良い……
「でも、いつか安全に応援できる方法も探したいです」
あっ
赤ペン先生「まず安全版を安定運用してください」
有能
今回の安全版は「幸せ」じゃなくて「楽しい」なのがいい
気絶する幸せじゃなくて、続けられる楽しさ
結論
・VRランニング安全版配布は朗報
・スピカきゅんボイスなし
・赤ペン先生とたづなさんチェック済み
・普通に便利そう
・改造禁止
・V2の気配は消えない
最後があるから最強メンタル計画
企業板:VR業界に衝撃走る【ありそうでなかった発想】
レス 1〜50
トレセン学園内で試験配布された例のVRランニング支援ソフト、VR業界がざわついてるらしい
まず確認。安全版?
安全版
スピカ音声なし
スピカ映像なし
スピカ連想要素なし
星空コースなし
たづなさんチェック済み
なら話を聞こう
「ランニングマシーンをVR景色で楽しくする」って発想自体は、正直ありそうじゃん?
ある。昔からある。フィットネスVR、サイクリングVR、風景連動ランニング、普通にある
でも今回のやつ、ランニングマシーン本体と複雑に連動してないらしい
ゴーグル側の簡易センサーと利用者の上下動、視線、リズム、手すり位置、安全ライン表示で、既存のランニングマシーンでも使えるようにしてる
つまり専用機材いらない?
それは強い
しかも「すごい没入感」より「飽きない程度の没入感」に寄せてる
それがありそうでなかったやつか
そう
VR業界、どうしても「没入感! 迫力! 現実みたい!」に寄せがち
特にランニングマシーンは現実を忘れさせすぎたら転倒リスクが上がる
例のソフトは逆で、現実の安全ラインを常に残してる
視界端に足元・ベルト位置・左右ズレ・停止目安が出る
景色は楽しいけど、完全没入させない
「没入しすぎないVR」か
VR業界「没入感を上げるぞ!」
最強メンタル計画ちゃん「気絶しないように没入感を下げました!」
事故経験から生まれた安全思想
「楽しくする」じゃなくて「嫌になりにくくする」設計なんだよな
継続支援としてはかなり正しい
失敗版:頑張れるようにしすぎた
安全版:続けられるようにした
「頑張れる」と「続けられる」は違う
限界突破ボタンはトレーニング器具に載せるな
今回の発想が業界に刺さったのは、VRを「主役」にしすぎてないからだと思う
多くのVR企画は、VR体験そのものを売ろうとする
でもこれは、主役はあくまでランニング
VRは飽きを減らす補助
だから毎日使いやすい
最強メンタル計画ちゃん、やらかしながら業界に安全基準を提案している可能性
意図せずな
最強メンタル計画ちゃん:発明する
赤ペン先生:製品にする
片方だけだと怖い
業界が一番見習うべきなのは、たぶんここ
「刺激を足せば価値が増える」とは限らない
「危険な刺激を抜いても価値が残る設計」が強い
結論
VR業界に衝撃が走った理由
・発想はシンプルなのに実用性が高い
・既存ランニングマシーンに乗せやすい
・完全没入ではなく安全な半没入
・派手な刺激より継続性を優先
・スピカ要素を抜いても価値が残った
・学生が作った
・赤ペン先生の安全監修が強い
「毎日の退屈を少し減らすVR」って、もっと作られていい
非日常ではなく、日常を続けやすくするVR
最強メンタル計画ちゃん発、VR業界標準
「推しは強い。だから載せるな」
名言
名言だけど売上会議で言いたくない
でも言え。未来の事故を防ぐために
── 褒められる準備は、していなかった ──
没入型ランニング支援システムSAFE版。
その名前は、トレセン学園内で静かに広がっていた。
最初こそ、誰もが警戒した。なにしろ開発者が、あの最強メンタル計画ちゃんである。
しかし今回ばかりは違った。
スピカ音声なし。スピカ映像なし。スピカ連想要素なし。星空コースなし。外部音声追加禁止。改造禁止。たづなさん確認済み。赤ペン先生監修済み。
これでもかというほど安全確認されたそのソフトは、実際に使ってみると、驚くほど普通に便利だった。
山道コースは、走っていて気持ちがいい。海辺コースは、波の音が心地よい。雨上がりの街道コースは、少し落ち着いた気持ちで走れる。夜のレース場外周コースは、静かな高揚感があった。
派手な演出はない。スコアもない。敵も出ない。クリア報酬もない。
ただ、景色が変わる。ただ、飽きにくい。ただ、もう少しだけ走ってもいいかな、と思える。
それが、良かった。
そしてある日。いつものように、スピカの定期配信が始まった。
*『こんばんは、スピカです』*
画面の向こうで、スピカが笑う。それだけで、コメント欄は一気に流れた。
最強メンタル計画ちゃんも、寮の自室で配信を見ていた。机の前。ノートは閉じている。なんちゃって白衣も今日は着ていない。隣には同室の子がいる。
二人で並んで、スピカの配信を見る。これは最近の習慣になりつつあった。
「今日は雑談回かな」
「たぶん」
最強メンタル計画ちゃんは、そわそわしていた。安全版VRランニングソフトが配布されてから、学園内ではかなり話題になっている。企業板もざわついた。トレーニング室でも利用者が増えた。赤ペン先生こと同室の子にも、感謝の声が届いた。
うれしかった。
危険物ではなく、ちゃんと誰かの役に立てた。それは、彼女にとって、とても大きなことだった。
とはいえ。スピカ本人がそれを知っているとは思っていなかった。
スピカは忙しい。レース後ライブ。配信。トレセン学園との打ち合わせ。曲作り。練習。ウマ娘たちのことを考える時間。
だから、まさか自分の作ったものに触れることはないだろう。
そう思っていた。
思っていたのだが。
*『最近、トレーニングで少し面白いものを使わせてもらっていて』*
スピカが、そんなことを言った。
最強メンタル計画ちゃんの耳が、ぴくりと動いた。同室の子も、少しだけ画面を見つめる目を強くする。
*『VRのランニング支援ソフトなんですけど』*
部屋の空気が止まった。
「……え」
最強メンタル計画ちゃんの声が漏れた。
コメント欄も、一瞬で爆発した。
*『あっ』*
*『例のやつ!?』*
*『SAFE版!?』*
*『開発者、生きてる!?』*
*『赤ペン先生! 赤ペン先生準備して!!』*
画面の向こうのスピカは、コメントの勢いに少し驚いたように瞬きをした。
*『あ、知っている方も多いんですね。トレセン学園のトレーニング室で試験運用されているものです』*
最強メンタル計画ちゃんは、固まっていた。手が膝の上で止まっている。尻尾も動かない。耳だけが、ぴんと立っている。
同室の子は、横目でそれを確認した。
「……大丈夫?」
「……まだ」
「まだ?」
「まだ、大丈夫」
その返事は、もう大丈夫ではない子の返事だった。同室の子は無言で、そっと近くのクッションを引き寄せた。念のためである。
*『僕も、たまに使っています』*
最強メンタル計画ちゃんの呼吸が止まった。
*『えっ』*
*『使ってる!?』*
*『スピカきゅんが!?』*
*『赤ペン先生!!!!』*
同室の子は、反射的に最強メンタル計画ちゃんの肩を支えた。
「息して」
「す、すぴ……」
「息して」
「ぼ、僕も……使って……」
「うん、言ってたね。息して」
最強メンタル計画ちゃんは、震える手で胸元を押さえた。まだ耐えている。耐えているが、限界は近い。
*『ランニングマシーンって、便利なんですけど、ずっと同じ景色だと少し単調に感じることもありますよね。でも、あのソフトを使うと、景色が少しずつ変わっていくんです。山道だったり、海辺だったり、雨上がりの道だったり。すごく派手なものではないんですけど、それがかえって走りやすくて』*
最強メンタル計画ちゃんの目に、じわ、と涙が浮かんだ。
「……派手じゃないところ、ほめてくれてる」
「うん」
「派手じゃないようにしたところ……」
「うん。そこ、頑張ったもんね」
同室の子は、そっと頷いた。
最強メンタル計画ちゃんは、何度も赤ペンで直された。もっと演出を入れたい。もっと応援感を入れたい。もっと感動するようにしたい。そのたびに、同室の子は止めた。続けやすさを優先しよう、と。
その結果、派手ではないソフトになった。でも今、スピカはそこを褒めていた。
*『ちゃんと現実の足元を忘れないように、安全ラインも見えていて。景色は楽しいけど、走っている自分の身体の感覚は置いていかないようになっているんです』*
コメント欄がまた騒ぐ。
*『安全ライン褒められたぞ!』*
*『開発者これ聞いたら泣くでしょ』*
*『もう泣いてそう』*
最強メンタル計画ちゃんは、実際に泣いていた。ぽろぽろと涙が落ちていた。でも顔は幸せそうだった。
「安全ライン……」
「うん」
「最初、ちょっと邪魔かなって思ったけど……」
「入れてよかったね」
「うん……」
同室の子の声も、少しだけ柔らかくなる。
それは彼女自身にとっても嬉しいことだった。自分が赤ペンで止めたところ。削ったところ。守ったところ。それをスピカが、価値として見てくれている。
ただし。問題は、ここからだった。
*『作った方は、すごいですね』*
その瞬間。最強メンタル計画ちゃんの身体が、びくんと跳ねた。
「っ」
「耐えて!」
同室の子が支える。クッションを後ろに置く。最強メンタル計画ちゃんは、両手で口元を押さえている。目が潤んでいる。耳が震えている。尻尾が床をぱたぱた叩いている。
耐えている。まだ、耐えている。
*『ただ景色を見せるだけじゃなくて、走ることを邪魔しないように、ちゃんと考えられている感じがして』*
「むり」
「まだ早い!」
「むりかも」
「配信止める?」
「止めないで!」
「じゃあ耐えて!」
同室の子は、真剣に支える。コメント欄はもう半分パニックだった。
*『えっと……僕、何か危ないことを言っていますか?』*
言っている。とても言っている。コメント欄が一斉に流れた。
*『そのまま優しく褒めると落ちます』*
*『でも褒めてあげてほしい』*
*『安全確保してから褒めて』*
*『あ、そうなんですね。でも、本当に良いものだと思ったので』*
最強メンタル計画ちゃんが、完全に沈黙した。
「……よいもの」
「うん。帰ってきて」
「スピカさんが……よいものって……」
*『僕は歌やダンスの練習もあるので、走り込みだけに時間をかけられるわけではないんですけど、短い時間でも気持ちよく走れるのはありがたいです』*
その言葉は、最強メンタル計画ちゃんの胸にまっすぐ刺さった。
スピカが使っている。スピカの練習時間の中に、自分の作ったものが少しだけ入っている。自分の作ったものが、スピカの努力をほんの少し支えている。
「わたしの……」
「うん」
「わたしの作ったので……スピカさんが……走って……」
「うん。すごいね」
「すご……」
そこで、同室の子はしまったと思った。自分まで褒めてしまった。
次の瞬間、スピカが画面の向こうで微笑んだ。
*『これを作った方にも、安全に直してくださった方にも、ありがとうございます、と伝えたいです』*
終わった。
最強メンタル計画ちゃんは、ふわりと笑った。とても幸せそうに。
「……ありがとう、って」
「うん」
「安全に直してくださった方にも……」
同室の子も、一瞬だけ動きを止めた。
その言葉は、彼女にも刺さった。
いつも止める役だった。赤ペンを入れる役だった。危ないと怒る役だった。あの子の発想を否定しているのではない。でも、危険な部分は削らないといけない。
そう思ってやってきた。
その自分にも、スピカはありがとうと言った。
「……ずるい」
同室の子が、小さく呟いた。
そしてその横で。最強メンタル計画ちゃんは、限界を迎えた。
「……しあわせ」
「倒れるならこっち!」
同室の子が慌てて支える。最強メンタル計画ちゃんは、用意していたクッションの上に、ぽすん、と倒れた。
表情は、これ以上ないほど幸せそうだった。完全に気絶していた。
*『もちろん、無理な使い方はしないでくださいね。トレーニングは、安全に続けられることが大事ですから』*
同室の子は、思わず笑ってしまった。
「……本当に、その通りです」
気絶している最強メンタル計画ちゃんの頬を、軽くつつく。
「聞こえてる? 安全に続けることが大事だって」
返事はない。ただ、幸せそうに寝ている。
*『直接お礼を言う機会があったら、ちゃんと安全を確認してからにしますね』*
同室の子は、思わず画面に向かって言った。
「お願いします」
気絶している最強メンタル計画ちゃんは、寝言のように小さく呟いた。
「……スピカさんが……使って……くれた……」
同室の子は、その顔を見て、少しだけ目元を緩めた。
「よかったね」
返事はない。けれど、幸せそうな顔は変わらなかった。
掲示板:【速報】VR SAFE版開発者、スピカきゅんに褒められて無事気絶【安全版とは】
レス 1〜50
安全版なのに開発者が倒れた件
使用中じゃないからセーフ
セーフか?
スピカきゅん本人が
「僕も使っています」
「作った方はすごい」
「ありがとうございます」
は無理
即死コンボ
運動中のスピカボイスが即死なら
制作物を本人に褒められるのは何?
昇天
赤ペン先生もありがとう言われてたの良かった
あそこ泣いた
赤ペン先生、報われたな……
でも今回は幸せ気絶していいやつ
スピカきゅん、褒め方が真面目だから刺さる
お世辞じゃなくて、本当に使った感想なのがわかる
削った部分を価値として見てくれたんだよな
赤ペン先生泣いていい
泣く前に開発者支えてたと思う
刺さりながら支える女
かっこいい
結論
SAFE版は安全
スピカきゅんの感想は危険
開発者は無事ではないが幸せ
赤ペン先生は報われた
トレーニング室の予約は増える
── 健全な続き ──
翌日。
最強メンタル計画ちゃんは、まだ少しぼんやりしていた。
「スピカさんが……使って……」
「はいはい」
「褒めて……」
「はいはい」
「ありがとうって……」
「はいはい。歩ける?」
「ちょっとふわふわする」
「でしょうね」
同室の子は、ため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。
最強メンタル計画ちゃんは、ふと顔を上げる。
「……もっと安全にしなきゃ」
「うん?」
「スピカさんも……使ってくれてるから。ちゃんと、安全にしなきゃ。誰が使っても」
同室の子は、少し驚いた顔をした。
また暴走するかと思った。もっとスピカさん向けに。もっとスピカさんが喜ぶように。もっとスピカさんを感じられるように。そう言い出すかもしれないと思っていた。
けれど、彼女は違うことを言った。
安全にしなきゃ。ちゃんとしなきゃ。誰が使っても続けられるように。
「……うん」
同室の子は、優しく頷いた。
「それなら、手伝う」
「本当?」
「うん。赤ペンは入れるけど」
「ありがとう」
最強メンタル計画ちゃんは、嬉しそうに笑った。
その笑顔は、昨日幸せそうに意識を手放していた時とは少し違っていた。ふわふわしているけれど、前を向いている。
自分の作ったものが認められた。誰かの役に立った。憧れの人にも使ってもらえた。
だからこそ、もっとちゃんとしたい。
それは、かなり健全な成長だった。
最強メンタル計画ちゃんは、いつものノートを開いた。丁寧な字で書き込む。
SAFE版改善案
目的:もっと安全に、もっと続けやすく。
禁止:スピカさん要素を入れない。
注意:スピカさんが使ってくれているからこそ、危険なものにしない。
同室の子は、それを見て微笑んだ。赤ペンを構える。
「今回は、最初の一行は赤じゃなくて丸をつけるね」
「ほんと?」
「うん」
赤ペンで、大きな丸がついた。
最強メンタル計画ちゃんは、それを見て、少し照れたように笑った。
ただし、その下に小さく書き足そうとした一文を、同室の子は見逃さなかった。
*いつかスピカさん専用コースも――*
赤ペンが、すっと走った。
禁止。
「まだ何も書いてない!」
「書こうとしたでしょ」
「安全なやつ!」
「今はSAFE版改善が先」
「はい……」
常識は、今回は少しだけ先を走っていた。
ただ、油断するとすぐ抜かれそうだった。