外伝04:理事長、また業務上確認しようとする(真V2・装置審査)


── 報告書が届いた ──

駿川たづなの机の上に、一枚の報告書が置かれていた。

『真・最強メンタル計画V2

遠隔ライブ体験支援システム試作版について』

たづなは、しばらくその表紙を見つめた。

見つめたまま、そっとこめかみを押さえた。

「……通したのは、私ですね」

内容は覚えている。

怪我や療養でライブに参加できない生徒。

遠方や体調面で現地参加が難しい生徒。

そういった子たちへ、没入型映像で精神的支援を行う。

企画書としては、非常に真面目だった。

目的もよい。

必要性もある。

旧計画の反省も書かれていた。

安全対策の項目もあった。

だから条件付きで許可した。

許可してしまった。

その結果。

『初回試験にて開発者本人が起動後約三秒で意識喪失

たづなは、目を閉じた。

「三秒……」

短い。

あまりにも短い。

せめて歌が始まってからなら、まだ説明がついた。

音響の刺激。

没入感。

感情の高まり。

だが報告によると、歌唱開始前。

ステージ上にスピカさんが現れ、微笑んだ瞬間。

そこで終了。

「……微笑んだ瞬間」

たづなは、もう一度こめかみを押さえた。


── 理事長室へ ──

しばらく後。

理事長室の応接テーブルの上には、問題のVRゴーグルが置かれていた。

隣には赤ペンの書き込みが大量に入ったノート。

たづなは、まずノートを開いた。

赤ペン先生より』

その文字を見て、たづなの表情がわずかに和らぐ。

「……本当に、よく見てくれていますね」

同室の子の指摘は的確だった。

目的はよい。

旧V2の反省もできている。

ランダムファンサ削除は成長。

ただし3D化精度が高すぎる。

起動直後の正面スピカさんは禁止。

自動停止機能必須。

救助者用の外部停止ボタン必須。

たづなは頷いた。

「全面的に同意です」

「たづな」

「はい」

「その赤ペンの子、将来学園運営に欲しいな!」

「今は生徒です」

「むむ、残念ッ!」

秋川やよいは、机の向こうで扇子を閉じた。

たづなはパソコンを接続し、試作システムを起動した。

画面に起動画面が映る。

『遠隔ライブ体験支援システム Ver.1.00』

たづなは、音量を最小にした。

画面表示をミラーリングにした。

VRゴーグルは、装着しない。

やよいが首を傾げる。

「装着しないのか?」

「しません」

「没入感の確認は?」

「まずは外部画面で確認します」

「慎重ッ!」

「慎重でなければいけない案件です」

たづなは、再生ボタンにカーソルを合わせた。

深呼吸。

クリック。


── たづな、わずかに被弾 ──

画面が暗転する。

会場のざわめき。

照明。

ステージ。

そして、ステージ中央にスピカさんが現れた。

外部画面越し。

音量最小。

VR装着なし。

それでも。

「…………」

たづなの指が、マウスの上で止まった。

画面の中のスピカさんは、観客全体へ向けて優しく笑っている。

ただそれだけ。

ただそれだけなのに。

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

たづなは、即座に停止ボタンを押した。

三秒長押し。

「……長いですね」

停止。

室内が静かになる。

やよいが、目を輝かせていた。

「たづな! 今の――」

「理事長」

「はい」

「今、私ですら少し危なかったです」

「……たづなが?」

「はい」

やよいの表情が真剣になった。

たづなは眉間を指先で押さえた。

「これは、装置としての完成度が高すぎます。良い意味でも、悪い意味でも」

「……支援装置としては?」

「可能性はあります」

たづなは、ノートを閉じた。

「ただし、このままでは使えません」


── 改修項目、確定 ──

「改修項目は?」

「多いです」

たづなは紙を取り出し、書き始めた。

「第一に、起動直後にスピカさんを表示しないこと。最初は会場案内、注意事項、呼吸を整える時間を入れます」

「ふむ」

「第二に、自動停止。心拍、姿勢、反応入力。一定時間応答がなければ即停止」

「ふむふむ」

「第三に、外部停止ボタン。救助者が一秒で止められるようにします」

「重要ッ!」

「第四に、段階制限。初回利用者は遠景のみ。顔の表情が明確に見える距離は禁止」

「ぬ……」

「理事長?」

「いや、何でもない」

「第五に、単独使用禁止。試験段階では必ず監督者を置きます」

「監督者は?」

「同室の子と、私です」

「私は?」

「駄目です」

「即答ッ!」

やよいが机に両手をついた。

「なぜだ! 私も学園の理事長として、生徒の安全確認を――」

「理事長は確認ではなく体験しようとします」

「…………」

「違いますか?」

間があった。

「……完全否定は、できないッ」

やよいは、渋々と腕を組んだ。

「……しかし、けれど、だが」

「理事長」

「はい」

「試しませんよ」

「まだ何も言っていないッ!」

「顔に書いてあります」

「ぐぬぬ……」

やよいは報告書を胸元に抱えた。

「しかし、業務上の確認は――」

「私が行います」

「ぬっ」

「理事長は後ろで見ていてください」

「……後ろで?」

「はい。距離を取ってください」

「距離を」

「取ってください」

「……承知ッ」


── 封印と、伴走の決定 ──

審査が終わった。

たづなは報告書を手に取り、必要事項を書き込んだ。

改修条件。

試験条件。

封印項目。

「理事長」

「……うむ?」

「この子は、たぶんまた作ります」

「うむ」

「でも、今回は止めるだけではなく、正しい形に近づけるべきだと思います」

「同感ッ!」

やよいは、今度は真剣な顔で頷いた。

「誰かを元気づけたいという願いは、学園として守るべきものだ。だが、生徒の安全もまた守らねばならない」

「はい」

「ならば、学園が伴走するしかあるまい!」

「……伴走、ですか」

たづなは少しだけ笑った。

「そうですね。赤ペン先生だけに任せるには、荷が重すぎます」

「うむ!」

「ただし理事長は、伴走中に勝手にコースアウトしないでください」

「なぜ私が問題児側の扱いなのだ!?」

「違いますか?」

「……完全否定は、できないッ」

二度目だった。

たづなは、静かに息を吐いた。

そして最後に、報告書の末尾へ追記する。

『本計画は危険性を含むが、目的と技術には有用性あり。

封印ではなく、安全基準策定の上で改修指導とする。

ただし、試作版の単独使用は禁止。

特に理事長による業務上確認は禁止。』

「たづな!」

「はい」

「最後の一文は必要か!?」

「必要です」

たづなは即答した。


── 金庫と、夜の番 ──

VRゴーグルは、専用ケースに入れられ封印ラベルが貼られた。

『真V2 試作版

未改修につき使用禁止

駿川たづな許可なく起動不可』

その下に、さらに一文。

『理事長も不可』

「名指しッ!?」

「必要です」

「信頼がない!」

「実績があります」

「ぐうの音も出ないッ!」

理事長室の金庫が、静かに開く。

中には、過去の危険物たちが整然と保管されていた。

たづなは真V2のケースをその一角に収める。

鍵を閉める。

さらに確認する。

やよいが少し名残惜しそうにそれを見つめていた。

「理事長」

「……見ていただけだ」

「はい。見ていただけでお願いします」

「むぅ」

たづなは、鍵を引き出しにしまった。

そして思う。

真・最強メンタル計画V2。

危険物。

しかし、ただの危険物ではない。

きっとこれは、正しく作れれば誰かの支えになる。

走れない子。

悔しさに沈む子。

ライブに行けない子。

それでも、スピカさんの歌を必要とする子。

そういう子たちに、届く可能性がある。

だからこそ。

「……次は、ちゃんと会議室で試験ですね」

「私も参加――」

「見学のみです」

「ぬうっ!」

「見学のみです」

たづなは、柔らかく微笑んだ。

ただし目は笑っていなかった。

やよいは、しゅんと肩を落とす。


その夜。

理事長室で。

「……業務上の確認は、駄目か」

金庫の前で、秋川やよいが小さく呟いた。

その背後から、静かな声。

「駄目です」

「たづな!? いつからそこに!?」

「最初からです」

「気配がなかったッ!」

「理事長が金庫を見る時は、だいたい何かありますので」

やよいは、そっと金庫から離れた。

たづなはにっこり微笑む。

「明日、会議が早いです。お帰りください」

「……承知ッ」

理事長は、とぼとぼと部屋を出ていった。

たづなは金庫を確認し、鍵をもう一度確かめる。

そして、小さく呟いた。

「……本当に、油断も隙もありませんね」

危険物は、また一つ増えた。

けれど同時に。

誰かのための可能性も、また一つ増えた。

たづなは、その両方を抱えるように、静かに書類を閉じた。

なお、V2.1の試験には理事長も「見学」として同席させてもらえることになった。

ただし「見学のみ」という条件は厳守させられた。

それはまた別の話である。