外伝05:理事長、シルエットでも油断しない(真V3・資料封印)
── 素材が届いた ──
「……また、ですか」
駿川たづなの声は静かだった。
静かだったが、理事長室の空気は明らかに重かった。
机の上には、封筒。
その中には、押収された小さなシルエット素材。
そして。
『真・最強メンタル計画V3』
と書かれたノート。
秋川やよい理事長は、椅子の上で腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「確認ッ! 報告は受けている!」
「では、処分ですね」
「即断ッ!?」
たづなはにこりと微笑んだ。
「処分ですね?」
「……資料として保管、という選択肢は」
「ありません」
「即答ッ!?」
当然だった。
旧V3。V1。V2。V4。V5。V6。V7。
数々の危険物は、理事長室の金庫と倉庫と、たづなさんの胃を圧迫してきた。
そして今回。
ついに部屋そのものを罠化するという新境地。
── 今回の問題点 ──
「今回の問題点は明確です」
たづなはノートを開く。
「まず、本人は宝探し型の集中力トレーニングとして設計しています」
「着眼点は悪くないッ!」
「そこです」
たづなの目が細くなる。
理事長は姿勢を正した。
「発想だけは、毎回少し良いんです」
「うむッ!」
「だから厄介なんです」
「うむ……」
「そして今回、試作品は"スピカさんを直接描いたものではなく、シルエット的なもの"でした」
「配慮ッ! 成長の証では!」
「油断の原因です」
たづなは断言した。
「直接絵ではないから安全。
リアルではないから安全。
小さいから安全。
隠れているから安全。
全部、間違いです」
「……ふむ」
理事長は真面目に頷く。
本当に真面目に聞いていた。
ここまでは。
「ですので、理事長」
たづなは封筒を閉じた。
「確認のために見る必要はありません」
「……」
「ありません」
「……だが、再発防止資料として」
「ありません」
「即答ッ!?」
「一瞬だけ」
「ありません」
「遠目に」
「ありません」
「薄目で」
「ありません」
「たづな……」
「駄目です」
完全に封殺された。
── 会議の隙に ──
しばらく後。
たづなは会議のため、短時間だけ理事長室を離れることになった。
「理事長。絶対に開けないでください」
「承知ッ!」
「絶対です」
「無論ッ!」
「見るだけでも危険です」
「理解ッ!」
「時計の文字盤に貼られていたものだけで本人は気絶しています」
「把握ッ!」
「では、行ってきます」
扉が閉まる。
静寂。
理事長は腕を組む。
机の上の封筒を見る。
見ない。
見る。
見ない。
見る。
「……」
小さな指が、机を叩く。
とん、とん、とん。
「再発防止資料……」
ぽつり。
「危険性を把握せねば、学園を守れぬ……」
建前だった。
八割建前だった。
残り二割は好奇心だった。
いや、逆かもしれない。
「だが、私は学園の理事長……!」
封筒へ手が伸びる。
「気絶など……」
開封。
「するはずが……」
中身を一枚だけ取り出す。
小さい。
本当に小さい。
しかもシルエット。
リアルではない。
顔もない。
それは、ただの記号に近かった。
「……ふむ?」
理事長は首を傾げる。
「これは……さすがに……」
平気。
そう思った。
油断だった。
「……可愛いッ」
ぽつり。
その瞬間。
理事長の視界がふわりと揺れた。
「む……?」
手元の小さなシルエット。
そこに、スピカさんの歌声が勝手に重なる。
レース後に笑っていた顔。
ウマ娘たちをまっすぐ見ていた目。
「これは……シルエットであって……本人では……」
言い聞かせる。
だが逆効果。
足りない情報を、脳が勝手に補完する。
「想像……補完……危険……!」
そこまで言ったところで。
こてん。
秋川やよい理事長は机に突っ伏した。
幸せそうに。
── たづなさん、戻る ──
会議を終えたたづなが戻ってきた。
扉を開ける。
「理事長、戻りまし――」
止まる。
机。
封筒。
散らばった資料。
そして。
幸せそうに机へ突っ伏す理事長。
「……」
たづなは何も言わなかった。
何も言わずに近づく。
まず封筒を回収。
素材を回収。
ノートを回収。
理事長の手元から、最後の一枚をそっと抜き取る。
その瞬間。
理事長の指が、ぴくっと動いた。
無意識に抵抗しようとした。
「……理事長」
たづなは静かに言った。
「起きたら、説教です」
理事長は幸せそうに眠っていた。
まったく聞こえていなかった。
── 封印と、翌朝の教訓 ──
その後。
真V3資料一式は、理事長室の金庫へ厳重封印された。
ただし今回は、金庫の中に入れる前に、たづなが封筒へ大きく赤字で書いた。
『開封禁止』
さらに下。
『理事長も禁止』
さらに下。
『"業務上の確認"禁止』
さらに下。
『薄目も禁止』
そして最後。
『油断禁止』
翌朝。
目を覚ました理事長は、その赤字を見て小さく咳払いした。
「……教訓ッ!」
たづなは微笑んだ。
「はい」
「小さいからといって安全とは限らないッ!」
「はい」
「シルエットでも油断しないッ!」
「はい」
「業務上の確認は、必ず二名以上で行うッ!」
「違います」
「違うか……」
「確認しないでください」
理事長は正座した。
たづなの説教は、昼休みまで続いた。
なお、真V4からたづなさんは「会議の隙を作らない」というルールを追加した。
それはまた別の話である。